あやかし家族 〜五人の兄と愛され末妹〜

南 鈴紀

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第一話 命令

第一話 二

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「ん……」
 いつもと同じところで悪夢が覚めて、鈴音は現実に意識を戻した。目を開けば飽きるほどに見続けている岩の天井が視界に映る。鈴音は目をこすりながらゆっくりと身を起こした。
 横になって眠っていたのにも関わらず、硬い岩の床のせいか悪夢のせいか疲れがとれた気がしないがそれもいつものことだった。
 岩壁にぐったりと背をつけながら、鈴音はぼんやりと牢の格子の方を眺める。
 何も感じず、何も考えずにいると再び意識が曖昧になってくる。
 お役目で呼ばれる以外に鈴音にやるべきことはなく、曖昧になる意識を無理に現実につなぎとめる必要はない。
 変わらない毎日を生かされるまま生きる。それが鈴音にできる唯一のことだから。
 そうして目を閉じて、夢と現の境があやふやになってきたころ。
「鈴音、福塚様がお呼びだ」
 地下牢には光が射さないし、空も見えないので時間の感覚が狂いがちだが、体感では前回のお役目から一日と経っていないと思われた。鈴音の体力と妖力を考えれば、一日に二件のお役目をこなすのはかなり無理がある。それは福塚たちも理解しているはずで、鈴音を長く使うためにもこのようなことは滅多になかった。
 とはいえ鈴音に拒否権はない。命じられるがまま牢を出て、再び地上の部屋の屏風の裏に座らされた。部屋の奥にまで流れ込んでくる外気は、ひんやりとした早春の夕暮れ時のものだった。
 やがて普段以上に豪奢な衣装をまとった福塚がやって来て、鈴音の側で足を止めた。
「今回は上客だ。絶対に失敗はするなよ」
 念押しする声には圧があり、唇は弧を描いている。一見すると上機嫌そうだが、その目は一切笑っていなかった。
 鈴音はがらんどうの瞳で福塚を見上げると、ただこくりと頷いた。



 事前の予約は入れずに金を握らせて福塚との面会に応じさせた。
 こびへつらう笑みを張りつけた案内役の男の後を、遥杜は黙って着いていく。腰に刀を差し、黒猫を連れて屋敷に上がってもお咎めはない。
(瑠璃のおかげだな)
 遥杜はちらと目線だけを足元に落とす。姿は猫だが猫又である瑠璃は『泡沫の幻影』という幻術を使役することができる。彼の能力のおかげで目の前の男をはじめ対象となる人物には刀も猫も視認できていない。
 男が時折話題を振ってくるので遥杜は人当たり良く朗らかに答える。煩わしいが任務のためだから仕方ない。
 無駄に広い屋敷を歩き、最奥の間に通される。部屋には既に人がいた。
「福塚様。お客様をお連れしました」
「お前は下がれ」
「はっ」
 案内役の男が来た廊下を引き返していく。
 遥杜は正面に悠然と佇む壮年の男を見た。
(こいつが教祖か。趣味が悪いな)
 室内の調度品は高そうではあるが雰囲気がまるで統一されておらず気持ちが悪い。福塚の背後に飾り置かれた金の屏風は派手な存在感を放ち、彼が纏う着物にも贅沢に金銀の刺繍が施されていて目が痛い。
 どんな趣味してるんだよ、と内心で毒づきながら、遥杜はおくびにも出さずににこりと友好的に微笑んだ。
「急な訪問にも関わらず、面会の許可をいただきまして感謝申し上げます」
「いや何、手土産をいただきましたからな」
 福塚に勧められて遥杜はこれもまた悪趣味な座布団に座った。側についていた黒猫がたたっと離れていき、屏風の裏に消えたのを見届けてから遥杜は話を切り出した。
「実は火急の用件でして。まず、経緯をお話しするとですね……」
 話術には自信がある。遥杜はゆっくりと時間をかけて詳細を語り出した。疑われてはいけないので半分は真実を織り交ぜた作り話を披露する。上客の機嫌を損ねてはいけないと考えているのだろう、福塚は遥杜の話に耳を傾けている。福塚の本音はどうでもいいが、遥杜の目的通り時間稼ぎはできている。



 遥杜と瑠璃が屋敷の玄関前に着いたとき、実は後ろに雅仁、千里、鴇羽も控えていた。こちらは鴇羽の『泡沫の幻影』で存在を認知されていない。遥杜たちは屋敷内へ通されるが、雅仁たちはあえて外に留まった。
 屋敷の外周は遥杜や瑠璃と分かれる前に歩いて見ておいた。玄関の位置からしておそらく奥の間に当たるであろう部屋の後ろに木戸がある他は、屋敷はぐるりと塀に囲まれていた。
 屋敷自体はというと、遥杜たちが入るとき扉の隙間から伺った様子では中庭を中心に四角形を描くようにして部屋が並んでいるようだった。
 事前に屋敷図が手に入れば助かったのだが今回はそれすらない。経験と勘で千里は即席の作戦を打ち立てた。
「抜け道となるのは裏の木戸だけ、中庭も広そうです。玄関を抑えて塀の内部に閉じ込めるよりは、中庭に集めて拘束した方が早いかもしれませんね」
「ということは屋敷の形に沿って一周すればいいわけだ。鴇羽、できそうかい?」
 雅仁に問われて、鴇羽は元気よく頷いた。
「屋敷周りで火事が起きたように見せかければいいんだよね。任せてよっ」
 能力が存分に発揮できるよう、鴇羽はあえて本来の白い猫又姿に戻った。遥杜が時間を稼いでくれているはずだがあまり悠長にはしていられないので、すぐさま駆け出し泡沫の幻影を使役する。雅仁と千里も遅れずに後に続いた。
 一周を駆け抜け、鴇羽は「みゃお」と可愛らしく鳴く。



