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第三幕・勝手なグルペット(周りの人々)
20・最終手段
しおりを挟む続けて幾日か理事長室や会議室等に足を運んだけれど、結果は変わる事がなかった。
それどころか、リデイラの姿を見るだけで露骨に嫌そうな顔をする人も居る始末だ。
儀式の日取りはもう直ぐそこまで迫って来ていたので、忙しくしている所に邪魔者が来れば確かに嫌だろうと思う。
けれど、こっちだって必死なのだと主張したかったけれど、意味は無いと分かっているので喉の奥に仕舞い込んだ。
そうしている間にも、参加者達が続々と学園へ訪れて来る。敷地内を歩いている姿をリデイラも何度か見掛けた事がある。
その姿を見る度、早く何とかしなければと思うものの、素気無く返されるばかりでもう打つ手は無くなってしまった。
そこで、やりたくはなかったけれど、リデイラは最終手段に出る事にした。
「……」
窓から見える景色は晴天で良い練習日和だけれど、リデイラは未だにベッドの住人をしていた。
「そろそろ起きないと、間に合わなくなってしまうわよ?」
「良いの、私は行く気ないから。ソフィーこそ早く行かなくても良いの?楽しみにしてたじゃない」
ベッドの柵の合間から顔を覗かせ、リデイラはソフィアを見下ろした。
そんなリデイラを見上げるソフィアは呆れ顔だ。
「貴女の名前が間違って登録してあって、それを取り消せなかった事は知っているわ。けど、それはそれで無視して会場へ行っても出なければ良いだけじゃない。色んな人の演奏を聴く良い機会を逃すつもり?」
「……会場に居たら、多分、流されちゃうし。それに、会場自体にもあんまり行きたくないのよね」
「もう、強情ね。仕方ないわ。なら私だけで行ってくるわね」
ソフィアが溜息を吐きながらも部屋を後にしたのを見送った。
頑なに行こうとしない理由を特に深く尋ねてこないソフィアに感謝しながら、リデイラはもそもそと起き始めた。
リデイラの選択した最終手段。それは、欠席だ。
根が真面目なリデイラは、サボるとか欠席とかいう言葉が苦手だった。
普通に体調不良で寝込んでいても、逆に更に体調が悪くなりそうな程に。
だから、何とかして登録を取り消したかったのだけれど、結局出来なかった。
自分で応募した訳ではないと分かっていながらも、欠席すると決めた時からリデイラの胃は現在進行形でキリキリと痛む。
(うう、お腹痛い)
これから数日は寮から一歩も出ない予定だ。
幸か不幸か、入室したゼミの先生は出席に関して厳しくなさそう。と言うよりも、出席しない方が喜ばれそうな人だから、欠席しても注意はしてこないだろう。
食事は一階にある食堂で事足りるので、問題は無い。
練習も、寮の部屋は全て防音完備なので、ルームメイトの許可さえあれば出来るようになっている。
ソフィアには――許可するも何も、居ない時に練習するのなら、好きにすれば良いのじゃないかしら。と――既に許可を貰っているので、これも問題ない。
だから、着替えたら取り敢えず食事を取って、部屋で練習をしよう。
今日の予定を決めたリデイラは、早速制服の袖に手を通した。
(皆、今日はソフィーみたいに早めに出てるだろうから、ゆっくり食べられるかな)
食堂で食事を摂る人は多く、一度の時間は暗黙のルールで決められている為、いつも時間を気にして食べていた。けれど、今日の様に人が少ない時は別に構わないだろう。
いつも早口で済ませていた食堂限定デザートを味わって食べられる良い機会だ。と部屋から一歩踏み出した。
「な、何!?」
正確には、一歩目の足を上げただけで、踏む事が出来なかった。
嫌な既視感。それも三度目だ。ただ違うとすれば。
「せいれい!?どうして精霊が!?」
妖精なら入って来られないと油断していたら、小さな光の妖精とは異なる、まさかの精霊だった。
雄々しい角を生やした牡鹿の姿をした精霊は、見た事が無い。けれど、こうして誰かしらの命令を聞いて動いているとしか思えない行動を取っているという事は、契約主が居る筈だ。
牡鹿の姿をした精霊を契約をしているのは誰だっただろうかと、思い出す余裕はない。
馬にすら乗った事が無いのに、鹿に、しかも鞍の着いていない背に不自然な体制で乗せられているのだ。落ちてしまう、と反射的にしがみ付いた。
(――って、違う!)
このまま乗っていては、自分の行きたくない場所に連れて行かれてしまうだろう。何となくそれを感じ取っていたリデイラは、流れるように後ろへ消えていく景色にゴクリと息を飲んだ。
この速さから落ちてしまえば、怪我は必須だろう。掠り傷程度で済めば良いけれど、捻挫に骨折。足ならともかく、腕をやってしまう事を想像してサッと青褪める。
けれど、このまま何もしないでいるのと、どちらが良いか。
覚悟を決めたリデイラは、足から落ちれば問題は無いと、グッと身を起こした。
その途端、何か重しを乗せられたかのように背中が重くなり、再び牡鹿に突っ伏した。
「何なの!?」
首だけで背後を見やるけれど、そこには何もなかった。けれど、僅かに景色が歪んで見えるところがあった。
きっと、この牡鹿が何かしらの能力を使ったのだろう。これでは逃げる事が出来ない。
「下しなさいよ!放して!」
リデイラはジタバタと手足を動かして暴れるものの、牡鹿はそれを意に介した様子はない。
そうしている間に、牡鹿は階段を下り、玄関を通り抜き外へと飛び出した。
そして、正面通路を横切り寮とは反対方向へ駆けて行く。
「待って!そっちには行きたくないの!お願いだから止まって!」
嫌な予感とは往々にして当たるものだ。牡鹿がどこに自分を連れて行こうとしているかを察し、暴れ、懇願するも牡鹿が止まる事は無い。
ここには入学式以来まだ来た事は無かったので詳しい構造は分からない。それでも、明らかに一般者が立ち入る事のない所を通っている事は分かった。
その間、少なくは無い人とすれ違ったけれど、誰も牡鹿を止められず、止めようともせず只見送るだけだった。
ほんの僅かの時間薄暗い所を通ったかと思えば、不意に放り出された。
「った!」
受け身が取れずしたたかに腰を打ち付け、あまりの痛さに顔をしかめた。
「君で最後だね。理事長の子に連れて来て貰うとか、今回選ばれなくても君は大物になりそうだね」
側に居た男は、訳知り顔で頷き「ほら急いで」とリデイラを立たせ光ある方へと押し出した。
痛みで満足に動けなかったリデイラは、咄嗟の事で反応出来なかった。
暗がりから突然明るい所へ押し出されたせいで目が眩み反射的に目を閉じ、開けた時にはもう遅かった。
「……え?」
リデイラは光の中に居た。
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