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9. 焦がす嫉心、裂かれた夜 - ヴィンセント視点 -
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夕刻を裂いた稲光が、編成を容易く二つに断ち割った。
雷鳴は近く、雨は横殴り、ぬかるみは軍靴を吸い込み、旗も号令も一挙に盲になる。
副団長として最初にやるべきは追撃でも焦走でもなく、残った者を立て直すことだと、ヴィンセントは骨の髄で知っていた。
「列を縮めろ。視界が死ぬ、声でつなぐんだ。――斥候は二十歩以上開くな。火は使うな、稲光で十分だ」
喚く声を叱責に変え、浮き足立つ者の手綱を握り、泥に膝をつかせた心を一つずつ立たせる。参謀を欠けば、隊は耳を失う。同時に、彼は胸の奥で別種の鼓動を抑え込んでいた。
――レイモンド。
名を心中で呼ぶたび、雨は冷たさを増し、血は熱を増す。理性は淡々と陣を整える手順を列ねるのに、胸底では別の動物が吠え続ける。あれは自分の陣の者、自分の手の届く位置にいるべき者だ、と。
「食糧は均等に。夜営は湿りの少ない丘陰に張れ。……混乱のまま眠るな。起床時には秩序が崩れている」
命じながら、彼は視線を雨の縁に刺し続ける。雷の閃光が一刹那、森の稜を白く洗い出す。その白の向こうに、黒髪があれば――耳の後ろのかすかな癖毛まで思い浮かべてしまう自分を、ヴィンセントは冷笑で押し沈めた。
(落ち着け。職分を外すな。あれは生きている。ならば迎えに行けばいい。――ただ、それだけだ)
そう言い聞かせる言の葉の裏側で、もう一匹の自分が低く噛みつく。
――“一緒にいるのは誰だ”。
蜂蜜色の髪、真紅の目。軽やかな口ぶりの奥に隠した牙を、ヴィンセントは知っている。
アルベリック・ヴァーミリオン。戦場で獰猛、笑って残酷、触れて熱い。レイモンドを遊具として弄ぶ男。
夜は長かった。
雨脚が和らぎ、森が湿りを深く溜め込んで静まり返る頃、外周警戒を三重に編み直し、残存の隊列を泥から剥がし、火を起こさずに体温の守り方を教える。参謀不在の穴を、手持ちの戦術で埋めきる。
埋めた分だけ、胸の穴は広がった。埋めきれない空白――視線の端にいつもあった黒い頭を、今夜だけは所在なく探してしまう。そのことに自分で苛立ち、また苛立ちの熱が嫉心を発酵させる。
(お前は指揮官だ。指揮官である以上、欠けた部品を取り戻す。――だがあれは部品などではない)
舌の裏でその言葉を噛み潰し、ヴィンセントは夜明け前に探索班を編成した。
足跡は雨に削られ、折れ枝は水で重り、匂いは湿りに眠る。だが、雷雨の直後には必ず残る筋がある。地の浅い流れ、泥の肌理。彼は獣道の沈みを指先で撫で、蹄鉄の浅い跡を拾い、斜面に擦れた布目の糸を見つけた。
「南西だ。――森の縁を舐めて、低い建物を探せ」
昼を過ぎ、焦りは酸味から苦味に変貌する。
焦燥は指先に、嫉妬は歯の噛み合わせに出る。ヴィンセントは無言で顎を緩め、肩の力を抜き、戦場で鍛えた“平静”の装いで内側の炎を覆い続けた。
背中で兵が囁く。「副団長は怒っておられるか」「いや、静かすぎる」。――その静けさこそが怒りだと、皆が知っている。
夕闇が再び森を塗り始めるころ、斥候が戻り、短く指で方角を示した。
苔に沈む屋根、歪んだ窓枠、骨のように軋む梁。廃屋。
風下にはわずかな人の熱の匂い。火ではない、体温の匂い。ヴィンセントの胸がひとつ打ち、打った衝撃が血を走らせる。
「俺が行く。三人つけろ。外で待機、合図で入れ」
扉は音を嫌う。手のひらで馴染ませるように押すと、湿り気が軋みを飲み込み、黒い口が静かに開いた。
