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3.来訪②
「ああ、もう、すべてをやり直したい! どうして、間違えてしまうの!?」
しかもよりにもよって、間違えて告白した相手が暴君だなんて。
アルベリクス・ドレ・アルコンスイエル陛下。
アルコンスイエル帝国の皇帝である彼は、暴君と呼ばれている。
先代皇帝は貪欲で傲慢な性格をしていた。その所為かわからないけれど、子宝に恵まれず、皇子は一人しか生まれなかった。
先代皇后も皇子を産んですぐに儚くなってしまい、その影響もあったのかもしれない。
唯一の皇子。皇位継承者。そうなるように育てられたはずの皇子を、先代皇帝はあろうことか戦場に送った。まだ十五歳のアルベリクス様を。その戦争ですら、先代皇帝が隣国に攻め入ろうと起こしたものだというのに。
だけどアルベリクス様は死ななかった。物心ついたころには剣を持ち、この国の元騎士団長を師に仰いでいた彼は、死なずに生き残り、三年間を戦場で過ごした。
そしてある出来事をきっかけに、先代皇帝の首を土産に隣国との戦争を終結させた。
それは五年前のことだった。当時十三歳だった私は、その話を父から聞いて、卒倒しそうになったのを覚えている。
現代皇帝――アルベリクス陛下は、人の情に流されることのない冷酷な性格をした、血も涙もない冷血な皇帝なのだ。
「それにしても、よく殺されなかったわね、私」
早朝。まだ使用人が部屋に入ってくる前。
私はベッドの上に仰向けに寝転がって、天井に伸ばした自分の手の甲を見つめていた。
私の告白を受けた陛下は、私を結婚を前提にした恋人にしてやろうと言った。
そして私の手を取ると、契約の証だとでも言わんばかりに、手の甲に口づけを落としたのだ。
思い出して、ぶわっと全身が熱くなる。
陛下の前で緊張していてあの時はよくわからなかったけれど、私はとんでもない状況になっているのではないだろうか。
それにあの後の記憶がほとんどない。
私はどうやって邸宅に帰ってきたんだろう。
「……そうだ。あれは、すべて夢だったのよ」
きっと婚約するのが嫌だった私の生み出した幻影で、告白なんてすべてなかったのだ。
つまり、私は陛下の恋人でもなんでもない平凡な貴族令嬢で、今日は予定通り婚約することになる。
「……夢と、どっちのほうがマシなんだろう」
今日の婚約する相手のことを思うと、腕に鳥肌が立つ。
貴族令嬢の多くは、家のために親の決められた相手と婚約するのが普通だ。
だから幼いころから私もそうなるだろうと思っていた。
だけど、よりにもよってあの男だなんて。
十歳年上で、見目はいいけれど、いつも瞳の奥底に嫌な気配を漂わせていた男。私の名前を呼ぶ時やなめるように全身をその視線で見てくるたびに、怖気が走っていた。
ダンスの時なんて最悪だった。触れる指先からゾワゾワと鳥肌が立ち、腰に手を回された時なんて突き飛ばしたい衝動をずっと抑えていた。
婚約するとしても、こんな男だけは嫌だと、そう思っていた相手だったのに。
「……あの男に比べたら、まだ陛下の方がマシ……うーん」
生理的に受け付けない男と、この国一番の権力者でいつ私に剣を向けてきてもおかしくない男。
――どっちがマシかなんてわからないけれど、少なくとも陛下に手を取られたとき、鳥肌は立たなかった。
「いや、でも、あれは夢だから」
そうこうしていると、部屋の外からバタバタとうるさい足音が聞こえてきた。いくら使用人だとしても、こんなに足音を立てる人が伯爵邸にいるだろうかと、私が体を起こしたのと、扉が勢いよく開いたのは同時だった。
「ラシェル!」
「お父様!? 娘の部屋に入るのにノックをしないなんて! いますぐ出て行って!」
「そんなことよりも、おまえどうしたんだ?」
イヴェール家は穏やかな家系だ。私もそうで、父もそうだったはず。
それなのに今朝の父は、やけに取り乱している様子だった。
顔は怒りというよりも、青ざめている。
なにかが起こったのは間違いない。
ノックもしないで部屋に入ってきたことに対して咎めるよりも、そんな父の様子に私は嫌な予感がした。
「どうしたの?」
訊ねると、父は震える口元から、信じられない言葉を紡いだ。
「――い、いま、家に陛下……陛下が、来訪されているんだ」
「っ、陛下が!?」
「それも、おまえを婚約者に迎えるとかなんとか。い、いったい、何があったんだ、ラシェル」
私はすぐに悟った。
