天上の鎮魂歌(こもりうた)~貴方に捧げるアイの歌~

ただのき

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第三幕・勝手なグルペット(周りの人々)

18・厄介な生徒

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  ◇◇◇◇



 アルジエントは無駄に長い廊下を歩いていた。
 普段は精霊に移動を手伝って貰っているのだけれど、ここでは緊急時以外の精霊等の使役は禁じられているので仕方がない。
 アルジエントにしては長い距離を久々に歩いたせいか、右足に常以上の違和感を感じて眉間に皺を寄せたけれど、直ぐに平常へと戻し扉をノックした。

「入りたまえ」
「失礼いたします」

 許可が下りたので入室すると、大きな執務机で仕事をしている理事長が居た。
 理事長は顔を上げ入って来た人間を確かめると、おや?という様な顔をした。

「君がここに来るなんて珍しいな」
「私も用があれば伺いますよ」
「そうかな?私の記憶が確かならば、再三呼び出しをしたが、終ぞ来る事は無かった気がするがな」

 この学園の教師となったからには生徒を受け持てと、散々言われてきた事を思い出したアルジエントは目を細くさせた。

「今は、生徒が居るのでもう関係は無い筈ですが」
「普通は複数、受け持つんだがな」

 ニヤニヤと笑みを浮かべる理事長に、アルジエントは舌打ちをしそうになる。

「だがまあ、意外だったのは、お前さんが生徒を受け入れた事もだが、その生徒があの子であった事に私は驚いたよ。いや、あの子だからこそお前さんは受け持つ気になったのかな?お前さんは随分と彼を慕っていたからなあ」

 うんうんと、理事長は一人納得するも、言葉の意味が理解しきれず、アルジエントは眉間の皺を深くさせた。
 理事長の口ぶりでは、あの生徒の事を知っている様子だった。毎年誰がどの教師のゼミへと入室しているかを把握しているらしいので、知っている事に不思議はない。
 けれど、“あの子だからこそ”“自分が慕っていた人間”という言葉の繋がりが分からなかった。いや、分かりたくなかった。
 自分が慕っていた自覚のある人物は、この世で唯一人だけだ。それに、理事長は普段、誰かを指す時は「あの子」呼ばわりするので、「彼」と称される人間は限られてくる。
(――確か、あの人の事もそう呼んでいた筈だ)
 あの生徒を見て、名前を知った時に感じた小さな違和感。
 一つ一つが繋がり、紐解かれていく記憶。
 知りたくは無かった。けれど、分かってしまってはもう遅い。

「おや?その様子を見る限り、知らなかった様だね。てっきり知っているからだとばかり。だとすると、どうして受け持つ気になったのか気になるなあ」

 愕然とした思いが表情にも出ていたのか、理事長は意外なものを見るように肩眉を上げて見せた。

「あの、女生徒は、あの人の、その、」
「可愛い一人娘だよ。今は母方の叔父夫妻に引き取られ、氏も変わっている様だがね」

 決定的な言葉を聞いてしまったアルジエントは呆然とする。
 やはり、あの女生徒に会った事がある気がしたのは、気のせいではなかったのだ。
 自分が師と仰いだその人は、大変な親馬鹿で、事ある毎に愛娘の自慢をしていた。数回ほど、実際に連れて来ていた事もある。
その際に名前を連呼していたし、奥方の血縁者の事もその時に聞いていたから覚えがあったのだろう。
 一度思い出せば、当時の事がスルスルと蘇ってくる。
 怖々とだが、ほんの赤ん坊だった時にこの腕で抱き上げた事もある。
 そうして思い出せば、確かに当時の面影は残っている様に思えた。
 アルジエントにしては珍しく動揺している様子を見ながら、理事長は前傾姿勢になり、机の上で組んだ指の上へ顎を置いた。

「それで、君は何をしに来たんだい?世間話をしに来た訳では無いんだろう?」

 アルジエントを十二分にからかって満足した理事長は、本題へ入るよう促した。

「……それが、生憎全く関係ない話でも無いのです」
「という事は、彼女に関する事なんだね?」
「その、件の生徒が、どこからか聞き付けたのか、『自分は応募していないのに、キャロ・ディ・ルーノの“試しの儀式”に名前が載っている。それは間違いなので取り消す事は出来ないか』と訴えて来ましたので、事実確認をしに参ったのです」

 事実とは少し異なるが、円滑に事を進める為なら構わないだろう。
 理事長の「どこからか、ね」という呟きと意味深長な目配せには気が付かない振りをした。

「まあ良い。それで、その件だが」

 妙な所で区切った後、続きを話さない理事長に目を細めた。

「何かご存知なのですね?」
「そう焦るな。確かによく知っているよ。何せ、あの子の名前を登録したのは私だからね」
「は……?」

 思わず『何を言っているんだこの狸爺は』と口に出してしまいそうになったのを寸での所で堪えた。

「本当にあの子が登録を取り消して欲しいと訴えて来たのなら、君も知っているだろう。あの子は自ら応募しに来る事はないと」

 話をした直後の様子を思い出す。
 あり得ない事を聞き、狼狽えながらも強く拒絶していた様を。

「確かに、あの様子からは到底、行かないでしょうね。しかし、応募するか否かは飽くまでも本人の意思で行わなければならないとあうのが規則では?」
「普通ならね。けれど、あの子の場合は、そうも行かないのだよ」
「それは一体、どういった了見でしょうか?」

 精霊との契約は、血筋で行う物ではない。なので、あの生徒が本当に彼の娘であったとしても、関係は無い筈だ。

「うーん。でも、流石にこれ以上の越権行為は出来ないから、教える事は出来ないかな」

 勝手に登録をする等をしておきながら今更越権だのとのたまい始めた理事長を睨む。
 けれど、理事長は気にも止めず只ニコニコと笑みを浮かべているだけだった。
 不本意ながらも付き合いは短く無い為、こういう時の理事長はけしてもう話さないだろうと知っている。
 なので、無駄な行為はしまいと、アルジエントは溜め息を吐き退出する旨を告げた。
 その胸中では『忌々しい狸爺が』と毒まみれだった。

 知りたくは無かった事を知り、目的であった事も達成出来ず、アルジエントの機嫌は悪かった。
(あの人の娘?関係無い。私はあの人を尊敬していたのであって、そのお子にまで興味は無い)
 しかし、前主の血縁者となれば、多少注目されるだろう。もしその余波が此方にまで来たらどうしてくれようか。
 幸いなのは、あの人が亡くなって随分と経った上、顔立ちは似ていないし氏も変わっているので、そうだと気付かれ難い事か。
 あの人と近しい位置に居た自分でさえも気付けなかった位なのだから、気付く者は皆無と言って良いだろう。
 それに、契約主が決まってしまえば注目はそちらに移る為、更にその確率は減るだろう。
 一番確実なのは、あの生徒の入室を拒否してしまう事だけれど、それはあの狸爺が許さないだろう。
 厄介な生徒を受け入れてしまった。と感じる。
 本当にあの人の娘だと言うのなら、何故あそこまで強く拒絶するのだろうか。
 幼い頃に別れ、出会った記憶が無いのならあの態度を取る筈がない。
 理事長も、気付けとばかりに妙な言い方だった。
 考えたくはないのに、気付けばあの生徒の事ばかりを考えている自分にアルジエントは感情が騒めくのを感じ溜息を吐いた。
 ――全く、厄介な生徒の入室を許可してしまった。と。



  ◇◇◇◇



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