天上の鎮魂歌(こもりうた)~貴方に捧げるアイの歌~

ただのき

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第二幕・カプリッチョーソ(気まぐれ)に進む

9・多すぎる希望者

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「最後の演奏、凄かったわね」
「そうだね。まさか、生徒だけでも五人も契約済みだとは知らなかったよ」
「あら、王都では有名な話しよ?」

 うっ、とリデイラは言葉に詰まった。またしてもやってしまったらしい。
 リデイラが本当に色々な事を知らない事に慣れてきた様で、ソフィアは苦笑するだけに留めた。

「特に、アルベルト殿下にジェロジアーノ様、それからコリーナ様は特に優秀であらせられるの」
「ああ、確かに、その三人は凄く綺麗な音だったね」

 かなり突出して上手かったのはアルベルトだけれど、ジーノとコリーナもかなり上手かった。
 音を思い出しながら「うん、うん」とリデイラが頷くと、ソフィアはわざとらしく首を傾げてみせた。

「あら、殿下はともかく、他のお二方を知っているの?」

 知っていて当然の人アルベルト は知らなかったのに、他の人達は知っているんだ。と、ほぼ直球に嫌味を言われ、今度はリデイラが苦笑した。

「いや、詳しくは知らないけど、音で分かるよ。チェロとクラリネットの人でしょ?」
「何だ。殿下は知らないのにお二方の事は知っているのかと思ったわ」
「さっき、五人も精霊持ちって事を私が知らないって事をソフィアは知ってたのに?」
「ふふ。冗談よ」
「うん。そうだと思った」

 ソフィアって、見た目によらず結構ズバズバ言うし、さらっと嫌みも言うよね。遠回しに言われるよりは断然良い、筈だ。
 リデイラは自分に言い聞かせるように笑った。

「お三人共、卒業後是非にと、既に沢山のスカウトが来ているそうよ。まあもっとも、アルベルト殿下は王太子殿下だから全て蹴らなければならないみたいだけどね」
「へえ……」

 確かに、いつから契約済みかは知らないけれど、卒業時までかなり時間のある今既に精霊持ちな上、あれだけ上手ければ即戦力として欲しがる所は多いだろう。
 アルベルトが王太子故に音響士(ムジチスタ)として地方を駆け巡る事が出来ない事も分かる。その代わり、王都を守るには最適な人材だろうとも。
 王都に常に一人置ける事でその分、地方に回せる人数が増える事は良い事だ。
 けれど、とリデイラは首を傾げた。
 だとしたらどうして昨夜、一人・・であそこで演奏し、アイツとの契約を望んでいたのだろうか。既に精霊とは契約済みなのに。
 確かに複数の精霊と契約する事は出来るけれど、推奨はされていない。
 昔よりは増えたとはいえ、精霊の数は少ないので、一人で複数持つと契約出来る人数が減り、不満が出るからだ。
 それでも試みる人は既に契約済みの精霊との相性をみる為に連れて行くらしいのに。
 そう言えば、昨夜の演奏よりも劣るから、音の聴こえ方が違うのは技術的なものだけだろうと思っていたけれど、今思えばヴァイオリン自体が違ったのかも知れない。
 それでも、普通の楽器よりも精霊の棺(スピリ・タラ・ラーバ)の方が美しく聴こえるものなのに。
 考えれば考える程、アルベルトの行動理由が分からなくてリデイラは益々首を傾げた。

「それよりも、私は昼食を終えたら早速手続きをしに行こうと思っているのだけれど、リディはどうする?」
「ソフィアは誰の所に行くのか、もう決めてるんだ?」
「ええ。けれど、元々フルートは弦楽器と比べて先生はお一人しか居ないから、選ぶ、という事は出来ないよね」
「そっか。でも、各種に先生が居るのはここ位だよね」
「そうなの。先生がいらっしゃるだけでも有り難いわ。ちょっとした事でも相談しに行きやすいもの。中等科まで、楽士()の方がたまに来られるくらいで常駐の先生は居なかったから不便だったのよね」

 リデイラの地元の学校もフルートを始めとする木管楽器や金管楽器は弦楽器よりも生徒の数が少なく、比例して教師の数も少なかった。
 いや、逆だ。精霊の棺スピリ・タラ・ラーバ たる楽器の数に比例するように、人も楽器を手に取っているからそうなっているのだ。

「リディは確か、ヴァイオリンだったわよね?」
「一応ね」

 発見されている楽器の中で最も数が多い物はヴァイオリンで、他の物のー、二倍近い数が発見されている。
 それ故にヴァイオリニストを目指す者は他の楽器と比べ桁違いに多くなっており、倍率は逆に狭き門と化している。
 狭き門となっている事はリデイラも知っていたけれど、それでも、挑戦出来る回数が多い方が良いと、メイン楽器としてヴァイオリンを選択していた。

「どうせ、リディはどの先生にするか決めていないんでしょう?」

 どうせ、という言い方に少々引っ掛かりを覚えつつリデイラは頷いた。

「そうなんだよね。一応、向こうの先生方に聞いては来たんだけど、実際に合うかどうかは分からないから、色々見学してみるつもりなんだ」
「あら、ちゃんと調べて来てはいたのね」
「何それ。私だって必要だと思った事は調べるよ?」
「じゃあ、自国の王太子の事は必要だとは思わなかったって事ね」

