悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第2巻 - 支配の鎖と激情の炎

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8. 噛み耐える牙、銀に埋もれる

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 刹那、アルベリックの瞳が灼かれたように揺らぐ。唇が触れ合う寸前で止まり、強く噛み、血の味で衝動を縫い止める。キスをすれば、もう止まれない──その自覚が、首筋へ顔を埋める選択へと彼を追いやった。熱い吐息が肌を撫で、押さえつける手は無意識に力を増す。

「……っ」

 レイモンドの喉奥から、押し殺した息が擦れる。
それだけの微かな音に、アルベリックの胸に走る欲の刃はさらに鋭くなる。昨夜、重ねて刻んだ痕跡の存在が脳裏に閃く。──俺の色で塗り潰したはずの場所。思い出だけで、埋まらない隙間が疼いた。

 レイモンドは、その抑制の震えを首筋で感じ取り、低く嗤う。

「仕返しと、言ったろうが。……どうした、耐えろ」

 挑む囁きに、アルベリックは堪えるように深く息を吸い込む。喉が鳴る。両腕は壁上で細い手首を外さぬまま、掌だけが熱を増していく。追い詰め、縫い止め、逃すまいとする力──それは嗜虐の延長に生まれたはずの衝動が、かたちを変えつつある兆しだった。
 レイモンドの腰が、またほんのわずかに揺れる。擦過音が静けさを乱し、肩が小さく跳ねる。アルベリックの息がそこで荒い。

「……参謀殿。やけに情熱的だな、楽しんでんのか?」
「崖の縁で耐えているくせに、口は減らんな……──アルベリック」


 ────初めて、
 自主的に、
 レイモンドの意思で、

 名が呼ばれた。

 刃のような音も、笑みの仮面も、そこでひび割れる。呼気が一拍、熱に攫われ、視界の焦点がレイモンドの瞳孔だけを捕えた。名を投げられた胸の奥で、昨夜の支配欲とは異なる熱がせり上がる。奪うでも、刻むでも足りない。呼んだ声の震えごと、そこに宿る感覚のすべてを囲い込んで、二度と離さない場所に据えたい──そんな昂ぶりが、無意識の言葉となって喉まで押し上げる。
 だが唇は、なお噛み殺されたままだ。許せば崩れる均衡を知っているから。彼は代わりに、レイモンドの首筋へ顔を押し当て、深く息を吸った。名の余韻を肺に満たし、内側から熱を鎮めるように。

「……レイモンド」

 今度はアルベリックが名で呼ぶ。低い、削れた響き。呼んだ瞬間、押さえつける掌にふっと余計な力がこもり、細い体が壁でわずかに跳ねた。レイモンドの睫毛が驚きに震える。怯えと、ほんの微かな愉悦が混じった色がそこに走る。それを見て、アルベリックは悟る──名を奪うより、名を交わすことの方が、今は遥かに熱い。

「──レイモンド」

 囁きは短く、命じるでもなく、願うでもなく、ただ焦がれた。太ももは揺れを緩め、代わりに密着の角度を一段深くする。鈍い快さが再び波紋のように広がり、レイモンドの喉から、堪えた息がこぼれた。

「……っん゙」

 その細い音に、アルベリックの双眼がまた灼ける。独占の熱は、まだ本人の言葉にならない。けれど視線はもう、誰にも渡す気のない獲物を映している。名を呼ばれた胸の奥で、何かが決定的に形を持ち始めていた。

「……アルベリック」

 耳朶を掠める甘やかな囁き。その一言は、堰を切る合図のようにアルベリックの全身を痺れさせた。
 抑え込んでいた理性が、軋みながら音を立てて崩れ落ちる。
 耐え続けるために首へと埋めていた顔がわずかに震え、背を押さえつける腕へ鬼気を孕んだ力が籠もる。レイモンドの白い喉元に牙が触れんばかりに迫り、唇が切実に震えた。
 赤の双眼が、射抜くように持ち上がる。
 その視線に捕らえられた瞬間、レイモンドは思わず呼吸を詰めた。そこには制御を失いかけた男の熱──激情と欲情が混ざり合った獣の光が宿っていた。
 息を呑む一瞬の静寂ののち、互いの距離は雪崩れるように潰えた。
 どちらからともなく唇を重ね、貪り合う。抑圧されていた激情が火花のように弾け、荒く絡む吐息と舌が互いの熱を際限なく貪る。
 互いの唇が貪り合う中、アルベリックは逃げ道を与えぬよう、絡めた両手を壁へとさらに押し付けた。硬い石壁が背へ食い込み、そこから逃れられぬと悟ったレイモンドの身体はわずかに震える。

