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第一〇話 日常の一幕
第一〇話 一
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「シノちゃん、何してるの~?」
「絵描いてんの?」
「ん? 字も書いてあるじゃん」
外は今にも雨が降り出しそうな曇天で、実際弱い雨がぱらつくこともあった。夏の花祭から後数日、すっきりしない天気が続いている。連日の室内遊びに飽きたツクシ、レヤ、フィオは作業中の慈乃に絡み始めた。
「そろそろ梅雨入りするそうですから、室内でできる遊びを増やそうかと思ったんです」
慈乃は体をずらして、机上の制作物を見せる。
「絵本ですよ」
「すげーな、シノ姉ちゃん。本なんか作れんだ」
レヤが目をまるくする。フィオもまじまじと絵本を覗き込んだ。
「お話は私の母から聞いたものですけどね」
慈乃はそっと紙の表面を撫でた。その手つきは思い出に触れるように優しい。
「これ、昨日の昨日に聞かせてくれたやつだ」
フィオはよく記憶していたようで、話の一場面を切り取った絵を見ただけでタイトルを言い当てた。憶えていてくれたことやそれほどまでに真剣に聞いていてくれたことに喜びを感じて、慈乃は微かに唇に弧を描く。
「フィオくん、よく聞いてくれましたものね」
「当ったり前だよ! シノ姉ちゃんの話聞くのは好きだもん」
「オ、オレだってタイトル忘れたけど、ちゃんと聞いてたぜ!」
フィオもレヤも慈乃の変化には気づかずに、いつものようなやり取りを繰り広げていたが、ただひとり瞠目し、慈乃を凝視していたのはツクシだった。こんな反応は珍しい。
「シノちゃん、いま……」
「ど、どうしました……?」
「……そっか、迷子じゃなくなったんだね~。うん、良かったよ~」
ふにゃりとした笑みを浮かべて、ツクシは慈乃の頭をよしよしと撫でた。身長は慈乃の方が高いが、今の慈乃は座っているため、こうしているとまるで、ツクシが小さな子どもをあやしているかのようだ。
戸惑いはしたものの、止めてほしいとは言えなかった。
初めてツクシと働いた日を思い出す。あれは研修一日目のことだった。
ツクシらしくない痛ましさや労わりを含んだ曖昧な笑みで「……シノちゃんはボクより年上なのに、昔のこの子達みたいだね~」と言われたことがある。
当時は諦念にも似た思いでそうだとしか思えなかったが、今ならツクシの言わんとしていたことがわかる。
「……心配、させていましたか?」
「そりゃしたよ~。どうしたらいいかわからない、でも前に進むのも怖いって目をしてたもん~」
慈乃の頭を撫で続けながら、ツクシは深い息を吐いた。
「けどシノちゃんの笑顔が見られたから、もう安心~。笑えるのはね~、心が元気な証拠だから~」
「スギナくんもそうでしたけど、ツクシくんもなんだかお兄ちゃんみたいです」
くすぐったさに目を細めて慈乃が言えば、ツクシは「シノちゃんみたいな妹なら大歓迎だよ~」と冗談めかして笑った。
「ツクシお兄ちゃん、スギナお兄ちゃんよんできたよ」
「今日ならいいって」
「お前毎日毎日しつけぇんだよ……」
廊下から食堂に駆けこんできたのはメリルとホノだ。ふたりに引き連れられて現れたスギナは、ツクシの顔を見るなり睨みつけた。ツクシの勧誘にうんざりしているのは本当だが、ホノとメリルにねだられたから断り切れなかったのだろう。
ツクシは慈乃から身を離すと、怯むことなく不機嫌なスギナに近づいていった。
「なんで昨日オレ達が遊ぼうって言ったときはやだって言ったのに、今日はいいんだよ!」
「そうだそうだ!」
抗議の声をあげるレヤとフィオに、スギナは冷ややかな視線を向けた。
「お前らはうるさすぎんだよ。ガキが寝てる部屋で騒ぐなってあれほど言ったのに……。結局その声でフユとラナは起きちまうし。あの後寝かせんの大変だったんだからな」
「スギナ兄ちゃんが遊んでくんないからじゃん」
「仕事を増やすなよ」
ここ数日寝不足らしいスギナは当り散らさない代わりに、にべもなく返す。
スギナも一緒に遊んでくれると聞きつけて、テオとウルフィニも側にやって来た。
「でも今日は遊んでくれるんでしょ?」
「……なにする? かくれんぼ? おえかき?」
それに答えたのはツクシだった。
「今日はやること決めてあるんだよね、ホノちゃん?」
話を振られたホノは大きく頷いた。
