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第二幕・カプリッチョーソ(気まぐれ)に進む
11・乙女達の夜。おいしいお菓子
しおりを挟む「え!?アルジエント・コンタ・グリージヨ様のゼミに入ったの!?」
入るゼミも決まったので、練習をしようと思ったけれど、ヴァイオリンの個人練習室はどこも一杯だった。
なので、例の湖と――つまり、この寮とも――反対方向にある林の中で練習をしてきたリデイラは思わぬ運動をしてきた事で疲れてしまった足を揉み解していた。
その最中に今日あった事をお互いに報告し合っていた時、リデイラの入る事になったゼミの話しになると、掴み掛らん勢いで迫るソフィアに慄き、仰け反った。
ミドルネームが付くという事は貴族だ。貴族が音響士になっている事は珍しくは無い。けれど。
(名乗った時、ミドルネームは無かったような?)
聞き間違えたのかも知れないと思いながら、リデイラはソフィアから少し離れた。
「……あー、その感じだと、有名な人だったんだね」
これは失言だった。
リデイラの言葉に、ソフィアは信じられないモノでも見ている様に目を見開いた。
「グリージヨ様は現役の音響士の中でも最も素晴らしい演奏をされる内の一人と言われていて、契約されている精霊もとても力が強くていらっしゃるそうよ。たったお一人で“嘆き”化した精霊を鎮められたとか」
「“嘆き”化した精霊を?」
確かにそれはすごい事だとリデイラは驚いた。
この世界に生けるモノの全ての種が“嘆き”と化してしまう可能性を持っている。
それは精霊も例外は無い。けれど、“嘆き”とは反対の性質を持つせいか、精霊が“嘆き”化してしまう事はめったにない。
しかし反面、一度“嘆き”化してしまうと並みの音響士では歯が立たない。
鎮めるには少なくとも十人単位の音響士が必要とされている事くらい、リデイラも知っていた。
たった一人で“嘆き”化した精霊を鎮める。そんな事が出来た人を、リデイラは一人しか知らなかった。
(――お父さんと同じ事が出来る人に教えを乞う事が出来るなんて、ついてるかも知れない)
「足を悪くされてから、この学園にいらっしゃる事は知っていたけれど、専攻されているのがヴァイオリンだし、人嫌いで有名な方だったからお会いできる事は無いだろうと思ってあまり詳しくは知らないのよね」
恥ずかしいわ。とでも言わんばかりの溜息を吐くソフィアに、リデイラは「いや、十分詳しいから」と言いそうになった言葉を飲み込んだ。
「人嫌い、か。確かに、私が見つかった時、凄いしかめっ面だったわ」
振り向いた時のあの表情を思い出して苦笑した。
「そう。在籍されてもう四年になるけれど、これまで一人も生徒を受け持たなかったそうよ。そんな方なのに、リディはどうして入る事が出来たの?」
「あー。何かね、いい加減生徒を持てって言われてて、それが煩いから黙らせようと思ってた時にちょうど居たから。ていうのと、私の演奏が可もなく不可もなく凡庸なものだったから受け持っても目立つ事はないだろうって言われたんだよね」
「そんな事を言われたの?いくら尊敬できる演奏家だとしても、失礼な言い方だわ。まだ申請書を出していないんでしょう?他のゼミにしたらどうかしら」
初対面にも拘らずあまりの言い様に、ソフィアがそう提案してくるけれど、リデイラは頭を振った。
「けど、私の演奏が凡庸なのは事実なんだよね。自覚はあるんだ。だから、チャンスだと思う事には飛び込んで行かなきゃ成長しないかな、って。ほら、ソフィアが言ってたみたいに、あの人凄い人みたいだし、辛辣そうだからダメなところが少しでもあればビシバシ言ってもらえそうだから、成長しそうじゃない?」
「……リディがそう言うのなら、私から言う事は何もないわ。でも、本当に挫けそうになったら直ぐにゼミを変えるのよ?」
「そこは“私に相談してね”じゃないの?」
