カモミールの福音 ~花と〈家族〉に癒される優しい世界の物語~

南 鈴紀

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第六話 優しい昔話

第六話 四

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 そこではサーヤ、シキブ、ライモ、ヨルメイ、アスキが絵本の読み聞かせをしていた。読み手はシキブのようだ。おっとりとした優しげな声が耳に心地よい。皆も集中して聞いているようだった。
「『テルルは フレレが きえてしまったのを ふかく かなしみました。フレレが きえてしまったのは じぶんのせいだとおもいました。そして ひとり のこされることにも たえられなかったのです。テルルは とうとう フレレのあとを おうように いってしまいました。 おしまい』」
 しばらく、重苦しい空気がその場を支配した。それを破ったのはサーヤのため息だった。
「いつ聞いても、すっきりしない結末だよね」
 ライモは眉根を寄せている。こちらは内容が理解できなかったからのようだ。
「『あとをおう』ってどういう意味?」
 ライモより一つ年下のヨルメイが答える。
「死んじゃったってことだよ」
 アスキは悲しそうな顔をした。
 シキブはアスキの頭をなでながら、ぽつりと呟いた。
「考えさせられますよねぇ。テルルはこれで救われたのかぁ、フレレはテルルと再会できたとして喜んだのかぁ」
 そこではじめて慈乃の存在に気づいたのか、サーヤが声をあげた。
「シノ姉さん! いつからそこに?」
「ついさっき、です。……それより、ひとつお尋ねしたいのですが……。今の絵本の、タイトルは、何ですか?」
「『たびのさきに』だよ」
 タイトルを聞いて、眉をしかめた慈乃をサーヤ達は訝しげに見る。
「どうかしましたかぁ」
「……いえ、思い違いかも、しれない、です」
 すっといつもの無表情に戻った慈乃に、皆はやはり不思議そうにしていたが、それ以上は追及しなかった。代わりに慈乃に読み聞かせをお願いする。
 最初は読み聞かせに抵抗があった慈乃も、レヤ達未就学児の相手をしているうちに慣れてきた。今では頼まれれば、それほど抵抗なく引き受ける。
 今度もまた、渡された絵本を読みはじめた。

 子ども達の就寝時間が近づき、慈乃も入浴順が回ってきたので、きりのいいところで読み聞かせはお開きになった。
 入浴の間も、慈乃は心にもやもやしたものを抱えていた。
 先ほどの読み聞かせの絵本『たびのさきに』が原因だ。
 慈乃は似たような話を知っている。タイトルも、話の途中までもそっくり同じなのに、結末だけが異なる物語を。絵本本体は目にしたことがなく、母の口伝えでしか知らないのではっきりと同じものだとは言い切れないのもまたひっかかるのだ。
 お風呂に入ったあとも気分はさっぱりしないまま、部屋に戻った。
「……可能性としては、お母さんが改変した、とか……?」
『カミユがどうかしたの~?』
 はっとして顔を上げると、視線の先で花瓶に活けられたカモミールの花がそよりと揺れた。
『やったね、今日もお話しできたの~』『シノ、きらきら』『キラキラ~』
 カモミールの精は慈乃の見た目についてあれこれと言いあっていたが、当の本人の耳には全く入っていない。
 その間も慈乃は絵本と母との関係について考えていたが、もし母が関わっていたとしたらカモミールの精が何か知っているかもしれないとふと思いつき、事情を説明し、訊いてみることにした。
『シノ、憶えてないの?』『憶えてるわけないよ~』『まだ話せるようになったばっかりだもん』
「……つまり、私の小さいときに、何か、あったのですか?」
『そうそう』
 カモミールの精のいうことには、このようなことだった。
慈乃がまだ一歳になったばかりのころから、カミユは寝物語に読み聞かせをよくしていた。それは人間界にある絵本だったり、カミユが幼いころに聞かされていたこちらの世界の物語だったりしたそうだ。
ある日、カミユがいつものように物語を語った。その日は『たびのさきに』という、こちらの世界の絵本だった。
途中までは慈乃も大人しくしていたのだが、どういうわけか結末まで話し終えると突然泣き出したというのだ。それ以来、カミユは『たびのさきに』の結末をハッピーエンドに創りかえて、慈乃に語って聞かせるようになった。慈乃はたいそう喜んだという。
「……そう、だったのね……」
 母のことを知れば知るほど、いかに愛情深い女性だったのかを今更ながらに思い知る。
 気が付けば、慈乃は思いのままに口走っていた。
「お願いが、あるのです。できるかぎり、母と……それから父の話も、少しずつでいいので、聞かせて、ください」
 その瞬間、木々の葉擦れのような音が降り注ぐ。
『……聴いて、くれるの?』『シノがいいならいっぱい話すよ』『何から話そうか』『カミユの小さいとき?』『真白と初めて会った時のこと?』
 思い出すと辛くなるからと、あえて思い出に蓋をしてきた。そしていつしか、蓋をしたことさえ忘れた。
 記憶の底から掘り起こし、開いた思い出の箱の中からは悲しみや辛さではなく、優しさと愛しさが溢れ出した。
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