あやかし家族 〜五人の兄と愛され末妹〜

南 鈴紀

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第三話 成長

第三話 六

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 かくして一週間後に開かれたお花見には雅仁含め誰一人欠けることなく参加となった。
 邸に住むようになってからこれまで、鈴音とっての外といえば基本的には庭だった。自宅以外となると周辺の緑地だが、邸が視界に入る程度の距離であり庭とほとんど変わらない。邸から遠く離れる今日は、鈴音にとって実質初めての外出といえた。
 山の清水が流れる細い川沿いに緩やかな傾斜をひたすらに登っていく。鈴音は鴇羽と手を繋いで歩いていた。鴇羽がぶんぶん手を振るので鈴音も自然と同じ動きになる。
「おっ花見、おっ花見、楽しいな~」
「おはなみおはなみたのしいなー」
 鴇羽は本当に楽しそうで、明るく華やかな歌声を鈴音もつい真似したくなったのだが歌ってみると思いの外難しかった。拍子や旋律は見事に外れ、まるでお経のようである。
「お歌、難しい」
 鈴音がむうっと頬を膨らませると、先頭の雅仁が軽く振り返り、声を立てて笑った。
「あはは、いいじゃあないか。ぼくは好きだよ、鈴音の歌。上手くはないが一所懸命なのがいい。ねえ、遥杜もそう思うだろう?」
 雅仁は隣を歩いていた遥杜に同意を求めた。遥杜は一瞬眉をひそめたがあくまでにこやかに答える。
「そうだね」
「嘘つき」
 遥杜の嘘で塗り固められた笑顔や言葉に慣れてきたせいか、鈴音はその微妙な変化を見分けられるようになっていた。今の肯定は完璧に躱そうとしておらず、適当に流そうとしただけの雑なものだった。上手く歌えないと自覚して拗ねていたからこそ余計気に障った。
「かもね」
 遥杜はまたも適当にはぐらかすと今度こそ正面を向いた。
「すずちゃん、いらいらしてるの? 滅多にないのにね」
 鴇羽は目を丸くして鈴音を見下ろしている。振っていた手はいつの間にか揺れが止まっていた。
 鈴音のすぐ後ろを歩いていた瑠璃が心配して声をかけてくれる。
「大丈夫、すず? 疲れた?」
 体力のない鈴音に慣れない長距離の移動は堪えると考えているようだ。疲れると人は些細なことにも腹を立てやすくなるというから、そのせいか。
「少し。でも、大丈夫」
「じゃあ一緒に頑張ろう!」
「うん」
 鈴音は鴇羽とつなぐ手にぎゅっと力をこめた。
「鈴音もわかりやすくなってきましたね」
 最後尾で皆のやり取り眺めていた千里がくすりと小さな笑い声を漏らした。
 口調こそ平淡なままで表情も明らかに変わることはないが、感情の揺らぎはささやかながら顕れるようになってきた。先ほどのように不満で頬を膨らませたり、邸でも機嫌が良いとぱたぱたと尾を揺らしていたりとどれも微笑ましい反応だった。
 少し疲れたが頑張ると決めたので、鈴音は黙々と歩くことにした。
 どこを目指しているのか、あとどれくらいの距離があるのか。緑ばかりの景色は進んでも進んでも変わり映えしない。もしかしたら邸からそう遠く離れてはいないのかもしれないが、鈴音の体感としてはかなり長い時間が経っているように感じられる。
 いっそ訊いてしまおうか、という考えが頭を過ったそのとき、鈴音の目の前にひらりと淡い紅色の花びらが躍った。
「うっわぁ! きれい!」
 鴇羽とほぼ同時に鈴音も足を止め、息をのんだ。
 小ぢんまりと開けた岩場にはすぐ側に渓流が走っている。ひんやりと澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込むと清々しくて気分が良い。雄大な自然の中、木漏れ日の差す緑がかった景色にひと際鮮やかに映りこむのは薄紅色の桜である。数本しかないがそれぞれが立派な大木で地味な感じはなく、実に雅やかだった。
「近所にこんな場所があったなんて知らなかった」
「ふふん。ぼくが散歩しているときに見つけた、とっておきの場所さ」
