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4.あっという間に婚約
「えーと。それで、なんの話でしたかな……」
歯切れの悪いイヴェール伯爵――お父様の言葉に、陛下が眉間の皺を増やす。
「イヴェール卿のご息女を、私の婚約者として迎え入れると言ったのだ」
その金色の瞳は射殺すようで、よく聞こえなかったのかと問いかけているようでもある。
隣に座っている父の貧乏ゆすりが早くなる。いや、これはもう体全体が恐怖で震えている。
いくらイヴェール家が建国初期からある家系とはいえ、ただの伯爵家なのだ。
皇宮に勤めているお父様も、陛下と直接的なかかわりはないはずだし、威圧感に怖れを抱いているのだろう。
正直私も怖い。
でも、私は淑女の笑みを張りつけて、震えそうになる体を押さえていた。
「ラシェル」
名前を呼ばれる。それも敬称なしで。
「な、何でしょう、陛下」
「そなたは、私の恋人になりたいのだろう? 結婚もしたいと言っていた」
「うっ、そ、そうですね」
隣からお父様の「正気か?」という視線を感じる。
「だが、どうやらそなたの父上は私との仲を反対しているみたいだ。これは、本当に嘆かわしいことだ」
額に手を当てて、はあとため息を吐く。悩んでいる振りをしながらも、金色の瞳は容赦なくお父様に向けられている。
「……で、ですが娘は本日、婚約する予定が……」
「ほう、婚約か……。そういえば来る途中で、ベルチエ伯爵と会ってな、手紙を渡されたんだ」
陛下の口から出てきたのは、今日婚約を結ぶはずだった男の名前だった。
手紙を受け取ったお父様が、内容を読んで絶句している。
「お父様?」
「……あ、ああ。その、これを」
私も内容を見て、一瞬言葉を失った。だけど絶望するお父様とは違い、胸の内から湧き上がってきたのは喜びだった。
「どうやら、吉報のようだな」
私の顔を見た陛下が、口元に笑みを浮かべる。
「これでもう婚約を結ぶ相手はいなくなったな。イヴェール卿。私と、ご息女との婚約を許してくれるだろう?」
陛下のその言葉はお願いというよりも、脅迫そのものだった。
顔を青ざめさせたお父様は、弦切れたマリオネットのようにぱくりと口を開けて、「はい」と力なくうなだれた。
陛下は私に、勝ち誇ったような目を向けてくる。
そして、その日のうちに、私とアルベリクス陛下との婚約は、無事に結ばれたのだった。
◇
なんで、こんなことに……。
建国記念式典の舞踏会二日目。
陛下と一緒に皇宮に向かった私は、貴賓として豪華な部屋に案内された。
邸宅の私の部屋よりも広く、なんというか人が過ごす部屋というよりも、力を誇示するための部屋というか……。落ち着かない部屋だ。
「今日はそなた――いや、婚約者なのだからもっと気軽に呼んでもいいよな。私のことも、気軽にアルベリクスと呼ぶがいい」
気軽になんて呼べない。
でもどこか期待するような瞳で見られると、褒めてもらっているのを待っている弟を思い出して、ついその期待に応えてしまいたくなる。
「……アルベリクス様」
「そうだ。ラシェル。今日は、ラシェルとの婚約を発表する場になるだろう。……フッ、みんな驚くぞ」
いままでどんな令嬢も近くに寄せ付けなかった陛下が、いきなり婚約者を発表するのだから、みんな目を飛び出すほど驚くだろう。
私もきっと注目の的になる。そう考えると、胃がキュッとする。
「顔色が冴えないな。体調でも悪いのか?」
「い、いえ。……あ、あのずっと、お慕いしていましたから。き、緊張して」
「そうか。そんなに、私のことが……」
なんか口の端が持ち上がっている。
「今夜の舞踏会は、盛況になるだろう。いまから楽しみだな、ラシェル」
