天上の鎮魂歌(こもりうた)~貴方に捧げるアイの歌~

ただのき

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第三幕・勝手なグルペット(周りの人々)

19・たらい回し

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 その日のリデイラは、ここ最近のスランプから脱出が期待出来そうな程、すっきりと目が覚めた。
 外も快晴で、曇一つ無い青空が広がり清々しく、間違い無く良い一日になるだろうと思っていた。この時までは。

「今、何て言ったの?」

 何かの間違いだよね?そう思いながら聞き返した。

「だから、リディも“試しの儀式”に出るなんて意外だなって、言ったのよ」

 聞き間違えでは無かった事に、リデイラは混乱した。

「参加者は今日発表だったでしょう?どんな人達が参加するのか気になって見に行けば、そこにリディの名前もあるじゃない?リディは出る気はないって聞いてたから、どういう心境の変化なのかなって思ったんだけど、ちょっと!リディ!?」

 「どこに行くの!?」突然走り出したリデイラの背中にソフィアの声が掛かるも、振り返る事は無く、リデイラはある場所を目指していた。
 寮を飛び出した後、ヴァイオリンの教室棟へと入り、一直線に階段を目指し駆け上って行く。
 そして、目当ての部屋まで来るとその扉に手を掛けた。

「っ!?開かない!」

 用がある時ばかり居ないとは、どういう事だろうか。
 けれど、他のどこに行けば会えるかなんて分からないので、諦めきれずガチャガチャとノブを回し扉が開かないか押し続ける。

「きゃ!?」

 すると突然扉が開いたので、対応出来ずリデイラは前のめりに転んでしまった。

「……何の用だ。騒々しい」

 ハッと声がする方を見上げれば、お目当ての人物が居た。
 打ち付けた膝を庇いながら立ち上がり、誰のせいだと恨めしく思い睨み上げる。
 けれども、それよりも本題だ。

「どういう事ですか?」

 低い声でリデイラは尋ねた。

「何の事だ?」
「しらばっくれないで下さい。“試しの儀式”の事ですよ。登録を取り消してくれるんじゃ無かったんですか!」

 「その事か」と事も無さ気に言うアルジエントに、リデイラは怒りが込み上げてくる。

「その事かって、私にとっては大事な事なんですけど!」
「騒々しいと言っているだろう。その事は上に棄却された」
「ききゃく、って、駄目だったって事ですか?どうして?あの時先生は大丈夫だって言ったじゃないですか。もしかして、やっぱり本人が行かなくては駄目だったという事ですか?なら、今からでも」
「もう公表された後だから、取り消しは余程の事が無い限り無理だろうな」

 リデイラが何を言わんとしているのか、察したアルジエントが言葉を遮るかのように言い放つ。

「それに、貴様の名を登録したのは理事長だそうだ。本人から直接聞いたから間違いはない。だから、いくら貴様が抗議したところで取り消される事はまず無いだろうな」
「理事長が?」

 入学式の時にも居なかったので、その存在にいまいちピンとこないリデイラは何故そんな人が自分の名を勝手に登録したのか理解出来なかった。

「登録したのが理事長で、却下したのも理事長なんですね。分かりました。なら、私が直接掛け合いに行ってきます」

 どういう思惑があっての事かは分からないけれど、黒幕が分かっているのなら話は早い。
 さっそく向かうべく、アルジエントに頭を下げてリデイラは部屋を退出した。

「……」

 リデイラは一度も振り返る事が無かったから、部屋を出ていく自分の背を、様々な感情が乗った瞳が見ていた事など知る由もなかった。


 階段を下りながら、頭の中で構内地図を思い浮かべるけれど、理事長室等は関わる事が無いだろうと思い、覚えていなかった。
 けれど確か、専攻に関わりの無い医務室や会議室等は本棟に有った筈だ。と思いリデイラは本棟の方へ足を向けた。
 本棟には学園関係者以外も立ち入る事を考慮してか、あちらこちらに案内板が設置してある。
 それで場所を確認しながら、程なく理事長室を見付ける事が出来たので、迷う事無く扉をノックした。

「……」

 が、開かない。いや、気付いていないだけかも知れないし、無視しているのかも知れない。
 そう思って再度ノックしてみるも、やはり反応は無い。
 実は開いているという可能性も考えて、ものは試しと、ノブに手を伸ばそうとした。

「おや?そこで何をしているのかね?」
「!?」

 扉に意識を集中していた為、人が近付いている事に気が付かなかったリデイラは飛び跳ねんばかりに驚き、扉から距離を取った。

「えっと、理事長先生に少しお話があって来たんですけど」

 開かないかどうか確かめようとしていたところを見られた事が気まずくて、目線が下がる。

「ふむ、そうかね。しかし、残念ながら理事長は今、部屋には居らんよ」
「え?で、では、いつ頃お戻りになられるかご存じないでしょうか?」
「さてな。彼は気まぐれな所があるから、いつ部屋に戻るかは私には分からんな」

 壮年の男性は顎に手をやりながら首を傾げた。
 その答えを聞いたリデイラは「そう、ですか」と残念そうに肩を落とした。

「教えて下さり、ありがとうございました」

 ぺこりと頭を下げると、リデイラはとぼとぼと歩いて来た道を戻り始めた。
 原因を作った黒幕に話をするのが一番だと思ったのだけれど、当てが外れてしまった。
 なので、今度は儀式を取り仕切る人達を訪ねてみようと考えながら。

 会議室辺りに行けば誰かしら関係者が見付かるだろうと当たりを付け、その部屋の方へ向かうと、思った通り直ぐに捕まえる事が出来た。
 捕まえた人の片っ端から「何かの間違いで名前が名簿に載っているので、取り消して貰いたいのですがどこに行けば良いですか」と聞いて回った。
 そこからリデイラはたらい回しに遭う事になった。
 始めの方の人は良い。本当に部署が違っていたのだろうから。問題は三人目位からだ。
 登録を取り消したい旨を告げると、「応募したのは良いけれど、怖気づいたり、止むを得ない事情があって辞退する人は少なくないから構わないよ。まあ、名簿が公表されてから辞退する人は少ないけど、居なくはないしね」始めは快く受け付けてくれたのだ。
 なのに、名前を聞かれ答えた後、名簿が書かれているであろうファイルで名前を見付けた途端に態度がぎこちなくなるのだ。
 そして、「ごめんね。やっぱりここじゃあ無理なんだ。○○へ行って貰えるかな」と、部署名だったり人物名を告げられるのだ。
 そういった事が片手を余るほどにあれば、流石におかしい事に気付く。
 「どうしてここでは駄目なのか」と尋ねても、濁した答えが帰って来るだけ。
 かなり色々な所へ行かされた挙句、同じ所の名を告げられたら諦めるしかなかった。

 儀式を取り仕切る人達では駄目。
 理事長はいつ帰って来るかも分からない。
 これでは、最後の手段を取るしか無いのかな。リデイラは憂鬱な溜息を吐いた。



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