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第三幕・勝手なグルペット(周りの人々)
22・嘆きの出現
しおりを挟む精神的に参っていたリデイラは、その後、ソフィアが迎えに来るまで医務室のベッドで眠り続けた。
顔色が悪かった理由は分かり切っていたこともあり、起きた時にはすっかりと良くなっていた。
あれだけ顔色が悪かった事もあって、ソフィアには随分と心配されたけれど、本当に大丈夫なのだと分かると部屋に帰ってからソフィアの聴いた演奏について耳を傾けた。
他者の演奏に興味がない人間はこの学園にはいない。リデイラもその一人だ。
参加者は優先的に席を用意されているけれど、あの場に居る事が苦痛なので聴けなかった演奏の感想を聞けるだけでも楽しかった。
そうしている内に夜も更けたので二人は就寝した。
翌朝になり、また部屋の前に牡鹿が居ないかと怖がるリデイラは叱咤されて、ソフィアと二人、無事に朝食を取る事が出来た。
その後、ソフィアは今日もチケットがあるからと出かけるのを見送り、リデイラはヴァイオリンを取り出した。今日こそ練習する為だ。
夜になり、帰って来たソフィアに今日の演奏の感想を聞いた。
どうなる事かと内心では戦々恐々としていたけれど、何事もなく二日目が終わった事に安堵しながらも眠りについたのが昨日の事だ。
アルベルトの言葉を信用するのなら、今日までは何もない筈だ。
完全に信用した訳ではないけれど、確かに、自分の順番になるまで何かをしてきても意味は無いと思った。
そこでリデイラは、明日に備え、今日は食料の買い出しをしに行こうと学園の外へ向かう事にした。
購買に売っている物は、数時間後直ぐに食べられる事を想定している物ばかりなので、暖かくなってきた今、一日置いていても絶対に大丈夫だと思える物が無かったからだ。
今日もチケットがあるというソフィアを見送った後、リデイラも部屋を後にした。
(四日の内、一部だけでも入手出来たら御の字って言われてるのに、全部持ってるソフィアって何者?)
コネが沢山あるにしても、凄いなあと思いながら、そう言えば牡鹿が誰の精霊なのか調べるのを忘れていた。
色々な事に詳しいソフィアなら知っていそうなので、帰ったら聞いてみよう。
今日の予定を立てながら、リデイラは門を潜った。
特色柄、学園の近くにある店は、楽器関連の物が多い。手入れ用品とか、簡単な物なら学園の購買でも売っているのだけれど、仕入れルートが決まっている物とか、専属販売している物なんかは外に出て買いに行くしかない。
今のところは持ち込んだ物でまだ間に合っているけれど、その内お世話になるかもしれないと、ガラス窓から中を横目に見ながら通り過ぎる。
今は、“試しの儀式”が行われているからか、この学園に来た当日よりも人通りが多く数少ない飲食店には、長蛇の列が出来ていた。
手近な所で用を済ませる予定だったけれど、待ち時間の事を考えると、街中に行くのとそう差は無いように思えた。
初日以来外に出る事は無かったし、いい気分転換になるかもと、リデイラは巡回馬車に乗る事にした。
巡回馬車はいくつか存在するけれど、今回は観光が目的では無い為、どのルートを巡る馬車なのかをきちんと確認して、商店街に行く馬車に乗り込んだ。
商店街に行くのは専らこの街に住んでいる人達だ。けれど、観光客も偶に乗る事を考えてか、見た目も中身も観光用の馬車とそう変わりない様だった。
馬車の方も、来た当日よりも乗車する人が多い様で、リデイラは立ったまま流れる景色を眺めていた。
それでも、他の馬車よりは少ない様で、多い物では入口の手すりに何とか掴まって乗車しているのをすれ違い様目にした位だ。
商店街に降り立つと、早速用を済ませるべく、食品店が連なっている方へと足を向けた。
その途中にいく店か雑貨屋等があり、ついつい足を止めてしまうのはご愛敬。
目的の物は日持ちしそうな食料だ。とは言っても、一日程度持てばいいので、そこまで限られた物でなくとも良い。まあ、それすらも購買にはあまりなかったのだけれど。
商店街と言えども、屋台はあるし、店舗を構えている所でも気軽に食べられる物もある。
(あれ美味しそー。あっちも良い匂いがする)
良い匂いに釣られてあっちへフラフラこっちへフラフラとしている時だった。
「キャー!」
突然、悲鳴が聞こえてきた。
「何!?」
また引ったくりか何かだろうかと、声のした方へ行こうとするけれど、どうにも様子がおかしかった。
「助けてくれ!」
「どうして王都にアレが!?」
人々が悲鳴を上げ大挙して、リデイラの居る方へと向かってくる。その様は、只の引ったくり等から逃げて来ているにしてはあまりにも可笑しかった。
「何があったんですか!?」
「あんたも早く逃げろ!」
逃げて来る人を捕まえて尋ねてみるけれど、逃げる事に必死なのか、答えが聞ける前に行ってしまう。
中にはリデイラを突き飛ばしてでも、我先に逃げようとする人も居る程だった。
そんな中、ようやく聞けた答えにリデイラは驚いた。
「“嘆き”よ!“嘆き”が出たのよ!」
そう叫ぶなり、女性は走り去ってしまう。
「“嘆き”が?どうして?」
確かに、“嘆き”が街中に出没する事は偶にあるけれど、この王都ではありえない事だった。
王都は最重要都市として、ビルトゥオーゾ学園が総力を挙げて厳重な結界が張られているのだ。
だから、出入りは勿論、発生もしない筈なのだ。
それが真実かどうか、確かめる為にリデイラは人波に逆らうように走り出した。
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