薄闇に、紙の匂い。皮表紙にしみ込んだ雨の香、古い糊の甘さ。――ロビーらしき空間の中央、崩れた机の上に地図、帳面、風に膨らんだ羊皮紙。
その向こうで、黒髪が顔を上げた。
レイモンドだった。
頬は少し痩せ、目の下に薄い影。だが銀の瞳は濁っていない。むしろ光を増している。自分を見つけた瞬間、視線は逸らず、真っ直ぐに捉えて、安堵を灯す――危機の只中で最も正しい信号。
ヴィンセントの胸で、何かがほどけ、同時に別の何かが軋む。ほどけたのは指揮官としての緊張、軋んだのは男としての嫉妬。
その隣に、蜂蜜色の髪が立っていた。
濡れた上衣を肩に引っかけ、真紅の目は笑っている。アルベリック。
手は資料の束を押さえ、足元には乾きかけの泥跡。ここで夜を越したのだと、細部が語る。
視線が一瞬、交差する。軽い礼。挑発めいた微笑。――ヴィンセントは何ひとつ表に出さず、ただ歩を進めた。
「……無事で何よりだ」
それだけを言う。
声は低く、抑えられ、いつも通りの厚みで。だが胸の内側では、別の声音がうねっている。“どこで、どう過ごした”。“誰の手で、どれほど温まっていた”。――問う資格も、問う言葉も、今は持たない。持てば、剣になる。
レイモンドが小さく息を吐いた。その息には救いの温度があり、同時に、言い訳を用意する気配がない。彼は視線を逸らさないまま、机上の地図に手を置いた。
「――この辺りの古い道筋が、まだ生きています。沼地を避けて丘に沿う古道。物資の車列を通すなら、ここです」
声が戻っている。分析の節回し、言葉の切り方、情報の並べ方。参謀の“耳”が帰ってきた。
と同時に、紙に触れた指の節の赤味、袖口に残った擦れ、喉元にごく淡い――そこまで意識が走ってしまう自分を、ヴィンセントは平静の顔面で刺し殺す。
「よく集めた。……ヴァーミリオン卿、搬出の段取りは?」
「三束に分けました。濡れに弱いものは内側、外は捨てても惜しくないやつ。いつでも出られますよ、副団長」
軽やかな報告。素早い手際。彼の有能さを、ヴィンセントは戦場で幾度も目にしている。だからこそ、いまその有能さが鬱陶しい。
嫉妬は理不尽な化け物だ。役に立つ手であればあるほど、その手が“こちらではないどこか”で役に立っていた事実に、胸の裏が焼ける。
「いい。外の者に合図を――」
言いかけて、ヴィンセントは自分の外套を外し、何のためらいもなくレイモンドの肩へ掛けた。
儀礼にも似た所作。だがそれは、宣言でもある。
――この者は、こちらだ。
誰に向けた宣言か。アルベリックか、兵たちか、それとも自分自身か。答えは喉の奥で燃えている。
「冷えている。戻る間は俺の外套を使え」
一拍の沈黙。レイモンドは、拒まない。ただ目の底の安堵を少しだけ濃くして、短く頷いた。
アルベリックが口角だけで笑みを作る。ヴィンセントは視線を向けもしない。外に置いた三人に手信号を出し、資料を束ね、動線を整える。
足音、軋み、紙の擦れる音。隊の呼吸に自分の呼吸を合わせるのは、長年の習いだ。だが、今日はその律動の下で別の鼓動が走り続ける。
(遅かったのか、十分だったのか――どちらでもいい。帰ってきた。なら、手を離す理由はない)
廃屋を出る前、ヴィンセントは一瞬だけ振り返った。
薄闇の中、机の上に広がる地図の線が、雷の残光のように白く細い。
その前に立つレイモンドは、外套の襟に指をかけ、わずかに肩をすくめている。
ヴィンセントは馬上で振り返り、レイモンドが外套の裾を翻して鞍に上がるのを見届けた。その姿に安堵を覚えると同時に、背後で赤い瞳を光らせるアルベリックの存在が視界を掠める。
