天上の鎮魂歌(こもりうた)~貴方に捧げるアイの歌~

ただのき

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第三幕・勝手なグルペット(周りの人々)

15・ダブルブッキング

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 キャロ・ディ・ルーノの“試しの儀式”が行われる事が告知されてから、王都は大変な賑わいをみせていた。
 “試しの儀式”は一般にも公開されるので、音楽をこよなく愛している国民には人気のあるイベントの一つなのだ。
 それも、“始まりの精霊”のものとなれば、興味を引かれない国民はいない。
 “試しの儀式”を見る為に、各地から多くの人が王都へと訪れる。その人間を目当てに商売をするべく、商人達も仕入れに忙しい。宿屋などはまだ時間はあるにも関わらず、既に満室の宿もある程だ。
 学園内も例に漏れず、相変わらず“試しの儀式”の噂で持ちきりだった。
 教師陣も、段取りや、参加者の為の宿等を確保する為に奔走している姿を時折見かけていた。
 けれど、そんな事は関係ないと、リデイラはお決まりの練習場所へ足を運ぶ毎日だった。
 今日は、以前から予約していた練習室が使える日になったので、指示された部屋へと向かっていた。
 予約制の部屋へとは別に、先着順の部屋もあるけれど、あそこは一クールに二時間しか使えず人の出入りが多いので、集中して練習するにはあまり向かないのだ。
 その点、予約制の方は一クール六時間あるので、あまり時間を気にする必要がない。故に、人気があり、いつも半月近く先まで埋まっているのだけれど。
 早朝にも関わらず、同じ方向に向かう人がチラホラといるのを横目にしながら、リデイラは目的の部屋を見つけた。
(……二-六。ここで合ってる)
 部屋番号を確認し終えると、“使用中”の札をひっくり返し、中に入った。
 比較的時間があるとはいえ、使用時間が限られている事に変わりはない。
 どうしても時間を忘れがちな人の為に、部屋に備え付けられているベル付きの時計を十二時十分前に鳴るようにセットする。
 そうしてからリデイラはケースを開け、ヴァイオリンを取り出すと、さっそく音調を始めた。

 そうして、どれくらい練習をしていただろうか。
 リデイラが演奏をしている以外、物音一つしない防音室に、突如、人が入ってきた。

「あれ?おかしいな。誰かいる」

 自分以外の誰かが入ってくるとは想像もしていなかったリデイラは、驚きのあまりヴァイオリンを落としてしまうところだった。

「誰!?」

 この部屋の予約は確かにした筈だし、札も掛けていた筈だ。
 盗みなど悪意を持った者は妖精に弾かれる為、害意を持った者ではないだろうと頭の片隅で思いつつ、リデイラは振り返った。

「え、あなたは」

 明るい空色の髪には見覚えがあった。

「うん?あれ、いつぞや引ったくりを追いかけていたおねーさんじゃないか!」

 向こうも覚えていたのか、ネオストは「確か、名前はリディ、だっけ?」等と言いながら部屋の中へ入ってくる。

「そうだけど、ちょっと待って。どうして入ってくるの?」
「どうしてって、この部屋の予約が取れたからだけど?まあ、ちょっと寝坊しちゃったんだけど」

 バツが悪そうに笑っている顔は、嘘を吐いているとは思えなかった。

「それはおかしいわ。だって、今日この時間この部屋の予約は私だもの」
「え?そうなの?でも僕もこの部屋の筈だよ?六時から二-六の部屋」

 部屋も、時間もお互いの主張が被っている事に二人は困惑した。
 けれど、こうしている間にも時間は過ぎていく。
 どうしたものかとリデイラが悩んでいると、ネオストがおもむろに扉を開け放った。
(帰るのかな?)
 黙って帰るのはネオストらしく無いと思いながら、彼の行動を見ていたリデイラは、次の瞬間、驚愕した。

「ミグラトーレ!ちょっと確認して来て!」

 ネオストが何か・・の名前を読んだかと思えば、白い鳥が現れた。
 何も無かった空間から現れた事もだが、その事実の方に驚いた。

「……精霊……」

 精霊は自らの意思で、主以外に姿を見せないように出来る。
 それに、明るいので分かりにくいけれど、仄かに発光している様は、普通の鳥とは明らかに違う。
 リデイラが唖然としていると、ネオストが悪戯が成功したとばかりに笑った。

「びっくりした?ミグは僕の精霊なんだ」

 ニシシ。悪気もなく笑うネオストにリデイラは脱力する。

「ええ。凄く驚いたわ。だから、楽器を持っていなかったのね」

 精霊は、己の宿主である楽器を自在に出し入れ出来るので、それを利用していたのだろう。
 練習室に来たのに、手には何も持っていない。
 感じていた違和感はそれだったのだ。納得したリデイラは小さく息を吐いた。

「今、ミグに頼んで受付の人に名簿を確認してもらってるんだ」
「そうね。それが一番確実だものね」

 それはリデイラも考えていた事なので、否はない。

「ミグが帰って来るまで、お話ししない?」
「……別に構わないけど」

 一人で演奏しても、戻って来たら中止しなければならないので、練習を再開してもあまり意味はないので頷いた。

「それじゃあ、ここに座るね!」

 練習室は重奏の練習をする為に数人で借りる事もあるので、椅子は幾つ壁に寄せて置かれている。ネオストはその内の一つを持って、リデイラの側までやって来た。
 拒絶するのは憚られたので、リデイラは了承して自身も椅子に座った。

「どう?あれからおねーさんは無茶してない?」
「外に出ていないから、無茶のしようがないわよ。後、リディでいいわ」
「全く出てないの?まあ、まだ十日も経ってないし、基本的にみんな練習しかしないから外出する必要はないって思ってるみたいだけど、勿体ないなあ。王都にも面白いものがたくさんあるのに。おねーさんの事は始めにそう呼んじゃったから何だかクセが付いちゃってるんだよね。だから気にしないでよ」

 そう言えば、ネオストはよく喋るんだった。一に対して二どころか、三にも四にもして返してきたネオストに圧されながらも、ミグラトーレが戻って来るまで会話は途切れる事が無かった。

「あ、ミグが帰って来る」

 そう言ってネオストが立ち上がり扉を開けると、扉からミグラトーレが入って来た。

「おかえり、ミグ。って、あれ?受付の人?」

 ミグラトーレを肩に乗せたネオストが廊下を見てそんな事を言うので、リデイラも立ち上がった。扉の外にいたのは確かに、今朝受付にいた男性だった。
 肩で息をしている事から、相当急いで来たのだと分かり、リデイラは少し申し訳なくなった。

「申し、訳ありません。こちらの記載ミス、だった様で」

 息も絶え絶えにそう言うので、どういう事かと詳しく問えば「担当している物と普段とは違う者が予約を受け付け、そのせいで記載しなくてはならない所に書き忘れるミスをしてしまった」という事だった。つまり、ダブルブッキングだ。
 職員は皆忙しくしているので人数が足りず、兼任して普段の業務に当たっているのだとか。
 これも“試しの儀式”が行われる弊害かと、リデイラは眉根を寄せた。

「うーん。どうしようか」

 受付の人は平謝りしながらも、“こんなミスはもうしない事・取り敢えず次の予約を入れておく事・空きが出たら優先的に知らせる事”を約束し戻って行ってしまった。
 ネオストはどうしようかと言いながらも、何かを閃いたらしく、バッとリデイラの方へ顔を向けた。

「あのさ――」



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