悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第2巻 - 支配の鎖と激情の炎

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7. 怯えと蜜、廃墟に滴る

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 湿った木の軋みと、遠雷の尾を引く低鳴りで目が覚めた。
 レイモンドはしばらく荒れ果てた天井を見つめ、昨夜の記憶を思い出しては頬を熱くし、次いで身を強張らせた。寝台に横たわる己の身体は、不快な汚れひとつなく清められている。廃屋の薄闇の中、その整えられた感触は異様に浮き、アルベリックの手によるものだと悟った瞬間、胸の奥にざわつくものが走った。
 まだ雨はやまず、外へ出る気にはならない。寝台脇の椅子に腰を下ろしたアルベリックが「おはようございます、参謀殿」と軽やかに声をかけた。濡れた外から戻ってきたばかりらしく、手には果実が数個抱えられている。

「……不要だ」
「おや、それは残念。せっかく命懸けで取ってきたのに」
「命懸けだと? ただの果物だろう」
「猛禽の縄張りで拾ったんですよ。嘴に狙われたら一噛みで首が飛ぶ」
「……嘘を吐くな」
「信じませんか。では証拠に齧ってみましょう」

 赤い瞳の蛇が、稚児と接するように茶化した口調を投げる。昨夜の男とまるで別人だと睨みつけ、好意を蹴る。

「結構だ」
「駄目です。……弱って倒れられたら、俺が困る」

 何度も聞いた脅し文句は少しだけ形を変えた。小片を摘み、レイモンドの口元へ差し出す。拒もうとした唇は、ぬるりとした指に押し込まれる。

「……っ、無理矢理食わせるな」
「ほら、甘いでしょう」


 * * *


 雨音が屋根を叩く中、果実を無理やり口に押し込まれた不快感をまだ拭えずにいたレイモンドは、負けん気から「自分で探索をする」と言い出す。しかし、昨夜の余韻で膝はまだかくつき、足取りも心許ない。
 アルベリックはあえて止めず、数歩遅れてついていく。
 廃屋の扉を押し開けると、湿った空気が押し寄せる。
 外は雨脚が強まり、木の枝を打つ音が薄暗い内部へと響いていた。長年使われていない床板は、踏み出すたびに乾いた軋みを上げ、屋根裏からは小動物の走る気配が伝わってくる。
 レイモンドは眉根を寄せて足を止める。

「……薄気味悪い場所だ」

 思わず呟くと、背後のアルベリックが軽く鼻を鳴らした。

「参謀殿が怖じ気づくとは意外ですね。……もっとも、この足取りでは幽霊に出会う前に転びそうですが」
「黙れ」

 吐き捨てる声は震えを帯び、言葉とは裏腹に歩幅は狭まっていく。
 床の軋みが不意に大きく響いた。肩が跳ね、咄嗟に近くの柱へ手を伸ばすが、掴み損ねる。その腕を支えたのは、隣にいたアルベリックだった。

「おっと」
「……離せ」
「そう仰いますが、手が震えてますよ。柱より俺の方が頼りになるでしょう?」

 掴んだ腕を払いのけようとしたものの、また別の箇所で板がぎしりと鳴った瞬間、反射的に袖を握ってしまう。悔しげに顔を背けるレイモンドを、アルベリックは愉悦を隠さず見下ろした。

「なるほど。参謀殿は理屈より反射の方が正直らしい」
「戯言を……」
「怖いのは結構。むしろ、もっと怯えてください。そうすれば──あんたは、自然と俺を離せなくなる」

 耳許で囁かれる声に背筋が粟立ち、さらに強く布を掴んでしまう。
 その仕草一つ一つが、アルベリックにとって何よりの愉悦だ。
 外の雨音が壁を伝って響くたび、古びた梁や扉が軋み、不意に音を立てる。
 レイモンドの肩が小さく震え、指先が裾を掴む。
 アルベリックはそれを見て嘲るように口元を歪めた。

「また服ですか。もう何度目です?」

 わざと軽く言い放つ声に、レイモンドは悔しげに唇を噛み、だが離せずにいる。
 さらに一歩、床板が鳴った。
 びくりと身を竦めたレイモンドは、堪らず片手でアルベリックの腕を掴む。

「……子供のようですね。片手じゃ心許ないでしょうに」

 からかう響きが耳を刺し、レイモンドは顔を逸らすが、次の軋みで両腕が反射的にアルベリックの腕へ縋りついていた。

「はは……両腕で、ようやく安心か」

 愉悦を滲ませて笑い、アルベリックはその細い指を受け止める。
 雷鳴が轟き、窓枠が大きく震えた。
 レイモンドは思わずアルベリックの胸へしがみつく。だがその行為に気付いた途端、羞恥に顔を赤らめ、慌てて離れた。

「──おや、惜しい」

 軽く笑いながら、逃げ腰の細身を逃がすまいと腰を抱き寄せるアルベリック。
 その腕の中で、レイモンドの鼓動が荒く脈打つのが掌に伝わった。
 だが、すぐに手を放ち、何事もなかったかのように前を行く。
 取り残されたレイモンドは、胸に残る熱を振り払うように頭を振って後を追う。

