異世界スーパーマンなのに夢が叶わない!

八乃前陣(やのまえ じん)

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☆第二十二話 悪意と戸惑いと羞恥心☆

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「ちっ畜生めっ! なんで地下水路がバレたんだっ!?」
 中年男は叫びながら、左掌で鋭利なナイフを素早く抜くと、仮面ヒーロー目がけて振り下ろしてきた。
 ――ザッ!
 頬を掠めた斬り筋から、ただの雇われ運び屋ではなく、それなりに腕の立つ犯罪者なのだと、正人にも解る。
「なるほど。愚痴の様子から、てっきり 小遣い稼ぎのバイトくらいかと想っていましたが…犯罪者としては、歴が長そうですね」
 とか、落ち着いて感想を述べる仮面青年の、刃物で切られた筈の頬は、なんの痕跡も無く艶々だ。
「なっ何っ!?」
 ナゾの仮面ヒーローの存在を知らなかったらしい運び屋は、この街の人間ではない可能性もある。
「ふむ…では、急ぎましょうか」
「? ――っぎゃっ!」
 何の事かと想った中年の運び屋は、無傷な仮面ヒーローの掌で突然に首根っこを掴まれると、そのまま上昇されて、地下水路の天井へと頭を打ち付けられ、気絶した。
 正人の本音としては、悪に対してはもう少しヒーロー・アピールをしたかったけれど。
「現在進行中のテロ行為に、こういった犯罪者も加わっているとなると…想っていた以上に深刻な事態かも知れないな…」
 そう考えたので、正人は気絶させた運び屋をそのまま手掴みに、地下水路から飛翔して街へと向かった。

 夜の街で、上空から自警団の団長一団を見付けた正人は、運び屋をぶら下げたまま近くへ着地。
「今晩は、ドングリウル団長」
「え、あ、アイア――マ、マサトさんっ!」
 想わず自称の猥名で呼びそうになった女性団長は、頬を染めつつ、慌てて別の名前で呼び直した。
「マ、マサトさんっ! 意識探索の調子は、どうですかっ?」
 同じ捜索班の女性副団長シームは、以前に自らが提案をした悪意探索方法の具合を、嬉々として聞いてくる。
「はい。まだ 慣れてはおりませんが、今宵 このような運び屋を見付けました」
 そう言って、まるで獲れたての魚でも持ってきたかのように、片手で運び屋を差し出す仮面のヒーロー。
「こ、この男は…? まあっ、懐にっ、例の羊皮紙…っ!」
 気絶している中年男の懐から、大量火災を起こせる魔方陣の描かれた羊皮紙を認めたドングリウルは、同行している自警団員たちへ運び屋の拘束を命じた。
「この男は、プロの運び屋と想われます。僕も抵抗に遭いました」
 男のナイフを差し出しながら、マスクのヒーローは状況を説明する。
「港湾の排水口を通って、このオドサンへの潜入を 試みていたようです。悪意を感知出来ましたので、取り敢えず捕らえて来ました」
「なるほど…」
「ち、地下水路からの、潜入ですか…っ!」
 排水施設には衛士たちも配置されているし、特に現在は警戒態勢下なので、まさかの潜入という事態に、ドングリウルもシームも驚きを隠せない様子だ。
 暫し思案をした女性団長が、副団長と仮面の青年へ、静かに伝える。
「…港湾の排水口は、どこの街でも機密の施設でもあるわ。今回のように、敵勢力が侵入をしてくる危険性があるから…。にも関わらず、侵入者が排水口の場所を知っていた…という事は…」
 シームとヒーローが、それぞれの考えを述べた。
「つ、つまり…手引きをする人間が、このオドサンの街に…?」
「あるいは…テロの首謀者が、この街の人物。という可能性も…」
「考えたくは無いけれど…うむ」
 こういう時に、嫌でもハッキリと肯定が出来るドングリウルは、まさしく組織のリーダーである。
「とにかく私は、今回の件を衛士隊へ伝えます。シームは 団員たちとパトロールを続行して、一時間後に いつもの商店地区で合流をしましょう」
「はいっ!」
「マサトさんは…あぁ、あなたは出来るだけ、衛士隊といいますか…上の方たちとは、関係を築きたくない…感じですよね…?」
「あ、まぁ…すみません…」
 人助けは率先するれけど、それで必要以上に人間関係が広がるのは遠慮したい。
 という正人の本音を、ドングリウルは気遣ってくれた。
 正人が名前を知られたいとすれば、それは間違いなく、小説家として、のみである。
 申し訳なさそうに身を縮める仮面のヒーローが、女性剣士には可愛いと感じられたらしい。
「ふふ…では、私はアイア…んんっ! か、仮面の同士から、この羊皮紙と潜入者を届けられた。という事にしておきましょう」
「有り難う御座います♪ あ、ですが、衛士の詰め所までは、団長の護衛と共に、この犯罪者を輸送しましょう」
「え…あっ!」
 ドングリウルが「?」な美顔の一瞬で、仮面のヒーローは女性団長をお姫様ダッコで抱き上げて、運び屋を拘束しているロープを片手で掴んで、空へと飛翔。
「ひやぁ…っ、マっ、マサトさんっ!」
 急に空へと浮かび上がって、流石の自警団団長も、想わず可愛い悲鳴を上げていた。
 キツく眼を閉じて身を縮めるドングリウルに、マスクのヒーローが声を掛ける。
「大丈夫。落としたりする事など、絶対にしません。宜しかったら、僕の服に お掴まり下さい」
「…はぃ…」
 青年の言葉に、ドングリウルは素直に頷き、スーツの上腕部分をキュっと摘んで、恐る恐るに目を開けた。
「……わぁ…」
 オドサン出身のドングリウルは、生まれて初めて、街の建物よりもずっと高い空からの、夜のオドサンを知る。
 遠い山々は夜空よりも暗く、街の外で広がる海も、月光を反射してキラキラと輝く。
 オドサンの街は、地区ごとに明かりの具合が違っていて、それだけで人々の生活がいくつも頭を過ぎっていた。
「では、詰め所へ向かいます」
「ぁ…よ、ょろしく…」
 街の夜景に見惚れていた自分が恥ずかしくなって、また俯いてしまう女性団長。
 ユックリと空を飛ぶ正人は、例えウッカリでもドングリウルを落としてしまう危険性などないという、確固たる自信があった。
 お姫様ダッコなので、女性が完全に脱力などしない限り滑り落とす事もないし、万が一にも腕の中から離れたら、一瞬で下へ廻って落下を受け止めれば良いからだ。
「………」
 自警団の詰め所までの、ほんの数分の間、ドングリウルはキラキラと輝く宝石のような夜の街明かりを、ウットリと眺め続ける。
「……綺麗だわ」
「はい。とても美しいです」
「…え…」
 ドングリウルが驚かされたのは、自分の感想に対して、仮面の青年がこっちを見ながら答えたからだ。
 はい。あなたは、この街の夜明かり(よあかり)よりも、綺麗です。
 そう言われたような気がしてしまった。
 もちろん正人は、ドングリウルの感想が街の夜景だと解っていて、他意は無い。
 そして、それを素直に勘違いしてしまう程、ドングリウルもウッカリさんではない。
「…っコホん…」
 ただ、そういう言葉にドキっとしてしまったのは、事実であった。
「…だ、第一、マサトさんは、シーデリアさんの…お、お友だちじゃない…っ!」
 とか、つい小声でブツブツと呟いたり。
「はい? 何か…あ、もしかして、スピードが早かったですか?」
「え、あ、いぃえ…っ! なんでもありませんわ…」
 女性の自警団長が必要以上に緊張をしながら、マントのヒーローが衛士隊の詰め所の近くへ降り立った事で、数分の夜空の散歩が終了をした。
「それでは、僕はこれで」
「ぁ…は、はい。ありがとうございました」
 ドングリウルを丁寧に下ろした仮面のヒーローは、明るい笑顔と挨拶で、また夜の空へと飛び去ってゆく。
「………」
 手を振って見送ってから、ハっと気付くドングリウル。
「この犯罪者…私が一人で運んだ事になってしまうかしら…そうだわ」
 シームから手渡されていた魔法の三輪車の呪符を使って、密輸犯を再拘束し、ドングリウルは詰め所前の衛士へと報告に上がった。

