カモミールの福音 ~花と〈家族〉に癒される優しい世界の物語~

南 鈴紀

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第六話 優しい昔話

第六話 五

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 花守としての性質が強まった影響で、慈乃は毎日のようにカモミールの精の声を聴けるようになった。
 朝一番に『おはよう』と挨拶してくる日もあれば、昼間に子ども達と遊んでいると笑い声が風に乗って届いてくる日もあったが、最も長く話す時間は慈乃が一人になった夜だった。
 毎夜、母を中心とした思い出話を寝物語のようにして聴く。
 カモミールの精は、花守だった母についてはもうひとりの自分のようだといって、詳しく教えてくれた。そういう意味では父の話は、母ほどしっかりしたものではなかったけれど、母を通してみる父の姿はちゃんと遺っていた。
 そのようにして数日間を過ごし、花見の前日である今日は、朝から花見の準備に取り掛かる予定になっている。
 ニアは先に仕込みをしておくからと言って学び家に残った。
 弁当の詳細を知る慈乃と、それなりに量のある買い物になりそうなので以前に宣言していたようにウタセが街へ下りることになった。
 今日も天気に恵まれそうだ。連日天気が良く、暖かいので、学び家の門の脇のサクラは満開を迎えていた。
「お花見にぴったりの時期、ですね」
 風に吹かれてはらはらと舞う薄桃色の花びらを目で追いながら、慈乃はウタセに話しかけた。
「ふふ、明日はもっとすごいよ」
 ウタセは楽しげに目を細める。慈乃が口を開く前に「明日のお楽しみだよ」と先回りされてしまったので、慈乃もそれ以上は訊けなかったが、ウタセがこういう表情をするとき、悪いことになった例はないので、素直に明日まで待つことにした。
 門を出て一面に広がる花園は、相も変わらず美しい。それに加え、花の知識もついてきた慈乃にとっては楽しい場所でもあった。
 名前のわかる花があると知識に照らし合わせ、知らない花は帰って調べる。その感覚や作業がまるで忘れかけていた子どものころのような好奇心を思い起こすようで、慈乃は好きだった。
 花に興味を惹かれているのがわかったのか、ウタセは慈乃に合わせてゆっくりと歩む。時折遠くに指をさしては「あっちにヒルザキツキミソウがあるよ」とか、足を止めた慈乃に「このオオバコは生薬にもなるんだよ」とか、花に関することを話してくれた。
 穏やか時間はあっという間に過ぎ、気づけば街に着いていた。
 必要なものが書かれたメモを見ながら、店を回る。
 慈乃もようやく顔が利くようになってきたが、ウタセはさすがに年季が違った。店員の覚えも良く、持ち前の愛想の良さもあり、行く店行く店で歓待を受けた。
 もしかしたらスイセンはウタセの影響を受けているのかもしれないと、以前の彼との買い物を思い出して、ふとそんなことを考えた。
 両腕に紙袋を抱えるウタセは、慈乃の持つ手元を覗き込んで買い物リストを確認していく。慈乃は片手に小さな紙袋を持っているだけだ。中にはエディブルフラワーが入っているので、軽いがあまり雑には扱えない。
「あとは生花だね。よーし、休憩しよう!」
「えっ、いいのですか? 時間は……」
「大丈夫大丈夫。そのために効率的に買い物してたんだから」
 しっかりしているようでちゃっかりもしているウタセらしい提案ではある。
「せっかくシノと街まで来たんだし、寄り道くらいしたいな。ね、お願い」
 頼まれると断れない慈乃だったが、勇気を振り絞って抗議した。
「で、でも……。一応、業務時間内ですよ?」
 その反応すら想定済みだったかのように、ウタセは爽やかな笑みでさらりと答えた。
「学び家の家訓には子ども達も職員も楽しむことってあるし、ミト兄だって認めてるから問題ないよ!」
「う……」
 もう一押しだと思ったのか、ウタセがダメ押しの一言を加える。
「シノが付き合ってくれたら、僕はすっごく喜びます」
 さらににこりと微笑まれては慈乃に断れるはずもなかった。
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