カモミールの福音 ~花と〈家族〉に癒される優しい世界の物語~

南 鈴紀

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第五話 誕生に感謝と祝福を

第五話 二

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 朝はまだ肌寒かった春特有の空気も、陽が昇るにつれて温まってくる。日なたは心地よく、絶好の散歩日和だ。
「マリカ、あそこまで競争しよう!」
「いいよ!」
「ボクも混ぜて混ぜて~」
 カルリアが指したゴール目指して、三人揃って駆け出す。その後ろ姿に、スギナは呆れたような見守るような眼差しを注いでいた。慈乃も隣で、スギナの横顔と駆けて行った三人の背とを交互に見て、微笑ましいような気持ちになった。
 視線に気づいたスギナが上目遣いに慈乃を見た。
「何?」
「スギナさんは、皆さんの、お兄さんみたいだな……と思いまして」
「ツクシの方が一応兄なんだけどな」
 スギナは肩をすくめて、前に向き直る。
「そう、なんですけどね」
 ツクシよりはよほどスギナの方が兄らしく思えるのだが、それについては双子だからあまり気にしていないのだと以前、当人たちが言っていた。
 しばらくは互いに無言で、離れて走り回るマリカ達を眺めていたが、やがて目を離しても大丈夫だろうと判断したのか、スギナが地面に座り込んだ。
 隙間なく生えた草花をいじっていたかと思えば、唐突に慈乃を呼んだ。
 慈乃が隣にしゃがむと、「これ知ってるか」と目線は自身の指先を見つめたまま尋ねてきたので、慈乃も同じところを見る。
 そこには薄緑色の細い茎の先に、花径二~三ミリセンチメートルの薄い水色をした五弁花を数個つけた草花があった。花弁の中央のレモン色が可愛らしい。
 慈乃も何度も目にしたことはあったが、名前まではまだ知らなかった。読み始めたばかりの図鑑にもまだ出てきていない。
「いえ……」
 まだまだ植物勉強の先は長いと痛感しながら、慈乃は正直に首を横に振った。
 すると、スギナは珍しくにやりと笑った。
「葉っぱを揉んで嗅いでみ?」
 言われるがまま、慈乃は葉を揉んで、指についたにおいを嗅いでみた。
 水っぽくて青臭いにおいが鼻をつく。
「……! 野菜のにおいみたい、です」
「キュウリみたいじゃないか?」
 言われてみればそんな気がする。慈乃が同意すれば、「それがこの花の名前の由来」と、まるでいたずらが成功した子どものようにスギナは笑った。
「これはキュウリグサっていうんだ」
「キュウリグサ……」
 キュウリのようなにおいがするから、キュウリグサ。
 慈乃は忘れないようにと、その名前を復唱した。
「それから、こっち」
 スギナはその隣に生える、キュウリグサとは別の花を指さす。
 それはホトケノザを彷彿させる花だった。しかし、よく観察してみるとホトケノザではないことが明確にわかる。
 そこで、慈乃は先ほど図鑑で見かけた花であることに気づいた。
「あ、これはわかります」
「へぇ。珍しく自信ありそうじゃん」
 スギナが僅かに目を見開いた。慈乃は小さく頷き返す。
「ヒメオドリコソウ、ですよね」
「あたり。ホノの花と間違うかとも思ったけど、やっぱりちゃんと勉強してんだな」
 ホトケノザは木賊色の半円形の葉が向かい合うようにつき、異界で『仏』と呼ばれるものの台座のようであることからホトケノザというのだと図鑑には記されていた。若紫色の花は上唇と下唇で構成されていて、細長い。そのため、全体的にシュッとした印象を慈乃は持った。
 対してヒメオドリコソウは、オドリコソウに花が似ていて、それよりも小さいからというのが名前の由来だそうだが、慈乃にはオドリコソウよりホトケノザのほうがよっぽど似ているのではないかと思えた。そんなヒメオドリコソウは、花は上唇と下唇から成る淡い若紫色である。葉は積み重なるようにもっさりとつき、下段の方は木賊色で、上段の方にいくにつれて紅桔梗色を帯びていく。
 ホノの話題が出かけたので、ふと客間にいたときに図鑑で読んだことを思い出した。
「そういえば、ホノちゃんのホトケノザは、春の七草ではない、のですね」
「ああ。春の七草のホトケノザってのは、シソ科のホトケノザじゃなくて、キク科のコオニタビラコのことだな。シソ科の方はそもそも食用じゃないし」
 淀みなく解説するスギナに、慈乃は思わず感嘆のため息をつく。
「……スギナさん、物知り、ですよね」
「こんくらいのこと常識。学舎で習う」
「そ、そう、なんですね……」
 続く言葉が思い浮かばず、慈乃はそれだけ返す。
しかし、スギナは特に気にした様子もなく、慈乃に疑問を投げかけた。
「図鑑で勉強するくらいだし、なんとなく察してはいたけど。シノのいたところじゃこういうことは教えてもらわないんだろ?」
「……はい」
 呆れられただろうかと、慈乃は恐る恐るスギナの反応を待った。スギナは何かを思案するように、地面をじっと見つめていたが、ややあって慈乃の顔を見上げた。
「どうせやることもないし、教えようか」
 予想外の申し出に、慈乃は目をまるくしたが、すぐに我に返った。
「良いの、ですか」
「シノは真剣に、こっちのことを知ろうとしてるんだろ。……オレの知識が、少しでも役に立つなら」
「お、お願いします……!」
 思わず勢い込んでこくこくと頷いた慈乃を見て、何を思ったのかスギナは小さく笑った。
「そうだな……。まず、何の花が春の七草って呼ばれてるかは知ってるか?」
 慈乃は指折り数えながら、春の七草を唱えていく。
「えっと……セリ、ナズナ、ハコベ、ホトケノザ、スズナ、スズシロ……あとひとつは……?」
「ゴギョウ。ホトケノザはさっき話した通り。それから……」
 そう言いながら、スギナは足元に生える草花を一本手折った。
 放射状にいくつもの白い小さな花をつけ、茎からはハート形の果実が互い違いについている。
 慈乃もさすがに知っている花だった。
「ナズナ、ですか」
 スギナは首肯した。
「ナズナの名前の由来は、撫でたいほどかわいい花で『撫菜』とか、夏になると枯れてなくなるから『夏菜』とか諸説ある。別名はペンペングサ。これは果実の形が三味線のバチに似てて、そこから連想される音でついた名前」
 スギナは説明しながら、果実の付け根を茎から切り離さないようにひとつひとつ裂いていく。すべて裂き終わると、それを慈乃に手渡した。
「逆さにして優しく振ってみて。音がするから」
 言われた通りに茎を持って、優しく振ってみる。すると、しゃらしゃらと軽やかな音がかすかに耳に届いた。
「きれいな音……」
 聞いているだけで、不思議と心が凪いでいく。
 手折ったナズナを地面に捨て置くのが憚られたのもあるが、それ以上に慈乃はこの花を手放しがたく思ったので、膝の上に置いてスギナの話の続きを聞くことにした。
「そう珍しい花じゃねぇけど、この辺にはないっぽいな……。ハコベはミドリハコベのことで、ゴギョウはハハコグサのこと。あとは……スズナはカブ、スズシロはダイコンって言った方がわかりやすいか」
「野菜も、七草に入るのですね」
「そうだな。あ、戻ってきた」
 スギナが視線を向けた先から、ツクシが手を振りながら近づいてきた。
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