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12・勝者は
しおりを挟むそうして、それをどれだけ繰り返しただろうか。
面倒臭くて数えてはいないので正確な数は分からないけれど、二十前後にはなったんじゃないかな?
自信があるからと参加した割に、騎士サマ方には既に潰れている人がチラホラと居る。
まあ、多分全く飲んでいなかったであろうユゥバ達と、飲み比べを始める前から飲んでいた差とか、疲労していたので酒の回りが速かったとか理由はあるだろう。
それでも賭け金は毎回結構な額を出していたので、総額はそれなりにある。
積まれている銀貨銅貨にほくそ笑みながらも、次のジョッキを空にしていく。
その度に「おい、また一気飲みだぞ」「顔色が全く変わらないどころか、笑っている、だと?」「いや、流石に少しは酔っている筈だ」「……俺、アイツに賭け直そうかな」等と野次が聞こえてくる。
いつの間にか外野の賭けが始まっているのもいつもの事だ。チラッと確認したけど、胴元もいつもの奴だった。
だから、賭ける相手はそのままでいいぞ。外れた分のいくらかは私に入って来るしな!
しかし、ふむ。内心で笑っただけのつもりだったけれど、表情にも表れてしまっているらしい。
最近ずっと忙しかったから、酔いが回るのがいつもより早いかも知れないな。
そんな私の変化を見逃さなかったのはユゥバだ。
「いつもより酔いが回るのが早えんじゃねえか?」
何度も一緒に飲んでいるので、変化の違いが分かるらしい。
こちらを見ながら、嬉しそうにニヤニヤとした笑みを浮かべている。
「そうだね。いつもよりかは早いかな?」
「つー事はだ。今日こそ年貢の納め時だなぁ~あ?」
うん。でも、君の酔いっぷりには負けるよ?その証拠に、合図はもう別の奴が出してるしね。
間延びした語尾に笑いながら、注がれた酒をまた飲み干す。
「んじゃあ、そろそろアレといきますか」
ユゥバが「アレ持って来い!」と声を上げると、奥に走って行った何人かが今までの樽とは違う中樽を抱えて来た。
「大分人数が減って来たしなあ、勝負といこうぜ」
ユゥバは自身のジョッキに注がれる酒を指した。
「こいつは、古今東西の酒を扱うこの酒場の中でも、かなりドギツイ、通称“火の酒”だ。今の時点でキツイ奴はリタイアする事をススメるぜ」
“火の酒”と聞いて、流石に無理だと思ったのかリタイアする者、逆に早く寄越せという者と半々に別れた。
思ったより残ったな、と思った。
あの酒は口から火を吹くほどアルコール度数が高い事からそう呼ばれている位、酒を嗜む奴からすれば有名な酒だから、この中で知らない奴はあんまり居なさそうなのに。
酔っていけるかどうかの判断が出来なくなったのかな?
まあ、この世界にも急性アルコール中毒はあるけど、専用の薬が開発されているし、この店には常備してあるから死人は出ないだろうから別に良いけどさ。
「リタイアはもう居ないな?じゃあ合図だ!」
何度目かになる「乾杯!」と合図の後に、静かにジョッキを掲げ、静かに、ゆっくりと、けれどけして口を離す事無く飲み干していく。
うん、けどやっぱりちょっとキツイかな。アルコール独特の喉が焼ける感じとか。これが好きな人も居るんだろうけど、私はそんなに好きじゃない。
私って、酒には強いけど、別に凄い酒好きって訳じゃないんだよね。
どちらかと言うと果実酒なんかの甘い方が好きだ。けど、外で飲むと今みたいに絡んでくる奴が居て大っぴらには飲めないから、家で自家製の物を漬けて楽しんでる。
今だってつまみに甘い物が欲しいくらいだ。帰ったら何かつまめる物あったかなあ、なんてとりとめのない事をつらつらと考えながら杯を重ねる。
一杯二杯と重ねる毎に一人、また一人と倒れる者が増えて行く。
あ、バルバルスとカニスも潰れた様だ。
カニスは兎も角、バルバルスも大分賭けてたのに負けちゃって。奢らないし貸さないよ?
最初から分かり切っていた結末に笑いながら、最後の一人、ユゥバを見た。
ユゥバは自分から仕掛けて来ただけはあって、中々に粘って来たけど、そろそろ限界かな。
私の変化をユゥバが見抜いた様に、私もユゥバの変化は良く知っている。
と、思っている内にとうとうユゥバもテーブルに突っ伏した。
「化け物め」って言ってたのはちゃんと聞いてたから後で覚えてろよ?
後でせがまれる事になるだろう二日酔いの薬、お前のだけ飛びっ切りクソ不味いの選んでおいてやるよ!
