あやかし家族 〜五人の兄と愛され末妹〜

南 鈴紀

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第二話 家族

第二話 五

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 鈴音は医務室を出た後、すたすたと先を行く雅仁の背を追って小走りに着いていこうとしたが、右腕を引かれやんわりと止められた。
「走ったら、危ないよ」
 鈴音の細い腕なら掴むこともできるだろうに、瑠璃はやはり控えめで添える程度で鈴音を押し留めていた。
 すると鈴音の左側にひょっと顔を出した鴇羽が「はいっ」と無邪気な笑顔で手を差し出してきた。
「どうせまさちゃんに追いつくのは無理だもん。ぼくたちはぼくたちでのんびり行こう」
 鈴音がそろりと鴇羽の手を取ると、彼はきらきらと顔を輝かせた。
「うっわぁ、小さい! ねぇねぇ、瑠璃! 見てよ、可愛い!」
「うん、そうだね」
 瑠璃はほんのり微笑むと鈴音と手を繋いだ。
 鈴音を挟んで三人横並びで歩いても、廊下にはまだ人とすれ違う余裕がある。
 そのときたまたま通りがかった若い男性は鴇羽たちと揃いの袴姿で、それがおそらく制服で仲間の隊員の一人であると察した。
「よお、鴇羽、瑠璃」
 ひらりと片手を上げたその人は気さくな笑みを浮かべてこちらへ近づいてきた。悪意はなさそうなので、鈴音はただじっとしていた。
 鴇羽はひらひらと鈴音と繋いでいない方の手を振り返す。
「まっちゃん、当直明けでしょ。お疲れ様~」
「昨夜の緊急任務の後処理でばたばただったわ。おかげで目がかすむ……んん?」
 目をこすり、何度も目を瞬かせる松忠に瑠璃が心配そうに声をかける。
「松忠さん、どうかしたの」
「疲れてんのかと思ったけど、鴇羽たちの幻術じゃないよな……?」
「何のためにここで術を使うっていうの」
「だ、だよな……。……え、その子、何?」
 『その子』と言って視線を向けられたのはもちろん鈴音だ。
 鴇羽たちの知り合いのようだし、挨拶くらいはしておいた方がいいかもしれない。鈴音はちょこんと小さく頭を下げた。
「こんにちは」
「こんにちは、小さいのに偉いねー……ってそうじゃない!」
 松忠の叫びに近くの部屋にいた隊員がぱらぱらと顔を出す。見た限り男性が遥かに多いようで、この場に幼女、しかも半妖がいるというのはかなり奇妙な光景に映るのだろう。
「この子、どこの子だよ」
「うん、うちの子だよ」
「はあ⁉ まさか、部長の隠し子⁉」
「まさちゃんはそういうところはちゃんとしてるからね。隠し子じゃなくて妹だよ」
「ああ、なんだ。つまりは鴇羽たちと同じような、ってことか」
「そゆこと~。すずちゃん……鈴音っていうの。仲良くしてあげてね」
 松忠と再び目が合った鈴音は、神楽に教わった礼儀や挨拶の中から相応しいと思われる言葉を引っ張り出した。
「よろしくね」
「こちらこそ、よろしくな」
 松忠は帰って速攻で寝ると言って去っていった。周囲で様子をうかがっていた隊員たちも「ああ、部長のたまにあるやつかー」「五人目となるとあんまり驚かないもんだな」と各々の持ち場へ散っていく。
 噂はたちどころに拡がったらしく、その後何人もの隊員たちと行き会ったが「その子が、鈴音ちゃん?」「よろしくー」とあまり驚かれることなく、目的の部屋に辿り着いた。
 『妖保護部隊本部長室』と看板の掲げられたその部屋だけは、襖ではなく重厚感のある木製の扉が出迎えた。両開きの扉は片側だけ開けたままになっている。
「やっぱりここだったね」
 鴇羽は真っ先に扉の先へ足を踏み入れた。
「まさちゃーん」
 雰囲気ががらりと変わる室内へ入るのについ尻込みしてしまう。鈴音が立ちすくんでいると瑠璃が「大丈夫だよ」と優しく手を引いてくれた。鈴音の足もようやく動く。
 室内はありふれた畳敷きや床の間などはなく、鈴音の見慣れない物で溢れていた。床は磨き上げられた板敷きで、部屋の角には簡易的な給湯室が備わっている。右の壁一面には背の高い本棚がずらりと並び、左の壁には洒落た食器棚と絵画が飾られ、正面奥は一面硝子窓になっており、外の光をいっぱいに取り込んでいた。硝子窓に一番近いところに重そうで大きい立派な執務机が置かれている。机上の筆記用具の類は整頓されているが、四つの紙の塔が建っているせいかあまりきれいに見えないのが残念だ。部屋の中央には深い紅色の絨毯が敷かれ、その上に横に長い革張りの椅子が二つと硝子天板の足の細い卓が一つ設えられている。
