あやかし家族 〜五人の兄と愛され末妹〜

南 鈴紀

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第一話 命令

第一話 三

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 屏風の向こうで派手な音がする。ばたんっと慌てて床を蹴る音に、すぐに身を打ちつけるどしんっと重たい音が続いた。
「ぐ……っ。貴様、謀ったな!」
「ああ、そうだけど?」
 立て続けに鈴音の耳に届いたのは屋敷全体を揺らす恐怖の悲鳴と混乱の足音だった。
 監視役の男は十中八九動けない鈴音よりも身に危険が及んでいるだろう福塚のもとへ駆け寄った。
「福塚様!」
「わ、私を助けろ……!」
「ちっ、うるせぇな」
 必死の形相で助けに入った監視役の男に対してか、なりふり構わず助けを求める福塚に対してか、あるいは両者かもしれないが、客人の青年の声は不機嫌極まりない。入室してきたばかりの人当たりの良さは消え失せ、まるで別人のようだ。
 屋敷の騒ぎや目の前の殺伐とした空気も他人事のように眺めていた鈴音は「ねえ」と誰かに囁き声で呼びかけられる。声からして青年ほど大人びていないが、小さな男の子というほど幼くもないだろう少年の声だった。
「今のうちに、行こう」
(動いちゃ、駄目)
「ねえってば」
 腕を軽く引かれては無視することもできず、鈴音はぎこちなく首を回した。
 一体いつの間に現れたのか、少年がいる。薄暗がりではっきりと顔のつくりはわからないが、瑠璃色の瞳の煌めきは印象的だった。
 少年は声を少し大きくして「行こう」と繰り返すが、福塚の命令が最優先事項である鈴音は感情のない声で淡々と答えを諳んじた。
「命令。動くのは、いけないこと」
「え……」
「おい、何をしている!」
 戸惑っていた少年は監視役の男の怒鳴り声にびくりと振り返る。屛風の向こうで何があったのか、男はなぜか畳に倒れていたが飛び起きると抜き身の短刀片手に迫ってきた。
「盗人め、手を放せ!」
 少年は硬直して避けることはおろか、鈴音の腕から手を放すことさえできないようだった。
(手、斬られる)
 そこに鈴音の思いはなく、ただこの後起こるであろう出来事を予想するだけだ。少年はきっと動けない、鈴音も次の命令がない限りは動かないのでこの未来は確定だと思っていた。
 しかし想像とは異なる未来が訪れた。
「お前こそ、俺の弟に手ぇ出すんじゃねえよ」
「ぐぁっ!」
 容赦ない峰打ちが男の背後から右肩に落ちて、彼は苦悶の呻きをあげ短刀を取り落とす。膝をつき肩を押さえる男を青年が深紅の瞳で睥睨していた。
「その上邪魔までしやがって。福塚の奴が逃げただろうが」
 青年は苛立ちを隠そうともせず、男の右肩目がけて背を蹴り飛ばした。男は痛みに意識を失った。
 固まっていた少年ははっと我に返ると、僅かに震える声を張って青年に呼びかけた。
「は、はる兄。僕は大丈夫だから、もう止して」
 青年は深く息を吐き、緩慢な動作で頷いた。
「瑠璃が、そう言うなら。……ごめん」
 疲れた様子でぽつりと謝罪の言葉を呟く。鮮やかに薄闇に浮かび上がっていた深紅の瞳はすうっと輝きを収めていった。
「ううん、謝るのは僕の方。さっきはありがとう」
「瑠璃に怪我がなくて良かった」
 少年が微かに笑むと、青年は厳しかった表情をほうっと和らげた。
「おーい。はーるとー、るーりー」
 すると先ほどまでの緊迫した空気は一瞬の夢だったのかと思わず疑ってしまいたくなるような暢気な声が近づいてくる。
「まさ兄の声」
「向こうは首尾よくいったのか」
 青年たちは顔を見合わせている。
 やがて部屋までたどり着いた暢気な声の主が屏風の裏にひょっこりと顔を出した。細身だが身長があるため大柄にも思える若い男性である。
「ああ、いたいた。うん、任務は達成できそうだね」
「いや、福塚は取り逃がした」
 青年が苦々しく答えると若い男性はけろりと笑って言い退ける。
「そんなものは任務のついでに過ぎないよ。荒事は妖討伐部隊にでも投げておけばいい。ね、千里?」
 朗らかな男性とは別に落ち着いた男性が答えた。
「討伐部隊の制裁対象は妖ですから、彼らもわざわざ人間相手にどうこうしようとは考えないと思いますよ?」
「まあ、それもそうか。でも、物事には優先順位があることを考慮するとやはり宗教組織壊滅の方は後回しでいいだろう」
 男性たちの背後から明るい少年の声が飛んできた。
「あっ、応援が到着したみたいだよ」
「そうかい。では後はそちらに任せてぼくたちは本部へ戻ろう。よし、出発だ!」
 朗らかな男性は拳を高く突き上げて庭へ下りようと足を踏み出すが、ずっと鈴音の側にいた少年が「待って」と引き留めた。
「どうかしたのかい、瑠璃?」
「この子が保護対象に違いないんだけど……全然動かないんだ」
「動けないのではなく?」
「……多分、動けるとは思う。そのとき言ってたんだ、『命令。動くのは、いけないこと』って」
 男性の視線がすいっと滑り鈴音を捉えた。神秘的な金色の瞳が妖しく輝いている。
(お月様)
 いつもだったら視界に映っても気に留めない鈴音だったが、月のような瞳には惹きつけられた。なんとなくじっと見つめてみると、その人は言った。
「ねえ、君。ぼくたちと一緒に来てほしいな」
「……」
「ふむ、なるほど。では、ぼくたちと一緒に『来なさい』」
「命令?」
「そういうことになるね」
 そういうことならと鈴音は浅く頷く。日に二度目の呼び出しに一変した状況と、ただでさえ体力がなく自覚していなくとも疲労が蓄積している状態では立つことだけでもやっとだった。よろよろと立ち上がり、『来なさい』と言われた通り一歩目を踏み出すと、どっと体が重くなる。
 たとえできないとしてもやらないという選択肢はない。命令が彼らに着いていくことであるならどうにか足を動かすしかないのだ。
 二歩目で後ろ足を前へと引っ張ると、体も前に傾いた。
 鈴音が覚悟したのは転んだことによる衝撃ではなく、その後の暴力だ。詰られるのは今更だが、痛いことにはあまり慣れることができなかった。長い髪を引っ張り上げられて立たされるか、早く立てと怒り任せの蹴りが飛んでくるか、それとも別の何かかもしれない。
 だが、暴力どころか転ぶ衝撃すら訪れなかった。
 清涼感ある白檀の香りが間近に迫り、ふわりと抱きとめられる。鈴音が目を瞬かせているうちに景色が大きく変わっていた。目線がぐっと高くなり視野が広がる。
「おや、遥杜。いいのかい?」
「任務だから。早く終わらせたいし」
 その背中から声が響き、青年に背負われていると気がつく。
「よし、出発だ!」
 そうして今度こそ屋敷を出るのだった。
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