「……っ、は、あ……っ」

 息を奪われ、抗うことすらままならない。けれど唇を塞がれたまま吐き出される声は、抗議なのか熱に濡れた喘ぎなのか、自分でも判別できない。二人の間に幾重にも糸が引かれ、お互いがお互いの舌を喰らう。
 やがて、アルベリックはその体勢を崩さぬまま、レイモンドの片脚を腕へと絡め取った。冷たい石壁に手を縫いとめられたまま、脚を高く引き寄せられた姿勢は逃げ場を奪い、羞恥と緊張を煽る。
 そのまま容赦なく指が後ろへ滑り込み、濡れ気を持たぬ場所を唾液で無理やり馴染ませながら押し分ける。息を止めようとしても、抑え切れぬ呻きが喉から滲み出る。

「……あ、っ……」

 抵抗の言葉はなかった。昨夜の激情を思い知らされた身は、反発すら叶わず、ただ壁とアルベリックの体温に挟まれたまま震えている。
 赤い眼差しがぎらつき、欲望に色を濃くする。そこにはもはや冷静さも皮肉もなく、あるのは独占欲と飢えた劣情のみ。
 掴まれた脚を逃がさぬまま、奥を抉る指は荒々しく勢いを増していく。粘り気も抵抗もなく、ただ壁と熱に挟まれて受け止めるしかない体は、細かく痙攣しながら快感を押し広げられる。

「……っ、……あ、っは、ぁ゙……っ……!」

 声を噛み殺しても、息の隙間から零れる喘ぎが止まらない。
 アルベリックは喉の震えを舌でなぞり、耳元で低く嗤う。

「……拒まないんだな、参謀殿。……俺を受け入れてる」

 赤の眼差しが熱に濁り、獲物を逃がすまいと縫いつける。そこに理性の冷ややかさはなく、ひたすらに執着と飢えが宿っていた。

 「俺の跡で、俺の指で……参謀殿はこんなふうに乱れる、良い」

 その声色は讃えるようでありながら、獲物を嬲る獣のそれ。止めどころを知らぬ指が容赦なく奥を擦り、胸への噛み付きは痛みと甘さを絡めて深まる。敏感になった体を更に掻き乱す。抵抗を見せぬ姿に、アルベリックの独占欲はますます色濃くなり、飢えた犬のように貪り続けるしかなくなっていた。
 熱に掻き乱された体は、ついに堪え切れず弓なりに跳ね上がった。

 「──っ、……ぁ……っ……!」

 全身を震わせながら白く果て、壁に背を押しつけられたまま、息だけが荒く零れていく。
 しかしアルベリックの指は止まらない。痙攣で締め付ける内奥をあえて抉り、なおも揺さぶり続ける。快楽の余韻に溺れた神経に、更なる刺激が容赦なく塗り重ねられた。

「ひ、…っまて、ま……て、……ふ、──イ゙っ、」

 行き場をなくした片手がアルベリックの肩口を掴んだ。体が快感を逃すまいと前のめりに丸くなり、だらしなく涎が垂れる。
 肩で息をするレイモンドを眺めながら、彼は疑問を口にした。

「……拒まないんですか」
「──今、だけだ。っは……獣を、助けているに……っすぎん」

 答えを聞き、アルベリックは低く笑う。

「例え気が揺れただけでも、始めたなら──最後まで助けてくださいね」

 壁に押し付けられたまま、レイモンドの身体は宙に浮き、アルベリックの腕と熱に支えられていた。熱杭を取り出し後孔へ充てがう。ゆっくりと奥へと満たされる感覚に、喉が絞られるような声が漏れる。