 心外だとリデイラは口を尖らせたけれど、ソフィアの言葉は事実だったので反論出来なかった。

「……ソフィーってイイ性格してるよね」
「ふふ。よく言われるのよね。性格が良いって」

 どういう意味で言っているかを理解しながらも、優雅に微笑んでみせるソフィアに、リデイラは苦笑するしかなかった。
 昼食を摂った二人は早速見学に行くべく、一応楽器を持って、各々の練習棟へと向かう事になった。
 リデイラは寮から一番近い弦楽器の棟へ。ソフィアは弦楽器の棟から金管楽器の棟を挟んだ反対側にある木管楽器の棟へ。
 見学だけなら今日から行っても良いとされているから、他にも行く人は居るだろうと思っていたけれど。
(人、多いなあ……)
 予想を上回る人数に、リデイラは二の足を踏んだ。初日なのでもう少し少ないと思っていたのだ。
 確かにヴァイオリンは人が多いだろうとは思っていたけれど、教室に入りきらない程とは思わなかった。
 しかも、それは一つだけではなく、見える範囲全てでそうなのだ。
 これから自分もそこへ入り込まなければならないと思うと、リデイラは憂鬱な溜め息を吐いた。
 けれど、一人の教師が持てる生徒の、およその数は決まっている。先着順では無いものの早く決めるに越した事はないだろう。もしかすると、先着順で決めてしまう教師も居るのかも知れないし。
 リデイラは意を決して人の波に飛び込んだ。
 しかし直ぐに離脱した。

「む、無理!」

 小さい訳ではないけれど、ごく平均的な身長のリデイラでは人波で埋もれてしまい見学どころではない。
 それにあのままあそこに居ると、いくらケースが頑丈だとはいえ中のヴァイオリンに害がないとは限らない。
 このままいっそ、教室の外から音を聴いて判断しようかと思ったけれど、異なる旋律を集中して聴こうとするとかなり疲れるのであまりやりたくは無かった。
 なのでリデイラは、人気のある教師を見学するのは一先ず諦めて、もう少し人の少ない所から回る事にした。もう幾日かすれば人波も落ち着くだろうと期待して。
 そう考えているのは何もリデイラだけではなかったようで、一階では押し合いへし合いしなければ通る事が出来なかった人波も、二階へ来てみれば随分と減っていた。
 教室の扉も閉まっているし、これ位なら見学が出来るだろう。
 案内書には返事がなくとも入っても良いと書いてあったので、リデイラはノックをしてから教室へ足を踏み入れた。
(へえ、こうなってるんだ)
 リデイラが足を踏み入れると、チラッと視線を寄越す人が数名居たのでそれに会釈だけ返して直ぐに教室内を見回した。
 教室内は大きなガラス張りの仕切り窓で区切られており、奥の部屋からの音は聞こえるけれど、リデイラの居る手前の部屋の音は奥には聞こえない仕組みになっている。
 音に敏感な筈の奏者が欠片も反応を示さない事から、案内書通りだなと思いながら、評価を記録する為にリデイラはペンを取り出した。
 指導のやり方、先生自身の演奏等を見て、一通り書き止めたリデイラは扉側で頭を軽く下げてから教室を後にする。それを何度か繰り返した。
(……次はどこにしようかな)
 少しでも時間が惜しいので、短時間で見極め、いくらか絞り込んだ中の先生をしっかり見学しようと計画していたリデイラは、案内書を見て次に行く教室の候補を探していた。
 このビルトゥオーゾ学園に採用されるだけあって、楽士(メネストレロ)でもその実力はかなりのものだった。
 けれど、まだ誰もピンとくる先生と出会う事は出来ていなかった。
 後は、人気が有り過ぎて入る事が出来なかった教室位しか残っていない。
 もし仮に、そこでもピンとくる先生がいなかったら、妥協するしかないのだろうか。
 せっかくこの学園に入れたのに、それは嫌だなと溜息を吐きながら歩いていると、ふと、周りに全く人が居ない事に気が付いた。
(あれ、ここどこ?)
 表札を見れば、資料室の文字。考え事をしていたせいで教室がない所まで来てしまったらしい。
 そう思い踵を返そうとしたけれど、目に入った階段を見て足を止めた。
(何でこんな所に階段があるの?ここには階段ってあったっけ?)
 リデイラは首を傾げて元来た道を戻った。そこには下りる階段はあっても、上りの階段は無い。
 今度は先程までいた場所を見て、成程と頷いた。何故かある一メートル程の隙間は薄暗く、この先に何かがあるとはとても見えなかった。リデイラも実際に見るまでは奥まった場所に上りの階段があるとは思わなかっただろう。
 あれ?と思いながら案内書を見てみると、六階は確かに存在していた。けれど、書いてあるのは倉庫と資料室ばかりだったので記憶に残っていなかったのだろう。
 どうやら端まで見学してしまったらしいと、リデイラは落胆するも、一つだけ表記が違うものを見付けた。小さく分かり難く書いてあるそれを凝視する。
(六-M?)
 案内書には十三人目の教師の事なんて書いてなかった。
 けれど、階数の後にアルファベット表記は、指導員の居る教室表記だ。Mという事は十三人目の先生が居るはずだ。
 なので、リデイラは階段を上がってみる事にした。



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