「え、ええ。アルベリクス様」
歯切れの悪いイヴェール伯爵――お父様の言葉に、陛下が眉間の皺を増やす。
「イヴェール卿のご息女を、私の婚約者として迎え入れると言ったのだ」
その金色の瞳は射殺すようで、よく聞こえなかったのかと問いかけているようでもある。
隣に座っている父の貧乏ゆすりが早くなる。いや、これはもう体全体が恐怖で震えている。
いくらイヴェール家が建国初期からある家系とはいえ、ただの伯爵家なのだ。
皇宮に勤めているお父様も、陛下と直接的なかかわりはないはずだし、威圧感に怖れを抱いているのだろう。
正直私も怖い。
でも、私は淑女の笑みを張りつけて、震えそうになる体を押さえていた。
「ラシェル」
名前を呼ばれる。それも敬称なしで。
「な、何でしょう、陛下」
「そなたは、私の恋人になりたいのだろう? 結婚もしたいと言っていた」
「うっ、そ、そうですね」
隣からお父様の「正気か?」という視線を感じる。
「だが、どうやらそなたの父上は私との仲を反対しているみたいだ。これは、本当に嘆かわしいことだ」
額に手を当てて、はあとため息を吐く。悩んでいる振りをしながらも、金色の瞳は容赦なくお父様に向けられている。
「……で、ですが娘は本日、婚約する予定が……」
「ほう、婚約か……。そういえば来る途中で、ベルチエ伯爵と会ってな、手紙を渡されたんだ」
陛下の口から出てきたのは、今日婚約を結ぶはずだった男の名前だった。
手紙を受け取ったお父様が、内容を読んで絶句している。
「お父様?」
「……あ、ああ。その、これを」
私も内容を見て、一瞬言葉を失った。だけど絶望するお父様とは違い、胸の内から湧き上がってきたのは喜びだった。
「どうやら、吉報のようだな」
私の顔を見た陛下が、口元に笑みを浮かべる。
「これでもう婚約を結ぶ相手はいなくなったな。イヴェール卿。私と、ご息女との婚約を許してくれるだろう?」
陛下のその言葉はお願いというよりも、脅迫そのものだった。
顔を青ざめさせたお父様は、弦切れたマリオネットのようにぱくりと口を開けて、「はい」と力なくうなだれた。
陛下は私に、勝ち誇ったような目を向けてくる。
そして、その日のうちに、私とアルベリクス陛下との婚約は、無事に結ばれたのだった。
◇
なんで、こんなことに……。
建国記念式典の舞踏会二日目。
陛下と一緒に皇宮に向かった私は、貴賓として豪華な部屋に案内された。
邸宅の私の部屋よりも広く、なんというか人が過ごす部屋というよりも、力を誇示するための部屋というか……。落ち着かない部屋だ。
「今日はそなた――いや、婚約者なのだからもっと気軽に呼んでもいいよな。私のことも、気軽にアルベリクスと呼ぶがいい」
気軽になんて呼べない。
でもどこか期待するような瞳で見られると、褒めてもらっているのを待っている弟を思い出して、ついその期待に応えてしまいたくなる。
「……アルベリクス様」
「そうだ。ラシェル。今日は、ラシェルとの婚約を発表する場になるだろう。……フッ、みんな驚くぞ」
いままでどんな令嬢も近くに寄せ付けなかった陛下が、いきなり婚約者を発表するのだから、みんな目を飛び出すほど驚くだろう。
私もきっと注目の的になる。そう考えると、胃がキュッとする。
「顔色が冴えないな。体調でも悪いのか?」
「い、いえ。……あ、あのずっと、お慕いしていましたから。き、緊張して」
「そうか。そんなに、私のことが……」
なんか口の端が持ち上がっている。
「今夜の舞踏会は、盛況になるだろう。いまから楽しみだな、ラシェル」
「え、ええ。アルベリクス様」
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