どこかしんみりし始めた空気を換えるように、リデイラは悪戯っぽく笑った。
「あら。私だって自分の事で精一杯だから無理ね。他の事に心を砕き過ぎて練習が疎かになったらお終いだもの」
それに応えるかのように、ソフィアも軽い口調で返す。
「うわー。ソフィっぽいなー。けど、確かにそうだもんね。一番の目的を見失ったら意味ないもんね」
「ちょっと。その、私っぽいというのはどういう意味かしら?」
しまった。とリデイラが思っ時にはもう遅い。
唇は笑みを象っているけれど、細められた目はけして笑ってはいない。
「え、あ、そうだ。そういえば昨日こんなもの貰った事忘れてたよー」
あから様な棒読みをしながら、リデイラは立ち上がり机へと向かった。そして、昨日持ち歩いていたバッグを手に取り中に手を入れた。
忘れていたと言うのは嘘ではない。何とかしなくてはと考えている時に、お菓子とやらをもらった事を思い出したのだ。
ルームシェアになった相手と食べようと思っていたお菓子は別の人に渡してしまったので、貰い物ではあるけれど代わりに食べようと思っていたのだ。
「本当はね、地元で買ったお菓子を一緒に食べようと思ってたんだ。けど、訳あって人にあげちゃったので、代わりのお菓子です。と言ってもこれは貰い物なんだけど」
一緒に食べようと思っていた事を話し、小箱を見せた。
「それ、デリッジオーゾのお菓子じゃない?」
ソフィアの言葉にリデイラは首を傾げた。
「そうなの?」
「そうよ。リボンに店名が書いてあるでしょう?王都では有名なお菓子屋さんなの。でも高級品店だから中々食べる事が出来ないのよ」
「あ、本当だ」
特に注視していなかったので店名が書いてあるとは気づかなかった。リボンには確かに“デリッジオーゾ”の文字が刺繍されている。
「貰い物だって言っていたけど、こんなもの、誰から貰ったの?こっちに来てから貰ったっていう風に聞こえたんだけど」
色んな意味で大丈夫なの?とソフィアの瞳は語っている。
信用無いなあと苦笑しながら、リデイラは昨日の事を思い浮かべた。
「町を歩いていたら女の子の集団が来て、あげるって言って、その中心から投げられたんだよね」
「それって、もしかして」
それだけで誰に貰ったのかが分かる程、ジーノの行動は有名らしい。
リデイラは頷いた。
「そう。ジェロジアーノ?様だったよ。今日演奏してた人と同じ人だったから間違いないと思うんだ」
「疑問符は付けなくてもジェロジアーノ様で合ってるわよ。そうね。確かに彼なら初対面の子にもこんなお菓子でも簡単にあげてしまいそうね」
簡単に知らない人から物を貰うような人間だと思われる事は回避出来たらしい。
貰ったというよりも押し付けられたに近かったのだから自分に非は無い筈だ。
リボンを指先で弄びながら視線をソフィアへと戻した。
「だから多分、偽物でもないし変な物とかも入ってないと思うんだけど、食べる?」
有名人から貰ったものだとは言え、よく知らない人から貰ったものに違いは無い。しかし、高級そうだと思ってはいたけれど、本当に高級品だと分かったリデイラに捨てるという選択肢は無かった。
中身が不安なら断ってくれても良いよ。言外にそう含ませながらもそう言うリデイラに、ソフィアは微笑んだ。
「食べる予定のお菓子を他の人にあげてしまった経緯だとか、このお菓子を貰った時の事とか、色々気になるけれど、その話はお茶を入れてから聞く事にするわ」
つまり、ソフィアも食べるらしい。
ソフィアは立ち上がり、自分の棚から小さめのポットを取り出した。
冷蔵庫にある物ではなく、淹れたての紅茶と共に食べたいらしい。
ここにはお湯を沸かせる物は無い為、紅茶を淹れるには一階の談話室まで行かなくてはならない。
わざわざ新しく紅茶を淹れに行く程、ソフィアもこのお菓子が楽しみなのだと分かり、リデイラも益々期待が膨らんだ。
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