「普段の朝の徘徊や仕事中の出奔は許されませんが、これには感謝ですね」
 遥杜や千里も驚きの美しさである。鈴音もまた目を輝かせて眼前の光景に魅入っていた。
 頬を桃色に染めた瑠璃がちょうど卓の代わりになりそうな大きめで上面が平らな岩を示す。
「お弁当、そこに置いていい?」
「そうですね。載せきらない分は隣の岩に置きましょうか」
 瑠璃と千里は抱えていた風呂敷包みを解き、お重を一段ずつに分けて岩の上に並べていった。
 雅仁は早朝から行方を晦まし、遥杜は昨日の任務で疲れ切っており弱い朝には起きてこなかった。今日の弁当は千里と瑠璃がほとんどを作っていたが盛りつけだけは鈴音と鴇羽も手伝ったのだ。何が詰められているかは知っているが、改めて見ると量といい見た目といい壮観だった。
 おにぎりは三種類用意され、ゆかりの紫、たくあんの黄、野沢菜の緑と色鮮やかだ。おかずにはきれいな焼き目の卵焼き、飾り切りの花の人参が可愛らしい根菜の煮物、菜の花の和え物、さつまいもの甘煮、甘辛い醤油だれのかかった肉団子、一口大の鱈の西京焼きなど様々である。甘味の桜餅は前日に遥杜が買ってきてくれたものだ。
 取り皿と箸を手に、弁当を置いた岩を囲むように近くにあった手頃な岩を椅子代わりに各々腰かける。「いただきます」と手を合わせるといつもの食事時と同じような和やかさはありつつも、どこか高揚感も滲み出る特別な雰囲気が醸し出された。
「おや、微妙に色が違うと思ったら卵焼きは二種類あるようだね」
「鴇羽たちは甘い方が好きですけど、雅仁兄さんはしょっぱい方が好きでしょう?」
「千里……!」
 感激に顔を明るくさせる雅仁に、千里は困ったように微笑んでいた。仕事に関しては厳しく、それを怠ける雅仁には兄であっても容赦ない千里だが、基本的には愛情深く家族思いであり、あれこれ言うが雅仁のことも慕っているのだ。
「すごい。お花、可愛い」
「瑠璃が作ったんだっけ? 上手だねぇ」
「うん、頑張ったんだ」
 人参の飾り切りを眺めながら鈴音と鴇羽が感心していると、瑠璃ははにかんだ。
「はる兄に煮物だけだと地味かなって相談してたんだ。そしたら切り方を教えてくれて」
「瑠璃は筋がいいから心配はしてなかったけど、よくできてるな」
「本当? 嬉しい」
 遥杜にも褒められて瑠璃はふふっと顔を綻ばせた。
 ある程度お腹が満たされるとようやく桜を愛でる余裕が出てくる。桜餅を口にしながら鈴音は真下から桜の木を眺めていた。満開の桜はそよ風に乗り、はらはらと静かに降りしきっている。
(こんなにきれいなものがあったんだ)
 胸を打つ儚い美しさに、この世には自分の知らないことがまだまだあるのだと改めて実感する。けれど初めてでない気もするのだ。
 花見に行こうと決めた日も、鴇羽と瑠璃の会話に覚えがあると思った。
(……あ。あのときの夢)
 両親と小さな自分が桜の下で笑っていた。
 あの夢はずっと昔に実際にあった出来事だ。しかし鈴音はそれをどこか他人事のように傍観しているだけだった。気持ちが想像できなかったのだ。あらゆる感情を押し殺してきたせいで自覚することができなくなってしまったから。
 でも、今ならわかる。
 あのときの思いが色鮮やかに蘇る。
 父母が、かけがえのない家族が大好きだった。彼らと過ごす時間は楽しくて、自然と笑顔が溢れていた。
 今を生きる現実では、兄たちが笑っている。
「桜餅、まだ二個余ってるね」
「ああ、それ四個入りだったから二箱買ってきたんだよ」
「よし、では一つは最年長者のぼくがもらうとして。もう一つは誰かに譲るよ」
「前提条件がおかしいですよ。ここは穏便かつ公平にあみだくじで決めましょう」
「負けないよっ。ねえ、すずちゃんはどうする?」
 そして鈴音も……。
「うん、一緒にやるよ」
(そうだ。こういう気持ちを『幸せ』っていうんだった)
 花がほころぶように、笑っていた。
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