 雅仁は革張りの椅子に座っていた。
「おや、遅かったね」
「ぼくたちだけならともかく、今はすずちゃんもいるんだからね。ちょっとは待ってよ」
「ああ、そうだったね。気が利かなったのはぼくの落ち度だ、すまない」
 雅仁に手招かれて鈴音たちは彼と対面の革張りの椅子に腰かけた。
「ねえ、ぼくの隣が空いているよ」
 雅仁は大きく空いた左隣を指し示すがもともと幅のある椅子なので小柄な鈴音たちが三人並んだところであまり窮屈には感じない。手を繋いできたときと同じ並び順で着席したため鈴音は真ん中だ。わざわざ移動する必要もないのでこのままでいいだろう。
「大丈夫、だよ」
「そ、そうかい……」
 しゅんと肩を落とした雅仁は「今度からはちゃんと待つようにしようかな……」などとぶつぶつ呟いている。
 雅仁の反応はよくわからない。それよりも鈴音は卓上に飾られた一輪挿しに目を奪われていた。ほんのり桃色がかった白い花びらが幾重にも重なり、一本の枝が華やかに彩られている。
(お花。薄紅色)
 今朝の儚い夢が蘇る。
「桜」
「これは桃の花」
 鈴音は夢現で、こぼれ落ちた呟きすらもふわふわとしていたが、瑠璃の声によって現実に引き戻された。
「違う、お花?」
「桜はまだこれから。……好きなの、桜?」
「好き、なのかな。朝、夢を見たの」
「夢? へえ、どんな?」
 鴇羽も身を乗り出して話に加わる。
 朧げな記憶を手繰り寄せるがやはり詳細には思い出せない。限りある言葉で今の鈴音が表現できるとしたら。
「桜を見て、笑ってた、と思う」
 説明になっているかも怪しいが、瑠璃も鴇羽も、いつの間にか話に聞き入っていた雅仁も柔らかな笑みを浮かべていた。
「なら、すずは桜が好きなのかも」
「そうなの?」
 自分のことなのによくわからない。けれどそうであったらいいとなんとなく思う。
 鈴音がほんのり温かくなった胸に手を当てている傍らで鴇羽が弾んだ声をあげていた。
「桜といえば、お花見だよね。ねえ、春になったらやろうよ」
「それは……できたら楽しそうだとは思うけど。この任務の後で安全かどうかもわからないのに、できるかな」
 瑠璃の声は小さく不安そうだった。しかし鴇羽はそれすらも吹き飛ばすような晴れやかな笑顔を雅仁に向けた。
「そこはほら、まさちゃんがいるし大丈夫じゃない? ね、まさちゃん!」
「そうだね。ぼくの治める土地なら問題ないね」
 雅仁は気負うでもなくあっさりと請け合った。
 彼の言葉には不思議な力があると思う。どっしりと構え、常に余裕がある雅仁が問題ないと言いきると、それだけで本当に大丈夫な気がした。
「戻りましたよ」
「ごめん、お待たせ」
 声のした方を振り向くと、神楽の診察を終えて千里と遥杜が部長室へ入ってきたところだった。
「おかえりなさーい」
「はる兄、大丈夫だった……?」
「ただいま。大丈夫だよ、心配してくれてありがとう」
「ううん」
 瑠璃に向ける遥杜の笑みは自然なものだった。瑠璃も安心したのかほっと肩の力を抜いていた。
「では、我が家へ帰るとしよう」
 雅仁がゆったりと立ち上がる。鈴音たちも椅子から腰を上げ、部屋を出る。
 本部は広大な屋敷であり、どこもかしこも似たような造りをしているため鈴音一人で歩いていたら簡単に迷子になってしまいそうだ。きょろきょろとあちこちを見回しながら歩く鈴音はいつにも増して歩みが遅いが、雅仁は視界の内に収まっていた。
「雅仁兄さん、珍しく一人で先行しないんですね」
「そうしないと隣に座ってくれないと学習したのだよ。あれはなかなか堪えるね……」
「何の話ですか……?」
 建物を出て、ようやく前庭を通過して、門の下までたどり着いた。
 そこからは徒歩で半刻ほど郊外に向かって進んだ。人の気配が遠のき、自然の音が近くなる。やがて緑の中に開けた空間が現れた。
 竹垣に囲われているのは茅葺屋根の邸である。古いが大事に扱われてきたのだろう、どちらかというときれいな印象を受ける。小ぢんまりとした門を潜ると玄関はすぐだった。
 玄関戸を引き開けた雅仁はくるりと振り返り、両腕を大きく横に広げた。
「おかえり、鈴音。今日からここが君の帰る場所だ」
 もう使うことなどないと忘れ去った言葉を、鈴音は記憶の奥底から攫い出した。
「うん、……ただいま」
 平淡だった声にほんのわずかな温もりが宿る。それは鈴音の胸に灯った明かりと同じ温度をしていた。
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