 夜空を飛びながら、正人は考える。
「この街にテロの首謀者が…あんまり、考えたくは無いけど」
 こういう事実というか、たとえ可能性であっても、すぐに認めたドングリウルの精神的な勇気に、正人はあらためて敬意を感じていた。
「それにしても…」
 テロのような悪意であれば、感知能力に反応しそうなものであると、正人も想う。
「この街のどこかに、僕の感知能力では届かないような場所が…? そんな事って、あるのかな…?」
 まだ、悪意探知の能力が、思い描いたような万全さでは無い。
「僕はまだまだ、スーパーマンじゃないんだなぁ…」
 夜のオドサンに悪意探索をしながら、正人はもっと、色々と強くなりたいと感じた。
 その瞬間。
「っ――っ! なんだっ…小さいけど…怒りっ?」
 急に、小さくて強い怒りの感覚を覚える。
「…こんな感覚は、初めてだっ! 一体何がっ!?」
 羊皮紙の一件と関係があるのだろうか?
 あるいは、自分が知らないようなタイプの事件が起こっているのだろうか?
 怒りの感情へ向かって急降下をした正人は、その発生源が、シーデリアの別宅である事に、驚きを隠せない。
「シーデリアさん…まさかっ、何かの事件に巻き込まれてっ!」
 金髪のお嬢様と、護衛のメイドである黒髪のアリスが、犯罪者によって拘束されている姿が頭を過ぎった。
 別宅を見ると、二階フロアーの一室から、明かりと共に、件の怒りが感知される。
「あの部屋かっ! シーデリアさんっ、いま行きますっ!」
 戦闘の決意をした正人の肉体が、無意識に硬度を高めてまるでダイヤモンドと化し、一直線に窓ガラスを破って突撃。
「シーデリアさんっ、アリスさんっ、ご無事ですかっ!?」
「「………っきゃあああああああああああああああああああっ!」」
 正人が飛び込んだのは浴室であり、今まさにシーデリアとアリスが一緒に入浴中で、しかもメイドがお嬢様の頭髪を洗浄している最中だった。

                        ~第二十二話 終わり~
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