「今日はおままごとをやるのよ!」
スギナはげっそりとした表情を浮かべて、うなだれた。
「絵描いてんの?」
「ん? 字も書いてあるじゃん」
外は今にも雨が降り出しそうな曇天で、実際弱い雨がぱらつくこともあった。夏の花祭から後数日、すっきりしない天気が続いている。連日の室内遊びに飽きたツクシ、レヤ、フィオは作業中の慈乃に絡み始めた。
「そろそろ梅雨入りするそうですから、室内でできる遊びを増やそうかと思ったんです」
慈乃は体をずらして、机上の制作物を見せる。
「絵本ですよ」
「すげーな、シノ姉ちゃん。本なんか作れんだ」
レヤが目をまるくする。フィオもまじまじと絵本を覗き込んだ。
「お話は私の母から聞いたものですけどね」
慈乃はそっと紙の表面を撫でた。その手つきは思い出に触れるように優しい。
「これ、昨日の昨日に聞かせてくれたやつだ」
フィオはよく記憶していたようで、話の一場面を切り取った絵を見ただけでタイトルを言い当てた。憶えていてくれたことやそれほどまでに真剣に聞いていてくれたことに喜びを感じて、慈乃は微かに唇に弧を描く。
「フィオくん、よく聞いてくれましたものね」
「当ったり前だよ! シノ姉ちゃんの話聞くのは好きだもん」
「オ、オレだってタイトル忘れたけど、ちゃんと聞いてたぜ!」
フィオもレヤも慈乃の変化には気づかずに、いつものようなやり取りを繰り広げていたが、ただひとり瞠目し、慈乃を凝視していたのはツクシだった。こんな反応は珍しい。
「シノちゃん、いま……」
「ど、どうしました……?」
「……そっか、迷子じゃなくなったんだね~。うん、良かったよ~」
ふにゃりとした笑みを浮かべて、ツクシは慈乃の頭をよしよしと撫でた。身長は慈乃の方が高いが、今の慈乃は座っているため、こうしているとまるで、ツクシが小さな子どもをあやしているかのようだ。
戸惑いはしたものの、止めてほしいとは言えなかった。
初めてツクシと働いた日を思い出す。あれは研修一日目のことだった。
ツクシらしくない痛ましさや労わりを含んだ曖昧な笑みで「……シノちゃんはボクより年上なのに、昔のこの子達みたいだね~」と言われたことがある。
当時は諦念にも似た思いでそうだとしか思えなかったが、今ならツクシの言わんとしていたことがわかる。
「……心配、させていましたか?」
「そりゃしたよ~。どうしたらいいかわからない、でも前に進むのも怖いって目をしてたもん~」
慈乃の頭を撫で続けながら、ツクシは深い息を吐いた。
「けどシノちゃんの笑顔が見られたから、もう安心~。笑えるのはね~、心が元気な証拠だから~」
「スギナくんもそうでしたけど、ツクシくんもなんだかお兄ちゃんみたいです」
くすぐったさに目を細めて慈乃が言えば、ツクシは「シノちゃんみたいな妹なら大歓迎だよ~」と冗談めかして笑った。
「ツクシお兄ちゃん、スギナお兄ちゃんよんできたよ」
「今日ならいいって」
「お前毎日毎日しつけぇんだよ……」
廊下から食堂に駆けこんできたのはメリルとホノだ。ふたりに引き連れられて現れたスギナは、ツクシの顔を見るなり睨みつけた。ツクシの勧誘にうんざりしているのは本当だが、ホノとメリルにねだられたから断り切れなかったのだろう。
ツクシは慈乃から身を離すと、怯むことなく不機嫌なスギナに近づいていった。
「なんで昨日オレ達が遊ぼうって言ったときはやだって言ったのに、今日はいいんだよ!」
「そうだそうだ!」
抗議の声をあげるレヤとフィオに、スギナは冷ややかな視線を向けた。
「お前らはうるさすぎんだよ。ガキが寝てる部屋で騒ぐなってあれほど言ったのに……。結局その声でフユとラナは起きちまうし。あの後寝かせんの大変だったんだからな」
「スギナ兄ちゃんが遊んでくんないからじゃん」
「仕事を増やすなよ」
ここ数日寝不足らしいスギナは当り散らさない代わりに、にべもなく返す。
スギナも一緒に遊んでくれると聞きつけて、テオとウルフィニも側にやって来た。
「でも今日は遊んでくれるんでしょ?」
「……なにする? かくれんぼ? おえかき?」
それに答えたのはツクシだった。
「今日はやること決めてあるんだよね、ホノちゃん?」
話を振られたホノは大きく頷いた。
「今日はおままごとをやるのよ!」
スギナはげっそりとした表情を浮かべて、うなだれた。
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