天上の鎮魂歌(こもりうた)~貴方に捧げるアイの歌~

ただのき

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第三幕・勝手なグルペット(周りの人々)

17・「何か違うんだよね。違うっていうか、足りないっていうか」

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「一緒に使えば良いんだよ!」

 まさに名案だ。とばかりにネオストがキラキラとした笑みを浮かべる。

「それは、ちょっと。半分くらいの時間、私が使ったし、後はネオストが使えば良いと思うよ」

 半分よりは少なくなっちゃったけど。
 逆にそう提案すると、ネオストは身を乗り出した。

「何で!?一緒に使えば良いって言ってるじゃん!ここには練習しに来てるんでしょ?おねーさんがここで練習してても僕は全然気にしないよ!それに、上達には人に聞いてもらうのが一番だって、先生も言ってたし。おねーさんの演奏も聴いてみたいし!」

 最後のが一番の力強く聞こえたのは気のせいだろうか。
 リデイラはそれを聞かなかった事にして再度断った。
 けれど、ネオストは一度こうと決めたら絶体に譲らない質らしい。
(演奏を聴いてみたいのは、私の方もだし)
 ネオストは卒業すると音響士になる事が約束されている精霊持ちだ。その演奏を聴く事はけして悪い事ではない。
 そう思うことで自身を納得させながら、リデイラが折れ、二人でこの部屋を使う事にした。けれど。

「へぇ。ここがおねーさんのいつも来てる場所?」

 特に珍しい物もない筈だけれど、ネオストはキョロキョロと辺りを見回した。
 ネオストが練習室に来た時点で、既に使用時間は半分以上を過ぎていた。それに加え、受付の人を待つ時間に、押し問答していた時間がある。
 気が付けば使用時間は残り僅かになっていた。
 一応、二人が短めのものを、一曲ずつ演奏出来る程度には残っていた。けれど、ギリギリになって慌てたくないというリデイラの主張を通す代わりに、ネオストの要求を飲む事になってしまい、今に至る。
(特に私の指定位置って訳じゃないけど、他に誰か居るって、ヘンな感じがするわ)
 どこか居心地が悪そうにそわそわしているリデイラを余所に、ネオストは振り返る。

「着いた事だし、さっそく聴かせてよ!」

 着いて早々ではあったけれど、ここに来た目的がそれなので否はない。けれど。

「ネオストが先に聴かせてよ」
「えー。おねーさんのが先に聴きたいな!」

 演奏に興味があるのはリデイラの方もなので、早く聴きたいと思いそう口にするも、ニコニコ笑顔で断られてしまう。
 憮然とした表情のリデイラと、ニコニコ笑顔を崩さないネオストの間で無言の攻防が続く。
 けれど、やはり先に折れたのはリデイラの方だった。
 どうしてか、ネオストの笑顔を見ていると従兄弟の双子を思い出してしまう。少なくとも、ネオストは彼等よりも年上の筈なのだけれど。
 短い溜め息を吐いて、リデイラはケースからヴァイオリンを取り出して、調律を始めた。
 室内と屋外では気温や湿度が違う為、微調整をしなければならないのだ。精霊の宿っている楽器は、精霊が調律してくれるのでその必要はないけれど。
 納得がいくまで調律し終え、リデイラはいつもの曲を奏で始めた。
 春、穏やかな小川のせせらぎをイメージしながら、音を重ねていく。
 音に惹かれてやって来たのか、次第に妖精達が集まって来るのを感じながら、いつぞやとは異なり、最後まで弾き終えて弓を下ろした。

「イイ演奏だったよ、おねーさん」

 パチパチと拍手をするネオスト。

「けど、何か違うんだよね。違うっていうか、足りないっていうか、うーん」

 ピッタリくる言葉が見付からないのか、ウンウンと唸る。

「うーん。何て言えば良いのか分からないけど、何かそれっぽいのを弾くから聴いててね」

 言葉で表現する事を諦めたのか、ネオストはパッと顔を上げて切り株近くの地面にシートを敷くと、切り株に上った。そして、左手を天に向けて掲げた。

「来い!ミグ!【ミグラトーレ。汝の相棒コンパーニオたる我が願う。汝の宿りし器をこの手へ】」

 その言葉に応えるように、ミグラトーレが地面に近い所から天へ向かって螺旋を描くように飛ぶと、螺旋に描かれた光の中からそれ・・は現れた。
 弦楽器の中でも最も大きいとされているコントラバスだった。
 自身よりも遥かに大きいそれを事もなさげに持ち上げている様は、精霊の棺スピリ・タラ・ラーバ が持ち主には軽く感じられると知っていても奇妙に見えた。
 瞬くリデイラを余所に、コントラバスをシートの上で構えながら、ネオストはまた悪戯が成功したとばかりにニシシと笑う。

