天上の鎮魂歌(こもりうた)~貴方に捧げるアイの歌~

ただのき

文字の大きさ
22 / 23
第三幕・勝手なグルペット(周りの人々)

22・嘆きの出現

しおりを挟む




 精神的に参っていたリデイラは、その後、ソフィアが迎えに来るまで医務室のベッドで眠り続けた。
 顔色が悪かった理由は分かり切っていたこともあり、起きた時にはすっかりと良くなっていた。
 あれだけ顔色が悪かった事もあって、ソフィアには随分と心配されたけれど、本当に大丈夫なのだと分かると部屋に帰ってからソフィアの聴いた演奏について耳を傾けた。
 他者の演奏に興味がない人間はこの学園にはいない。リデイラもその一人だ。
参加者は優先的に席を用意されているけれど、あの場に居る事が苦痛なので聴けなかった演奏の感想を聞けるだけでも楽しかった。
 そうしている内に夜も更けたので二人は就寝した。
 翌朝になり、また部屋の前に牡鹿が居ないかと怖がるリデイラは叱咤されて、ソフィアと二人、無事に朝食を取る事が出来た。
 その後、ソフィアは今日もチケットがあるからと出かけるのを見送り、リデイラはヴァイオリンを取り出した。今日こそ練習する為だ。
 夜になり、帰って来たソフィアに今日の演奏の感想を聞いた。
 どうなる事かと内心では戦々恐々としていたけれど、何事もなく二日目が終わった事に安堵しながらも眠りについたのが昨日の事だ。
 アルベルトの言葉を信用するのなら、今日までは何もない筈だ。
 完全に信用した訳ではないけれど、確かに、自分の順番になるまで何かをしてきても意味は無いと思った。
 そこでリデイラは、明日に備え、今日は食料の買い出しをしに行こうと学園の外へ向かう事にした。
 購買に売っている物は、数時間後直ぐに食べられる事を想定している物ばかりなので、暖かくなってきた今、一日置いていても絶対に大丈夫だと思える物が無かったからだ。
 今日もチケットがあるというソフィアを見送った後、リデイラも部屋を後にした。
(四日の内、一部だけでも入手出来たら御の字って言われてるのに、全部持ってるソフィアって何者?)
 コネが沢山あるにしても、凄いなあと思いながら、そう言えば牡鹿が誰の精霊なのか調べるのを忘れていた。
 色々な事に詳しいソフィアなら知っていそうなので、帰ったら聞いてみよう。
 今日の予定を立てながら、リデイラは門を潜った。

 特色柄、学園の近くにある店は、楽器関連の物が多い。手入れ用品とか、簡単な物なら学園の購買でも売っているのだけれど、仕入れルートが決まっている物とか、専属販売している物なんかは外に出て買いに行くしかない。
 今のところは持ち込んだ物でまだ間に合っているけれど、その内お世話になるかもしれないと、ガラス窓から中を横目に見ながら通り過ぎる。
 今は、“試しの儀式”が行われているからか、この学園に来た当日よりも人通りが多く数少ない飲食店には、長蛇の列が出来ていた。
 手近な所で用を済ませる予定だったけれど、待ち時間の事を考えると、街中に行くのとそう差は無いように思えた。
 初日以来外に出る事は無かったし、いい気分転換になるかもと、リデイラは巡回馬車に乗る事にした。
 巡回馬車はいくつか存在するけれど、今回は観光が目的では無い為、どのルートを巡る馬車なのかをきちんと確認して、商店街に行く馬車に乗り込んだ。
 商店街に行くのは専らこの街に住んでいる人達だ。けれど、観光客も偶に乗る事を考えてか、見た目も中身も観光用の馬車とそう変わりない様だった。
 馬車の方も、来た当日よりも乗車する人が多い様で、リデイラは立ったまま流れる景色を眺めていた。
 それでも、他の馬車よりは少ない様で、多い物では入口の手すりに何とか掴まって乗車しているのをすれ違い様目にした位だ。

 商店街に降り立つと、早速用を済ませるべく、食品店が連なっている方へと足を向けた。
 その途中にいく店か雑貨屋等があり、ついつい足を止めてしまうのはご愛敬。
 目的の物は日持ちしそうな食料だ。とは言っても、一日程度持てばいいので、そこまで限られた物でなくとも良い。まあ、それすらも購買にはあまりなかったのだけれど。
 商店街と言えども、屋台はあるし、店舗を構えている所でも気軽に食べられる物もある。
(あれ美味しそー。あっちも良い匂いがする)
 良い匂いに釣られてあっちへフラフラこっちへフラフラとしている時だった。

「キャー!」

 突然、悲鳴が聞こえてきた。

「何!?」

 また引ったくりか何かだろうかと、声のした方へ行こうとするけれど、どうにも様子がおかしかった。

「助けてくれ!」
「どうして王都にアレが!?」

 人々が悲鳴を上げ大挙して、リデイラの居る方へと向かってくる。その様は、只の引ったくり等から逃げて来ているにしてはあまりにも可笑しかった。

「何があったんですか!?」
「あんたも早く逃げろ!」

 逃げて来る人を捕まえて尋ねてみるけれど、逃げる事に必死なのか、答えが聞ける前に行ってしまう。
 中にはリデイラを突き飛ばしてでも、我先に逃げようとする人も居る程だった。
 そんな中、ようやく聞けた答えにリデイラは驚いた。

「“嘆き“ラメンタンツァ”よ!“嘆き”が出たのよ!」

 そう叫ぶなり、女性は走り去ってしまう。

「“嘆き”が?どうして?」

 確かに、“嘆き”が街中に出没する事は偶にあるけれど、この王都ではありえない事だった。
 王都は最重要都市として、ビルトゥオーゾ学園が総力を挙げて厳重な結界が張られているのだ。
 だから、出入りは勿論、発生もしない筈なのだ。
 それが真実かどうか、確かめる為にリデイラは人波に逆らうように走り出した。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)

大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。 この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人) そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ! この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。 前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。 顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。 どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね! そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる! 主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。 外はその限りではありません。 カクヨムでも投稿しております。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

大丈夫のその先は…

水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。 新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。 バレないように、バレないように。 「大丈夫だよ」 すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m

処理中です...