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第五話 誕生に感謝と祝福を
第五話 一
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初めてウタセに言の葉語を教えてもらってから、早くも十日が過ぎた。
その間にも時間を見つけては彼に指導をしてもらっていた。おかげで、慈乃は言の葉語の五十音表を見ないでも文字が書けるまでに成長していた。
正位三一日。それは十二等分された季節がひとつ過ぎ、また新たな季節が始まったということを意味する。慈乃のもといた世界でいうところの四月一日にあたる今日は『今月の誕生会』ならぬ、『三一日から六〇日の誕生会』が行われることになっていた。
今回の主役は五名いる。三三日生まれのツクシとスギナ、四四日生まれのマリカ、五三日生まれのカルリア、五九日生まれの慈乃だ。
学び家総出となって行われる一日がかりの誕生会の準備に、彼らは参加することができない。
そんな五人は現在、客間に集まっていた。
もとより休日なので学舎に行っていないカルリアやこの誕生日を迎えて三歳になる未就学児のマリカはもちろんのこと、学び家の職員である慈乃、ツクシ、スギナもミトドリから休みを言い渡されていた。
「お休みか~。じゃあ、ボク寝ててもいい~?」
ツクシはソファーに座り込んで、ふわぁと欠伸をする。
「……夜眠れなくなるからやめとけよ」
スギナは持ち込んだ茣蓙を絨毯の床に広げて、マリカと座り、積み木遊びに興じていた。
ツクシとローテーブルを挟んで向かい側のソファーに腰かける慈乃とカルリアは、絵を描いていた。慈乃の描いた動物のイラストをよく観察しながら、カルリアは線を描いていく。
「夕方まで何してようかー、あっ、これいい感じじゃない⁉ シノ姉!」
「え……?」
カルリアの描いた絵はウサギのはずだが、慈乃の目にはカエルのように映った。ウサギの耳がカエルの目にしか見えない。
慈乃が固まったものだから、ツクシが興味を抱いて、身を乗り出してきた。
「リアちゃんは絵心がないね~」
言いにくいことを何の躊躇いも遠慮もなく言い捨てて、ツクシは「これが絵心っていうものだよ~」と言いながら、さらさらと白紙部分に絵を描き上げていく。
あっという間に写実的なウサギが生み出された。ツクシは本物のウサギを知らないはずなのだが、まるで観察したことがあるかのようによく描けていた。想像力がたくましい。
「上手いのかわからないんだけど、シノ姉のお手本からはかけ離れてるよね」
「芸術とは真似することじゃないのさ~」
ツクシが得意げに鉛筆を回し始めたので、カルリアが鉛筆を取り返そうと手を伸ばす。
「もー、返してよ!」
「ツクシ、あんまりからかって遊ぶなよ」
ちらりと目を上げたスギナが、ため息を吐きながら窘めた。
「だって~、ヒマなんだも~ん」
「私たちは絵を描くんだから、邪魔しないでってば!」
言っても無駄だと悟ったスギナは、早々にマリカへと目を戻した。
「あ、マリ、それはメッ! 崩れるか、らー……あぁ」
「うえええっ」
一瞬遅かったようだ。四角い積み木の上に、半円の積み木の周の方を下にして置いたために崩れてしまった。それが不満だったのか泣き出したマリカを、スギナはすかさずあやして宥める。
「あんまり泣くとおめめ溶けちゃうぞ」
スギナはぶっきらぼうな言動が多い割に、小さな子ども達には誰よりも優しい。彼が幼児相手にかみ砕いた物言いをするのには慈乃も当初は驚いたが、今では慣れてきた。むしろ、慈乃達に向けた態度と同じように幼児に接するスギナの方が想像できないくらいだ。
スギナは仕事の有無に関わらず小さい子の世話を焼きたがるので、休日であっても普段の生活とあまり変わらないように思えた。
かたやツクシは徹底的な休日モードである。ツクシとカルリアの攻防はまだ続いている。
しかし、なんだかんだと言いながらふたりはじゃれあっているだけなので、わざわざ止めなくてもいいだろう。
そう判断した慈乃は彼らの決着がつくまでの間、傍らに置いていた本を読んで待つことにした。
以前は、趣味はほとんどないに等しい慈乃だったが、昔から勉強は苦ではなかったし、本を読むことも良くしていた。もっとも、それも他にできることがなかったからやっていたに過ぎないのだが、今ではそれが役に立っている。
慈乃が最近読んでいるのは植物図鑑だ。
植物には幼いころから親しんできた慈乃だったが、それほどの知識を持ち合わせてはいないのを気にし始め、勉強と趣味を兼ねて読んでいる。
慈乃の性分に合っていたのか、知らないことを知るのは気分がよく、興味を抱く内容ばかりなので、読み始めてからは夢中だった。
(へぇ……。春の七草のホトケノザは、ホノちゃんのホトケノザではないのね。本物はコオニタビラコというの)