「ビックリした?僕がこれを使うって知ると、みんなイイ顔で驚いてくれるんだよね!だから、ギリギリまでミグに持たせたままの事が多いんだー」

 確かに、初めて目にした人は驚くだろう。他の種類の楽器ならいざ知らず、まさか、自身の身長よりも遥かに大きな弦楽器を使っているとは。
 ネオストはシートの上にお尻部分のエンドピンを置いて構えた。それで漸く、ヘッド部分に頭が届くか届かないかといった具合だ。
 大きさに微妙な差異はあるけれど、コントラバスの基本的な大きさは約百八十センチ。
 構える事によって、コントラバスは斜めになる事を差し引いてみても、ネオストの身長の低さは顕著だった。
 自分と並んでいた時にもかなり目線が低かったけれど、ネオストは一体何歳なのだろうか。
 このビルトゥオーゾ学園は高等科なので、基本的には十六歳からだが、それよりも明らかに幼い。
 精霊と契約をしている事といい、リデイラの疑問は尽きない。けれど、ネオストが弓を弾き始めたので思考は霧散した。

 ネオストの奏でる音は、軽快な曲だった。軽やかで、思わず笑顔になり体が動き出してしまいそうな音。
 人の身であるリデイラでさえそうなのだから、感情に素直な妖精達等は、数節聴いただけで既に踊りだしている。
 しだいに、音が聞こえる範囲にいる全ての妖精が集まったのではないかと思うほどの数が集まって来ている。
(ちょこちょこ、ミスはしてるけど。でも、)
 それが気にならないくらいに、ネオストの演奏は魅力的だった。
 技術面は、体がまだ小さいせいもあるだろうから、今後、もう少し身長が伸びたら解決するだろう。
 最後の一音を弾き終えたネオストの周りを、妖精達がクルクルと飛び回る。
 どうやら再度演奏をねだっている様だった。けれど、ネオストは申し訳なさそうにしながらもそれらを断りコントラバスをミグラトーレへと戻した。

「ね!どうだった?」

 ミグラトーレを肩に乗せながら、小首を傾げネオストは問う。

「凄く楽しそうに弾くのね」

 リデイラは一番印象的だったそれを口にした。

「それから?」
「ミスがちょこちょこ、あったわね」
「うっ、そ、それから?」
「妖精達も凄く楽しそうだったわ」
「それから、それから?」

 ねだられるがままに答えていくと、キリがない。
 いくつか答えた後、リデイラは首を振った。

「でも、私に何が足りないのか。何が違うのかは分からなかったわ」
「そっか。うーん難しいなあ」

 技術的な物は、粗をさがせばまだいくらでもあるだろう事をリデイラは自覚していた。
 けれど、その点で言うとネオストも同じなので違うだろう。
 音楽が好きだっていう心の持ちようだって、ネオストには負けていない筈だ。
 ならば一体何が違うのか、リデイラにはさっぱり分からなかった。
 二人してウンウン唸っていたけれど、ネオストが突然後ろを向いた。

「え、フィーが来てるの?」

 かと思えば、突然動いた反動で飛び上がったミグラトーレを見上げながら問うた。
 ネオストが呟いた名前には、聞き覚えがあった。
(フィーって確か、あの時一緒に居た人かしら?)

「えー?僕を探してるとか、何の用かな?」

 探されている理由に心当たりは無いようだった。
 ネオストが首を傾げていると、直ぐ側まで来ていたらしく、フィデリオが現れた。

「あ、フィーだ。何か用でもあるの?」
「……」

 物凄く不服そうな顔をしながら、フィデリオは何かが書かれている紙をネオストの眼前に突き出した。

「なになに?あ、僕の申請書じゃないか。何でフィーが持ってるの?」

 答える為にフィデリオは、紙を持っていない方の手の指で弾く様に示した。

「あー。字を間違えちゃってる。だから返却されたのかー。ちょっと間違えたくらい大目に見てくれても良いのになあ。ケチだなあ。それで、フィーが持って来てくれたって事は、寮にでも届けられたって事?」

 フィデリオは答えを返さず、早く受け取れとでも言わんばかりに、再びネオストの眼前に突き出した。

「分かったよ。書き直すから急かさないでよ」

 唇を尖らせ、拗ねた様な声色で言いながら紙を受け取った。

「という訳だから、僕はもう帰るね!」

 「じゃあね!」ブンブンと手を振り回し、去って行くネオスト。
 小さな嵐の様な彼と、彼に着いて行った妖精達が居なくなって、静かになった周囲にリデイラの溜め息が響く。
 けして悪い子でも嫌いな訳でもないのだけれど、あのテンションの高さには着いて行けないものがある。
(さて、これからどうするかな)
 いつも通り練習しても良いのだけれど、ネオストに言われた事が気になってしまい、あまり気が進まなかった。
 そう悩んでいる時にふと、視線を動かした先にリデイラは後ずさった。

「え、……?」

 「何でまだ居るの!?」という言葉は辛うじて飲み込んだ。
 てっきり、ネオストと一緒に帰ったのだとばかり思っていた。
 そう言えば、見送った時にネオストの隣には居なかったな。と思い出した。
 あまりにも静かだったので気付かなかった。
 リデイラが一方的に気まずい思いをして、また視線を反らした。

「アイツに……」

 けれど、意外にも相手の方が何やら話があるらしく、口を開いたので驚いて視線を向けてしまった。

「アイツに何を言われたか知らんが、アイツは、ただ菓子をくれただけの相手にあそこまでする事はない」

 フィデリオはそこまで言うと、もう用は無いとばかりに無言で立ち去って行った。
 二人の関係が一方的では無かった事と、助言らしきものまでしていった事を意外に思った。



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