 ──再び、廃屋が不気味な軋みを上げた。
 耳元で囁くような風の音に、レイモンドの背筋が粟立つ。
 ついに耐え切れず、後ろからアルベリックへしがみついた。

「……っ、またですか。怯えすぎでしょう」

 低く煽る声。しかしその瞳には愉悦と熱が宿っていた。
 震える身体を抱え込み、ゆるやかに姿勢を変える。
 レイモンドの背を壁へ押しやり、逃げ場を塞ぐ。
 両の腕を壁へ押し付けられ、抗う間もなく身動きを封じられる。
 思わず息が零れ、視線が揺らいだ。
 壁に押し付けられたレイモンドの脚の間へ、アルベリックの太腿が強引に差し込まれる。
 腰を逃がす隙すらなく、鋭い体温が股間を押し上げるたび、鈍い快楽が下腹を揺さぶった。

「……っ、や、め……」

 必死の抵抗も、下からじわじわと擦り上げられる感覚に言葉が震える。
 アルベリックは耳元に顔を寄せ、熱を含む吐息をわざと吹きかけながら低く笑う。

「逃げても無駄です。ほら……あんたの脚が俺を挟んでる」

 言葉の通り、強張った太腿が無意識に絡み、レイモンド自身の体重がより強く擦れを深める。
 浅い快感がじりじりと積み重なり、レイモンドの吐息は耐えきれず漏れ始めた。

「いい声だ……もっと聞かせて下さい」

 顔を寄せ、耳へと唇を滑らせた。湿った舌が敏感な縁をなぞり、次いで中をくすぐるように舐める。
 途端に、レイモンドの喉から押し殺した声が零れた。

「──ん……っ……」

 肩が震え、逃げようとする仕草がかえって艶めかしい。

「はは……なんて声だ。耳だけでこんなに震えるとは」

 愉悦を滲ませた囁きと共に、耳朶を軽く噛む。小さな悲鳴にも似た吐息が漏れ、アルベリックの瞳に熱が宿る。
 腰をさらに壁に押しつけ、腿を強く擦り上げる。抵抗する腕を壁際に固定したまま、耳朶への口付けを重ねる。

「……まだ強情だな。だが、怯えれば怯えるほど、俺に縋らずにはいられない」

 レイモンドは必死に言葉を紡ぐが、震えた吐息にかき消される。
 アルベリックの腿に押し上げられ、無意識に揺れを返す自分に気づいたレイモンドは、羞恥と苛立ちに頬を染めた。
 その視線を真正面から受け止めたアルベリックの双眸は、すでに劣情に濁っている。
 今にも唇を奪い尽くしそうな勢いで顔を寄せたものの、寸前でぐっと堪える。
 強く噛んだ唇からは微かな血の味が滲んだ。

「……っ」

 荒く乱れる息を殺すように喉を鳴らし、アルベリックは壁際に押さえつけたまま、どうにかして己を抑え込んでいた。今のレイモンドへ口付けを許したら、全て貪ってしまいそうで。昨夜に無理をさせてしまったのもストッパーとなって、アルベリックの熱を塞き止める防波堤として役立っていた。

 その姿を見たレイモンドへ、脈打つ胸の奥にぞわりとした感情が広がる。
 昨夜、あられもなく貪られた記憶が脳裏を過り、思わず薄く笑みを浮かべる。

「……昨夜の仕返しだ」

 掠れた声で囁き、わざと煽るように吐き出す。
 その挑発にアルベリックの眼差しがぎらりと閃いた。

「……あんたってやつは……」

 押し殺した低声が震え、張り詰めた空気に劣情が滲む。
 だがなお、男は獲物を焦らす蛇のように、腰を抱き寄せながら唇を合わせることを避けた。
 触れたら最後、自分がもう止まれなくなると知っているから。
 壁に押しつけられたレイモンドの脚の間へ、アルベリックの腿が深く割り込む。硬い熱が下から押し上げ、鈍い痺れがじりじりと腹の底へ広がっていく。耐えようとするほど、腰は無意識に震え、擦れてしまう。

「……参謀殿。腰が、揺れてます」

 耳許に落ちる低声は、からかいの軽さを装いながら、奥に隠しきれない熱を滲ませていた。レイモンドは息を止め、動きを制そうとする。だが揺れは微かな律動として残り、呼吸の乱れが衣擦れに紛れて響く。

「……っ……黙れ。……貴様の、脚が、……っ邪魔なだけだ」
「っはは、……退けますか?」

 レイモンドは悔しげに視線を逸らす。次の瞬間、意図的にわずかに圧を増し、逆に擦れの角度を変えた。羞恥に頬が熱を帯びる一方で、唇だけは薄く笑いを刻む。

「退けろとは、言わない。……耐えてみせろ」
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