ユゥバが潰れたのを見届けて、最後に注がれた酒を飲み干した。
「勝者、アウダークス!」
あちらこちらから拍手や口笛なんかの喝采が沸く。
当然の結果だけれど、嬉しい事に変わりはない。
周囲に目を走らせて、テーブルの上に積まれた硬貨の数と、ここに居る人数、諸々をざっと計算する。
潰れている奴らは数に入れなくても良いだろうから、とはじき出した答えに笑みを作る。
野次馬の賭け金の取り分もあるし、これなら十分、おつりが出るだろう。
「よし!じゃあみんな、一杯ずつ俺が奢るわ!」
私がそう叫ぶと、奢りだと言ったにも関わらずブーイングの嵐が起こる。
「そんだけ荒稼ぎしておきながら一杯だけとか!」
「一杯と言わず、全部奢れよ!」
「そうだそうだ!」
始めは地元連中だけだったのに、空気に流されたらしい酔いどれ騎士サマ方もブーイングを始め、終いには「ブーブー」と擬音だけの合唱が始まる始末。
いつもの事とは言え、喧しい事極まりない。
騎士サマ方のは経費落ちにするとしても、こいつらの酒代を全部奢っていたら赤字になるのは目に見えている。
それじゃあ、何の為にそこまで好きでもない酒を煽ったのか意味がなくなるから、そんな事する訳ない。
「るせーな!んなに文句言うなら、一杯も奢らねーぞ!」
ブーイングの合唱に負けないように声を張れば、まるで訓練してきたかの様にピタリと、静まりかえる。
「んだよ。冗談じゃねえか」
「そうだぜ!俺達が文句言う訳ないだろ」
「そうそう。太っ腹のアウダークス様に感謝して乾杯!」
一人は笑いながら、また一人は棒読みで賞賛の言葉を口にし、誰かが言った「乾杯」の声に追随してジョッキを頭上に掲げる連中を見て溜息を吐いた。
手の平の返しようも、ここまでくればいっそ清々しいものがある。
飽きない連中だなあ。と内心苦笑しつつ、ポカンと間抜け面を晒して一連の流れを見ていた顔を眺めた。
間抜け面をしてはいても、明かりに照らされて輝く金糸のような髪の美しいままだし、瞳だって澄んだ湖のような蒼のままで、開きっぱなしの唇だってよく見なくても形が良い事に変わりはない。
美形って、こういう奴の事を言うんだろうな、と心底そう思った。
「迷惑にならないよう、端に行ったのですが、これでは意味がありませんでしたね」
酔っぱらって意気投合したのか、身分関係なく肩を組んだりして騒いでいる連中を横目に、エクエスの方へと戻る。
「いえ、ウチの者達も楽しんでいる様なので、構いません」
「そうですか。そう言って頂けると助かります」
「ですが、あんなに飲んでいては、明日の事が心配ですね」
「ああ、二日酔いですか?こちらが仕掛けた事なので、調節するのは当然ですから、気になさらないで下さい」
「しかし」
「そういう事なので、貴方ももう少し飲まれませんか?ウチはクリームだけではなく、ワインも特産で、中でもこの“ヴィヌマ”シリーズの物は王宮に献上するくらい良い品なんですよ」
最後の方で開けるつもりだったのか、一本だけこのワイン瓶が置いてあったので失敬して来た。
これは、酒好きでなくとも美味しいと思える程に良いワインなのだ。
「これは、酔っ払い共にはもったいないので、是非飲んで下さい」
そう言って、栓を抜いてしまう。一度栓を抜いてしまうと、酸化が始まりどうしても劣化してしまう。
ちょうど、目配せをしておいた給仕の娘さんがワイングラスを二つ持ってやって来る。
小樽に注ぐには勿体ないくらい、ホントに良い酒なんだよ。
「……それでは、折角ですので」
良い品だからか勧められると断れない性質なのか、少し躊躇した後、エクエスはワイングラスを手に取った。
自前の白いハンカチを取り出し、色を確かめ香りを楽しむその仕草は上品で、とても一介の大衆食堂での酒盛りとは思えないほどだった。
「これは、確かに良い品ですね」
一口飲んだ後、ほう、と吐息交じりに静かに感嘆の声を上げた。
「味の分からなくなった酔っ払い共には勿体ない品でしょう?」
「確かにその様ですね。仕方が無いので我々で頂いてしまいましょうか」
「貴方が話の分かる人で嬉しいですよ」
平常に見えるけれど、エクエスもしたたかに酔っている様で、クスクスと笑う。
ゆっくりと味わう様に、けれど割と直ぐに飲み干してしまったエクエスのグラスを満たしながら、私も笑みが零れた。
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