「……っひ……ぁ゙、く……」

 激情を堪えながら、彼は一突き一突き、味わうように腰を進めた。
 視線は絡み合い、逃れることができない。互いの胸の奥に火が宿り、呼吸は荒く熱を帯びる。

「あんたを、壊す」

 唇の端から洩れる声は、すでに抑制の枠を外れていた。
 だが、レイモンドは嗤う。

「……壊せるものなら、やってみろ」

 挑発の言葉が、最後の枷を断ち切った。
 アルベリックの吐息が荒くなり、強靭な腰が一気に打ちつけられる。壁に響く鈍い衝撃と共に、快楽の波がレイモンドを呑み込んだ。

「……くっ、悪い、レイモンド……」

 謝罪はもはや祈りにも似て、抽挿のたびにかき消されていく。

「は、──ふ……ん゙、んッ」

 鋭い突き上げが繰り返されるたび、声を抑えようとするほどに甘い悲鳴が迸る。
 口付けを求めても唇は噛み締められ、激情に飲まれるのを堪えている。だが次第に耐えきれず、塞がれていた口が欲に裂けるように重なった。
 唇を貪り、舌を絡め、再度壁に押さえつけられた両手は強く絡め取られる。
 容赦のない抽挿は深さを増し、レイモンドの腰を容易に突き上げる。

「っ……も、むり……だ、は……ぁ……っ」
「っは、……あと、少し、だから」

 アルベリックの声は低く掠れ、もはや荒い吐息と混じっている。
 叩きつける衝撃と、舌を貪る熱。すべてが絡み合い、レイモンドの内奥を焼き尽くしていく。
 荒々しい衝撃が何度も壁に響き、レイモンドの背は逃げ場なく押し付けられた。絡められた両手は強く締めつけられ、指先が痺れるほどに力を奪われる。
 深く突き込まれるたびに、喉が勝手に震え、理性では抑えきれない声が零れた。
 抽挿は止まらない。浅い突きで焦らし、すぐに深く抉るように打ち込む。その緩急がレイモンドの内奥を翻弄し、耐える意思を容赦なく削ぎ落とした。

「……っ、アルベリック……っ、ぁ……もう……っ」

 泣き笑うような声で呼ばれた名に、アルベリックの熱はさらに昂る。レイモンドの腰は無意識に震え、擦れるたびにまた新しい快楽が生まれていた。繰り返し果てさせられ、それでも止まらない衝撃に視界が霞んでいく。

「……壊れる……こんなの、耐えられるか……っ」

 自嘲のように洩れる声へ、アルベリックは甘やかすように囁きで返した。

「壊れていい。……俺が全部、拾ってやる」

 その言葉と共に、最奥を突き貫かれ、快楽の奔流に呑み込まれていく。
 荒々しい律動の果て、アルベリックは深く押し入り、熱を注ぎ込んだ。
 互いの荒い息が混ざり合い、壁に凭れたまま長い沈黙が落ちる。


 * * *


「……結局、俺に身体を許したんですね、参謀殿。」

 軽く口角を吊り上げ、アルベリックが煽るように告げた。
 レイモンドは息を呑み、下衣の乱れを直しながら真っ赤に染まった頬を振り返る。

「黙れ……! あれは……動物愛護の精神に過ぎん。獣を宥めただけだ。」

 激昂を隠せぬ声で否定し、眉間に深い皺を寄せる。
 アルベリックは肩を竦め、わざとらしく煽って見せた。

「ふふ……幽霊も逃げ出すくらい情熱的でしたけどね。あれじゃ、俺のほうが命の危機を感じましたよ。」

 羞恥に塗れたレイモンドは、思わず顔を背けて吐き捨てる。

「黙れ、……っくそ、」

 険しい声で牽制し、足を踏み出して先を行く。
 薄暗い廃屋の中、床板をきしませながら、背筋を伸ばして歩むその姿は、必死に威厳を保とうとする意地の表れだった。
 アルベリックは何も言わず、少し距離を取って後ろから続く。
 その眼差しは、先を行くレイモンドの肩越しにちらちらと落とされ、昨夜から続く昂ぶりの残滓を隠すことなく映し出していた。
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