 福塚の猫なで声をぼんやりと聞きながら、鈴音は合図だけを待っていた。命令に従うことしかできない鈴音の頭の中には、常に言いつけられている『命令には必ず従え』『命令以外は動くな』という福塚の低い声がこびりついている。
(言うこと、きかないと。……でも)
 今回はともすれば呪いとも気づけないようなささやかな気だけを感じるのみだ。巧妙に隠されたのか、あまりにも弱い呪いなのかは定かではないが、これでは命令通りにきちんと呪いを祓えるかわからない。
(……わからなくても、やらないと……)
 黒い猫がするりと屏風裏に迷い込んできたことには気づいたが、鈴音はじっと固まっていた。鈴音が反応を示さないせいか、監視役の男も特に気に留めていないようだった。
 黒猫はひたと鈴音を見上げていた。軽やかな足取りで音もなく近づいてきたその猫は、鈴音の周りをぐるりと回ると膝横に座って、尻尾を一振りした。「みゃお」と小さいが柔らかい鳴き声がその場に響いた。



「瑠璃からの合図が来た! じゃあいくよっ」
 鴇羽が仕掛けていた幻術が展開される。ごうっと四方で火の手があがり、屋敷は瞬く間に火の海と化した。ばちばちと火の爆ぜる音に混じって、宗教組織の関係者の悲鳴や怒号、逃げ惑う足音が耳に届く。
「さすがは鴇羽。見事な幻術だね」
「鴇羽が頑張ってくれたんです。兄である僕たちが台無しにするわけにはいきませんよ」
「もちろんさ。さっさとこちらは片付けて、遥杜たちを迎えに行こうじゃあないか」
 雅仁は大太刀を背負っていることを感じさせないような軽い身のこなしで燃え盛る屋敷の只中に飛び込んだ。
 炎の勢いや揺らめき、方々からあがる黒煙にばちっと物が燃える音は臨場感たっぷりに再現されているとわかるが、鴇羽が器用に能力を制御してくれたおかげで熱さや息苦しさは全く感じられない。
 雅仁たちが中庭に到着すると逃げ場を失った大勢の人々が身を寄せ合っていた。その中の一人、整った身なりをして指揮をとろうとしていた中年の男が動きを凍らせる。動揺に見開かれた目にはしっかりと雅仁が映されていた。
「妖保護部隊の長……だと⁉」
「おや、ぼくのことを知っているのかい? なら話は早いね。ちょっとここでの任務が下ったから協力してほしいのだけれど」
「任務……⁉ まさか、この火事もお前たちの仕業か……!」
 雅仁の言葉を遮って激昂した男は抜刀し、斬りかかってきた。男の叫びに周囲にいた教祖に与している人間たちも臨戦態勢を見せる。
「まだ話の途中だよ?」
 目にもとまらぬ速さで鞘から引き抜いた大太刀で、雅仁は男の攻撃を弾き返していた。雅仁は軽々と大太刀を操っているが、押された男は大きな衝撃に体勢を崩す。仲間の誰かが怒りに身を任せ、刀で雑な攻撃を繰り出してくるが、雅仁に届く前に千里の短刀が閃くのが先だった。
 小気味良い音を脇に聞き、雅仁はへらへらと緊張感なく笑う。
「で、続きだけれど任務に協力してほしいのさ。一時は拘束することになってしまうのだけれど、話を聞かせてほしいんだ。何、正直に話してくれれば悪いようにはしないよ」
 雅仁と千里の圧倒的で隙のない強さを前にして、拒否できる者は誰もいなくなっていた。



 鴇羽の声を拾った瑠璃が「みゃお」と呼応する。
 屏風の裏からの合図が届いたとき、遥杜の作り話は半分ほどを過ぎていた。
(なら、もういいか)
 いい加減この茶番にも飽きが来ていたところだ。遥杜は今までの丁寧さを放り捨て、雑に話を切り上げる。
「ここまで話せば経緯は掴めますよね。それでその探し人の特徴なのですが」
「え? 探し人、ですか……? ここにいらしたのは穢れ祓いのためでは……」
 福塚は明らかに狼狽していたが、遥杜は無視して強引に話を続ける。
「半妖の女の子だそうです」
「は、はあ……。それは、珍しいですな」
「そう、珍しいのです。でもそれだけではない。その子は呪いや穢れを祓う能力を持っているというのですよ」
「は……」
 福塚の声がみるみる強張っていく。青年は一貫して朗らかな笑顔で滑らかに語っていたが、突然「あれ?」と目を瞬いてみせた。
「そういえば、つい最近も同じような能力の話を聞いたような……。ああ、そうです! この屋敷で他でもない福塚様がお出来になるのでしたっけ? だから先ほど穢れ祓いがどうとか仰っていたのですね」
「そ、そうです。あ、いや……、ですが今は呪いや穢れを負った者はいないので実際に見せて差し上げることができないのが残念でなりません」
 辛うじて笑顔を取り繕ってはいるが冷や汗は止まらないのだろう。若干蒼褪めた顔をする福塚に侮蔑の目を向け、青年は冷ややかに言い放った。
「吐かせ。お前じゃねえくせに」
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