その眼差しは、あからさまではない。だが確かに、こちらへ挑むように燃えていた。
――俺のものだ、と。
この男の瞳で揺れるものを、俺はよく知っている。
夜の森を駆け抜ける蹄の響きの中、ヴィンセントの胸は静かに灼けついていた。
奪わせはしない。
決して、誰にも。
* * *
廃屋を後にし、一行は湿った森の中を馬で進む。
雨脚こそ収まったものの、木々の枝葉はなお重たく水を滴らせ、時折、風に揺すられて冷たい雫を落としてきた。
濡れた大地に蹄がめり込み、鈍い音を繰り返す。
ヴィンセントは馬上から振り返り、闇の奥を一瞬だけ見遣った。
そこには、ようやく再会を果たした二つの影――。
ひとりは、わずかな疲弊を隠せずにいながらも、こちらを真っ直ぐに仰ぐレイモンド。
その銀の瞳には、安堵と信頼の光が確かに宿っていた。
その視線を受けた瞬間、胸の奥底に重く張り付いていた緊張が解け、息を吐き出す。
――無事で何よりだ。
心中の想いを短く言葉にし、吐き捨てるように口にした。
だが次の瞬間、彼の意識は別の影に捕らわれる。
レイモンドの隣に当然のように並び、同じ地を踏む男。
アルベリックの赤い双眸は、闇夜に血のように濁り輝き、揺るぎない対抗心を帯びていた。
その眼差しは刃にも等しく、馬上の自分へ真っ向から突き立てられている。
ほんのわずか。
だが確かに、胸の奥にざらついた熱が灯る。
安堵と同時に芽吹いた焦り。信頼を勝ち得たと思っていた己の立場を、いつの間にか侵食しつつある影への苛立ち。
そして、所有を疑うような感覚そのものへの、耐え難い不快。
手綱を握る掌に力が籠もる。
馬は嘶き、首を振り、泥を蹴立てて進んだ。
風が濡れた頬を切り、闇の中を駆け抜けていく。
振り返らずとも分かる。
背後の赤い双眸はなおもこちらを射抜き、挑むように燃え続けているのだと。
――いいだろう。
――ならば俺が、この手で証を刻むまで。
ヴィンセントの胸に、嫉妬と執着を孕んだ炎が静かに揺らめいていた。
雷鳴は近く、雨は横殴り、ぬかるみは軍靴を吸い込み、旗も号令も一挙に盲になる。
副団長として最初にやるべきは追撃でも焦走でもなく、残った者を立て直すことだと、ヴィンセントは骨の髄で知っていた。
「列を縮めろ。視界が死ぬ、声でつなぐんだ。――斥候は二十歩以上開くな。火は使うな、稲光で十分だ」
喚く声を叱責に変え、浮き足立つ者の手綱を握り、泥に膝をつかせた心を一つずつ立たせる。参謀を欠けば、隊は耳を失う。同時に、彼は胸の奥で別種の鼓動を抑え込んでいた。
――レイモンド。
名を心中で呼ぶたび、雨は冷たさを増し、血は熱を増す。理性は淡々と陣を整える手順を列ねるのに、胸底では別の動物が吠え続ける。あれは自分の陣の者、自分の手の届く位置にいるべき者だ、と。
「食糧は均等に。夜営は湿りの少ない丘陰に張れ。……混乱のまま眠るな。起床時には秩序が崩れている」
命じながら、彼は視線を雨の縁に刺し続ける。雷の閃光が一刹那、森の稜を白く洗い出す。その白の向こうに、黒髪があれば――耳の後ろのかすかな癖毛まで思い浮かべてしまう自分を、ヴィンセントは冷笑で押し沈めた。
(落ち着け。職分を外すな。あれは生きている。ならば迎えに行けばいい。――ただ、それだけだ)
そう言い聞かせる言の葉の裏側で、もう一匹の自分が低く噛みつく。
――“一緒にいるのは誰だ”。
蜂蜜色の髪、真紅の目。軽やかな口ぶりの奥に隠した牙を、ヴィンセントは知っている。
アルベリック・ヴァーミリオン。戦場で獰猛、笑って残酷、触れて熱い。レイモンドを遊具として弄ぶ男。
夜は長かった。