学び家の家族に関係する花は特にノートに書き留めていた。図鑑と一緒に持ってきていたノートに、得た情報を言の葉語で記していく。
慈乃が図鑑を十数ページ読み進めたところで、ツクシとカルリアの決着はついたらしい。鉛筆を取り返したカルリアが、疲れを感じさせない笑顔で慈乃を振り返った。
「シノ姉、続きしよ!」
「はい、いいですよ」
図鑑を置く代わりに鉛筆を持つ。
「次は、何にしましょうか」
「うーんとね、ニワトリが見てみたいな。なんだっけ、タマゴ? とかいう食べ物を作る動物なんだってメリルから聞いたよ。でも、タマゴからはヒヨコが出てくるって、シノ姉、前に話してなかったっけ?」
「無精卵と、有精卵、ですね」
慈乃が答えながら、ニワトリの絵を描いていく。ついでにヒヨコと卵の絵も描いて、説明してあげた。疑問が解消したカルリアはすっきりとした顔をしていた。
遊び相手がいなくなったツクシは、スギナとマリカに近付くと、積み木遊びに混ざり始めた。
「……つついてわざと壊すなよ」
「えぇ~、心外だな~。マリちゃん相手にそんな大人げないことしないよ~」
警戒を露わにするスギナに、ツクシが不満そうに唇を尖らせる。
マリカは機嫌を直して、再び積み木を重ねていた。
ツクシがその上に三角形の積み木を置いて、「じゃ~ん、お城~」と笑いかけると、マリカも「じゃーん」と口真似して、きゃっきゃと楽しそうに笑った。
しばらくはそのようにして思い思いながらも、どこか和やかな空気のなかで過ごしていたが、さすがにマリカはもちろん、ツクシも飽きてきたようだ。
スギナは窓の方を見た。客間からは正門と花壇が見える。建物の北側なので陰になっているが、朝と変わらず天気は良いままだ。
「マリ、お外行くか?」
退屈していたマリカも「お外」と聞いて、ぶんぶんと首を縦に振った。
「いく!」
「じゃ~、ボクも~」
ツクシが大きく手を上げるのをちらりと見やってから、スギナは慈乃とカルリアにも尋ねた。
「シノとカルリアは?」
カルリアは慈乃と顔を見合わせる。その表情は「どうしようか」というよりも「行こうよ」と言いたげなものだった。
慈乃が小さく頷くと、カルリアは破顔して「私達も行く!」と言って、早速立ち上がった。
玄関に向かうところで、声を聞きつけたウタセが向かいの保健室からひょっこりと顔を出した。
「どこか行くの?」
「おそと!」
「うん、お外~」
マリカとツクシが仲良く同時に手をあげる。
「中にいるのも飽きてきたし、この辺りの花でも見てくる。街までは行かない」
スギナが手短に行き先を伝えると、ウタセは昼食には一度戻るように言い、笑顔で送り出してくれた。
その間にも時間を見つけては彼に指導をしてもらっていた。おかげで、慈乃は言の葉語の五十音表を見ないでも文字が書けるまでに成長していた。
正位三一日。それは十二等分された季節がひとつ過ぎ、また新たな季節が始まったということを意味する。慈乃のもといた世界でいうところの四月一日にあたる今日は『今月の誕生会』ならぬ、『三一日から六〇日の誕生会』が行われることになっていた。
今回の主役は五名いる。三三日生まれのツクシとスギナ、四四日生まれのマリカ、五三日生まれのカルリア、五九日生まれの慈乃だ。
学び家総出となって行われる一日がかりの誕生会の準備に、彼らは参加することができない。
そんな五人は現在、客間に集まっていた。
もとより休日なので学舎に行っていないカルリアやこの誕生日を迎えて三歳になる未就学児のマリカはもちろんのこと、学び家の職員である慈乃、ツクシ、スギナもミトドリから休みを言い渡されていた。
「お休みか~。じゃあ、ボク寝ててもいい~?」
ツクシはソファーに座り込んで、ふわぁと欠伸をする。
「……夜眠れなくなるからやめとけよ」
スギナは持ち込んだ茣蓙を絨毯の床に広げて、マリカと座り、積み木遊びに興じていた。
ツクシとローテーブルを挟んで向かい側のソファーに腰かける慈乃とカルリアは、絵を描いていた。慈乃の描いた動物のイラストをよく観察しながら、カルリアは線を描いていく。
「夕方まで何してようかー、あっ、これいい感じじゃない⁉ シノ姉!」
「え……?」
カルリアの描いた絵はウサギのはずだが、慈乃の目にはカエルのように映った。ウサギの耳がカエルの目にしか見えない。
慈乃が固まったものだから、ツクシが興味を抱いて、身を乗り出してきた。
「リアちゃんは絵心がないね~」
言いにくいことを何の躊躇いも遠慮もなく言い捨てて、ツクシは「これが絵心っていうものだよ~」と言いながら、さらさらと白紙部分に絵を描き上げていく。
あっという間に写実的なウサギが生み出された。ツクシは本物のウサギを知らないはずなのだが、まるで観察したことがあるかのようによく描けていた。想像力がたくましい。
「上手いのかわからないんだけど、シノ姉のお手本からはかけ離れてるよね」