どうやら昨日の出来事は、夢ではなかったらしい。
しかもよりにもよって、間違えて告白した相手が暴君だなんて。
アルベリクス・ドレ・アルコンスイエル陛下。
アルコンスイエル帝国の皇帝である彼は、暴君と呼ばれている。
先代皇帝は貪欲で傲慢な性格をしていた。その所為かわからないけれど、子宝に恵まれず、皇子は一人しか生まれなかった。
先代皇后も皇子を産んですぐに儚くなってしまい、その影響もあったのかもしれない。
唯一の皇子。皇位継承者。そうなるように育てられたはずの皇子を、先代皇帝はあろうことか戦場に送った。まだ十五歳のアルベリクス様を。その戦争ですら、先代皇帝が隣国に攻め入ろうと起こしたものだというのに。
だけどアルベリクス様は死ななかった。物心ついたころには剣を持ち、この国の元騎士団長を師に仰いでいた彼は、死なずに生き残り、三年間を戦場で過ごした。
そしてある出来事をきっかけに、先代皇帝の首を土産に隣国との戦争を終結させた。
それは五年前のことだった。当時十三歳だった私は、その話を父から聞いて、卒倒しそうになったのを覚えている。
現代皇帝――アルベリクス陛下は、人の情に流されることのない冷酷な性格をした、血も涙もない冷血な皇帝なのだ。
「それにしても、よく殺されなかったわね、私」
早朝。まだ使用人が部屋に入ってくる前。
私はベッドの上に仰向けに寝転がって、天井に伸ばした自分の手の甲を見つめていた。
私の告白を受けた陛下は、私を結婚を前提にした恋人にしてやろうと言った。
そして私の手を取ると、契約の証だとでも言わんばかりに、手の甲に口づけを落としたのだ。
思い出して、ぶわっと全身が熱くなる。
陛下の前で緊張していてあの時はよくわからなかったけれど、私はとんでもない状況になっているのではないだろうか。
それにあの後の記憶がほとんどない。
私はどうやって邸宅に帰ってきたんだろう。
「……そうだ。あれは、すべて夢だったのよ」
きっと婚約するのが嫌だった私の生み出した幻影で、告白なんてすべてなかったのだ。
つまり、私は陛下の恋人でもなんでもない平凡な貴族令嬢で、今日は予定通り婚約することになる。
「……夢と、どっちのほうがマシなんだろう」
今日の婚約する相手のことを思うと、腕に鳥肌が立つ。
貴族令嬢の多くは、家のために親の決められた相手と婚約するのが普通だ。
だから幼いころから私もそうなるだろうと思っていた。
だけど、よりにもよってあの男だなんて。
十歳年上で、見目はいいけれど、いつも瞳の奥底に嫌な気配を漂わせていた男。私の名前を呼ぶ時やなめるように全身をその視線で見てくるたびに、怖気が走っていた。
ダンスの時なんて最悪だった。触れる指先からゾワゾワと鳥肌が立ち、腰に手を回された時なんて突き飛ばしたい衝動をずっと抑えていた。
婚約するとしても、こんな男だけは嫌だと、そう思っていた相手だったのに。
「……あの男に比べたら、まだ陛下の方がマシ……うーん」
生理的に受け付けない男と、この国一番の権力者でいつ私に剣を向けてきてもおかしくない男。
――どっちがマシかなんてわからないけれど、少なくとも陛下に手を取られたとき、鳥肌は立たなかった。
「いや、でも、あれは夢だから」
そうこうしていると、部屋の外からバタバタとうるさい足音が聞こえてきた。いくら使用人だとしても、こんなに足音を立てる人が伯爵邸にいるだろうかと、私が体を起こしたのと、扉が勢いよく開いたのは同時だった。
「ラシェル!」
「お父様!? 娘の部屋に入るのにノックをしないなんて! いますぐ出て行って!」
「そんなことよりも、おまえどうしたんだ?」
イヴェール家は穏やかな家系だ。私もそうで、父もそうだったはず。
それなのに今朝の父は、やけに取り乱している様子だった。
顔は怒りというよりも、青ざめている。
なにかが起こったのは間違いない。
ノックもしないで部屋に入ってきたことに対して咎めるよりも、そんな父の様子に私は嫌な予感がした。
「どうしたの?」
訊ねると、父は震える口元から、信じられない言葉を紡いだ。
「――い、いま、家に陛下……陛下が、来訪されているんだ」
「っ、陛下が!?」
「それも、おまえを婚約者に迎えるとかなんとか。い、いったい、何があったんだ、ラシェル」
私はすぐに悟った。
どうやら昨日の出来事は、夢ではなかったらしい。
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