雨脚が和らぎ、森が湿りを深く溜め込んで静まり返る頃、外周警戒を三重に編み直し、残存の隊列を泥から剥がし、火を起こさずに体温の守り方を教える。参謀不在の穴を、手持ちの戦術で埋めきる。
埋めた分だけ、胸の穴は広がった。埋めきれない空白――視線の端にいつもあった黒い頭を、今夜だけは所在なく探してしまう。そのことに自分で苛立ち、また苛立ちの熱が嫉心を発酵させる。
(お前は指揮官だ。指揮官である以上、欠けた部品を取り戻す。――だがあれは部品などではない)
舌の裏でその言葉を噛み潰し、ヴィンセントは夜明け前に探索班を編成した。
足跡は雨に削られ、折れ枝は水で重り、匂いは湿りに眠る。だが、雷雨の直後には必ず残る筋がある。地の浅い流れ、泥の肌理。彼は獣道の沈みを指先で撫で、蹄鉄の浅い跡を拾い、斜面に擦れた布目の糸を見つけた。
「南西だ。――森の縁を舐めて、低い建物を探せ」
昼を過ぎ、焦りは酸味から苦味に変貌する。
焦燥は指先に、嫉妬は歯の噛み合わせに出る。ヴィンセントは無言で顎を緩め、肩の力を抜き、戦場で鍛えた“平静”の装いで内側の炎を覆い続けた。
背中で兵が囁く。「副団長は怒っておられるか」「いや、静かすぎる」。――その静けさこそが怒りだと、皆が知っている。
夕闇が再び森を塗り始めるころ、斥候が戻り、短く指で方角を示した。
苔に沈む屋根、歪んだ窓枠、骨のように軋む梁。廃屋。
風下にはわずかな人の熱の匂い。火ではない、体温の匂い。ヴィンセントの胸がひとつ打ち、打った衝撃が血を走らせる。
「俺が行く。三人つけろ。外で待機、合図で入れ」
扉は音を嫌う。手のひらで馴染ませるように押すと、湿り気が軋みを飲み込み、黒い口が静かに開いた。
薄闇に、紙の匂い。皮表紙にしみ込んだ雨の香、古い糊の甘さ。――ロビーらしき空間の中央、崩れた机の上に地図、帳面、風に膨らんだ羊皮紙。
その向こうで、黒髪が顔を上げた。
レイモンドだった。
頬は少し痩せ、目の下に薄い影。だが銀の瞳は濁っていない。むしろ光を増している。自分を見つけた瞬間、視線は逸らず、真っ直ぐに捉えて、安堵を灯す――危機の只中で最も正しい信号。
ヴィンセントの胸で、何かがほどけ、同時に別の何かが軋む。ほどけたのは指揮官としての緊張、軋んだのは男としての嫉妬。
その隣に、蜂蜜色の髪が立っていた。
濡れた上衣を肩に引っかけ、真紅の目は笑っている。アルベリック。
手は資料の束を押さえ、足元には乾きかけの泥跡。ここで夜を越したのだと、細部が語る。
視線が一瞬、交差する。軽い礼。挑発めいた微笑。――ヴィンセントは何ひとつ表に出さず、ただ歩を進めた。
「……無事で何よりだ」
それだけを言う。
声は低く、抑えられ、いつも通りの厚みで。だが胸の内側では、別の声音がうねっている。“どこで、どう過ごした”。“誰の手で、どれほど温まっていた”。――問う資格も、問う言葉も、今は持たない。持てば、剣になる。
レイモンドが小さく息を吐いた。その息には救いの温度があり、同時に、言い訳を用意する気配がない。彼は視線を逸らさないまま、机上の地図に手を置いた。
「――この辺りの古い道筋が、まだ生きています。沼地を避けて丘に沿う古道。物資の車列を通すなら、ここです」
声が戻っている。分析の節回し、言葉の切り方、情報の並べ方。参謀の“耳”が帰ってきた。
と同時に、紙に触れた指の節の赤味、袖口に残った擦れ、喉元にごく淡い――そこまで意識が走ってしまう自分を、ヴィンセントは平静の顔面で刺し殺す。
「よく集めた。……ヴァーミリオン卿、搬出の段取りは?」
「三束に分けました。濡れに弱いものは内側、外は捨てても惜しくないやつ。いつでも出られますよ、副団長」
軽やかな報告。素早い手際。彼の有能さを、ヴィンセントは戦場で幾度も目にしている。だからこそ、いまその有能さが鬱陶しい。