「芸術とは真似することじゃないのさ~」
ツクシが得意げに鉛筆を回し始めたので、カルリアが鉛筆を取り返そうと手を伸ばす。
「もー、返してよ!」
「ツクシ、あんまりからかって遊ぶなよ」
ちらりと目を上げたスギナが、ため息を吐きながら窘めた。
「だって~、ヒマなんだも~ん」
「私たちは絵を描くんだから、邪魔しないでってば!」
言っても無駄だと悟ったスギナは、早々にマリカへと目を戻した。
「あ、マリ、それはメッ! 崩れるか、らー……あぁ」
「うえええっ」
一瞬遅かったようだ。四角い積み木の上に、半円の積み木の周の方を下にして置いたために崩れてしまった。それが不満だったのか泣き出したマリカを、スギナはすかさずあやして宥める。
「あんまり泣くとおめめ溶けちゃうぞ」
スギナはぶっきらぼうな言動が多い割に、小さな子ども達には誰よりも優しい。彼が幼児相手にかみ砕いた物言いをするのには慈乃も当初は驚いたが、今では慣れてきた。むしろ、慈乃達に向けた態度と同じように幼児に接するスギナの方が想像できないくらいだ。
スギナは仕事の有無に関わらず小さい子の世話を焼きたがるので、休日であっても普段の生活とあまり変わらないように思えた。
かたやツクシは徹底的な休日モードである。ツクシとカルリアの攻防はまだ続いている。
しかし、なんだかんだと言いながらふたりはじゃれあっているだけなので、わざわざ止めなくてもいいだろう。
そう判断した慈乃は彼らの決着がつくまでの間、傍らに置いていた本を読んで待つことにした。
以前は、趣味はほとんどないに等しい慈乃だったが、昔から勉強は苦ではなかったし、本を読むことも良くしていた。もっとも、それも他にできることがなかったからやっていたに過ぎないのだが、今ではそれが役に立っている。
慈乃が最近読んでいるのは植物図鑑だ。
植物には幼いころから親しんできた慈乃だったが、それほどの知識を持ち合わせてはいないのを気にし始め、勉強と趣味を兼ねて読んでいる。
慈乃の性分に合っていたのか、知らないことを知るのは気分がよく、興味を抱く内容ばかりなので、読み始めてからは夢中だった。
(へぇ……。春の七草のホトケノザは、ホノちゃんのホトケノザではないのね。本物はコオニタビラコというの)
学び家の家族に関係する花は特にノートに書き留めていた。図鑑と一緒に持ってきていたノートに、得た情報を言の葉語で記していく。
慈乃が図鑑を十数ページ読み進めたところで、ツクシとカルリアの決着はついたらしい。鉛筆を取り返したカルリアが、疲れを感じさせない笑顔で慈乃を振り返った。
「シノ姉、続きしよ!」
「はい、いいですよ」
図鑑を置く代わりに鉛筆を持つ。
「次は、何にしましょうか」
「うーんとね、ニワトリが見てみたいな。なんだっけ、タマゴ? とかいう食べ物を作る動物なんだってメリルから聞いたよ。でも、タマゴからはヒヨコが出てくるって、シノ姉、前に話してなかったっけ?」
「無精卵と、有精卵、ですね」
慈乃が答えながら、ニワトリの絵を描いていく。ついでにヒヨコと卵の絵も描いて、説明してあげた。疑問が解消したカルリアはすっきりとした顔をしていた。
遊び相手がいなくなったツクシは、スギナとマリカに近付くと、積み木遊びに混ざり始めた。
「……つついてわざと壊すなよ」
「えぇ~、心外だな~。マリちゃん相手にそんな大人げないことしないよ~」
警戒を露わにするスギナに、ツクシが不満そうに唇を尖らせる。
マリカは機嫌を直して、再び積み木を重ねていた。
ツクシがその上に三角形の積み木を置いて、「じゃ~ん、お城~」と笑いかけると、マリカも「じゃーん」と口真似して、きゃっきゃと楽しそうに笑った。
しばらくはそのようにして思い思いながらも、どこか和やかな空気のなかで過ごしていたが、さすがにマリカはもちろん、ツクシも飽きてきたようだ。
スギナは窓の方を見た。客間からは正門と花壇が見える。建物の北側なので陰になっているが、朝と変わらず天気は良いままだ。
「マリ、お外行くか?」
退屈していたマリカも「お外」と聞いて、ぶんぶんと首を縦に振った。
「いく!」
「じゃ~、ボクも~」
ツクシが大きく手を上げるのをちらりと見やってから、スギナは慈乃とカルリアにも尋ねた。
「シノとカルリアは?」
カルリアは慈乃と顔を見合わせる。その表情は「どうしようか」というよりも「行こうよ」と言いたげなものだった。
慈乃が小さく頷くと、カルリアは破顔して「私達も行く!」と言って、早速立ち上がった。
玄関に向かうところで、声を聞きつけたウタセが向かいの保健室からひょっこりと顔を出した。
「どこか行くの?」
「おそと!」
「うん、お外~」
マリカとツクシが仲良く同時に手をあげる。
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