嫉妬は理不尽な化け物だ。役に立つ手であればあるほど、その手が“こちらではないどこか”で役に立っていた事実に、胸の裏が焼ける。
「いい。外の者に合図を――」
言いかけて、ヴィンセントは自分の外套を外し、何のためらいもなくレイモンドの肩へ掛けた。
儀礼にも似た所作。だがそれは、宣言でもある。
――この者は、こちらだ。
誰に向けた宣言か。アルベリックか、兵たちか、それとも自分自身か。答えは喉の奥で燃えている。
「冷えている。戻る間は俺の外套を使え」
一拍の沈黙。レイモンドは、拒まない。ただ目の底の安堵を少しだけ濃くして、短く頷いた。
アルベリックが口角だけで笑みを作る。ヴィンセントは視線を向けもしない。外に置いた三人に手信号を出し、資料を束ね、動線を整える。
足音、軋み、紙の擦れる音。隊の呼吸に自分の呼吸を合わせるのは、長年の習いだ。だが、今日はその律動の下で別の鼓動が走り続ける。
(遅かったのか、十分だったのか――どちらでもいい。帰ってきた。なら、手を離す理由はない)
廃屋を出る前、ヴィンセントは一瞬だけ振り返った。
薄闇の中、机の上に広がる地図の線が、雷の残光のように白く細い。
その前に立つレイモンドは、外套の襟に指をかけ、わずかに肩をすくめている。
ヴィンセントは馬上で振り返り、レイモンドが外套の裾を翻して鞍に上がるのを見届けた。その姿に安堵を覚えると同時に、背後で赤い瞳を光らせるアルベリックの存在が視界を掠める。
その眼差しは、あからさまではない。だが確かに、こちらへ挑むように燃えていた。
――俺のものだ、と。
この男の瞳で揺れるものを、俺はよく知っている。
夜の森を駆け抜ける蹄の響きの中、ヴィンセントの胸は静かに灼けついていた。
奪わせはしない。
決して、誰にも。
* * *
廃屋を後にし、一行は湿った森の中を馬で進む。
雨脚こそ収まったものの、木々の枝葉はなお重たく水を滴らせ、時折、風に揺すられて冷たい雫を落としてきた。
濡れた大地に蹄がめり込み、鈍い音を繰り返す。
ヴィンセントは馬上から振り返り、闇の奥を一瞬だけ見遣った。
そこには、ようやく再会を果たした二つの影――。
ひとりは、わずかな疲弊を隠せずにいながらも、こちらを真っ直ぐに仰ぐレイモンド。
その銀の瞳には、安堵と信頼の光が確かに宿っていた。
その視線を受けた瞬間、胸の奥底に重く張り付いていた緊張が解け、息を吐き出す。
――無事で何よりだ。
心中の想いを短く言葉にし、吐き捨てるように口にした。
だが次の瞬間、彼の意識は別の影に捕らわれる。
レイモンドの隣に当然のように並び、同じ地を踏む男。
アルベリックの赤い双眸は、闇夜に血のように濁り輝き、揺るぎない対抗心を帯びていた。
その眼差しは刃にも等しく、馬上の自分へ真っ向から突き立てられている。
ほんのわずか。
だが確かに、胸の奥にざらついた熱が灯る。
安堵と同時に芽吹いた焦り。信頼を勝ち得たと思っていた己の立場を、いつの間にか侵食しつつある影への苛立ち。
そして、所有を疑うような感覚そのものへの、耐え難い不快。
手綱を握る掌に力が籠もる。
馬は嘶き、首を振り、泥を蹴立てて進んだ。
風が濡れた頬を切り、闇の中を駆け抜けていく。
振り返らずとも分かる。
背後の赤い双眸はなおもこちらを射抜き、挑むように燃え続けているのだと。
――いいだろう。
――ならば俺が、この手で証を刻むまで。
ヴィンセントの胸に、嫉妬と執着を孕んだ炎が静かに揺らめいていた。
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