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22.翡翠色
この国の皇帝――アルベリクス・ドレ・アルコンスイエルは、執務室の椅子に体を預けて、ぼーと天井を見上げていた。
今日はなにもやる気が起きない一日だ。
理由は知っている。今日は、あの日だからだ。
(だからといって、私に何ができる)
もうすでに自分の掌からはこぼれてしまったあの翡翠色を、再び自分のもとに引き寄せることなんてできるのだろうか。彼女は、アルベリクスのことなんて眼中にないというのに。
そんな彼女の気持ちを無視して横暴に振舞うことなんて、もうできない。
(くそっ。これもすべて、あの告白のせいだ)
建国祭一日目の舞踏会で、彼女がフェリシアンのあとを追いかけていることに気づいた時、自然と体が動いていた。
彼女が翌日に婚約することは知っていたし、その相手のことも知っていた。
翡翠色の瞳は切羽詰まっているように見えて、もしかして何かしでかすのではないかと疑っていた。
だからあの日、ついフェリシアンとの間に割って入ったのだ。
そうしたら、じっと真剣な翡翠色の瞳と、輝かんばかりの笑顔で告白されて――。
それが、間違いだと気づいていながらも了承してしまった。
翡翠色の瞳を独占できる機会を逃したくなかったから。
だからすぐに皇宮に迎え入れて、一番いい部屋を与えた。まるで閉じ込めるような待遇だが、目を離した隙にどこか遠くに行ってしまうのではないかと、不安があったからだ。
それからの婚約の日々は、とても充実していた。
物心ついた時から続いている死と隣り合わせのような日々。その日々とは違い、幸福に満ちていた。
戦争とは程遠い、幸せな日々。
だけど、襲撃だけはいつも通り行われて、でもそれが自分にだけ向けられていることをアルベリクスは知っていた。
(フェリシアンの嫌がらせのせいだ)
アルベリクスのことを憎み、それを悟られていることを知りながらも、何かを試すかのように常に命を狙ってくることも面倒なのに。あの翡翠色の想い人であることが、さらに嫌な気持ちにさせてくる。
「そろそろ斬るか? いや、でも、それだとエミリアンとの約束が……」
はあ、とため息を吐くのと、部屋の扉がノックされるのは同時だった。
「オレです。入りますね」
「……好きにしろ」
執務室に入ってきたのは、フェリシアンだった。青く冷めた瞳がアルベリクスの様子を観察するように動く。
それからなぜか、盛大なため息を吐いた。
「そんなに気になるなら、乱入すればいいのに」
「……なんのことだ」
「またまた。わかってるくせにぃ」
ふふっと口元が笑っているが、目はまったく笑っていない。
「彼女を――イヴェール嬢を、迎えに行ったらどうですか?」
「……でも、ラシェルは私のことを好きでもなんでもないだろ」
アルベリクスの言葉に、困ったようにまたため息を吐くフェリシアン。
「うーん。それはどうなんですかねぇ。オレが言えた義理でもありませんが、イヴェール嬢はもうとっくに……うーん。まあ、それを確かめるためにも、ちゃちゃっと行って花嫁を攫ってきてくださいよ」
「……笑顔で言うな。そろそろ首を斬るぞ」
「いやだ、怖い陛下」
「そもそも、そなたのことはいつでも捕らえることができるのだからな。いつもいつも私の命ばかり狙いおって」
五年前の戦争でエミリアンが亡くなって以来、フェリシアンはアルベリクスの命を狙っている。それを知っていながらも、フェリシアンをそばに置いていた。
エミリアンが亡くなる前、「弟をよろしくお願いします」と、そう頼まれていたからだ。アルベリクスを庇うために戦場で亡くなった、エミリアンの意思は尊重したい。
それにほとんどが嫌がらせの部類で、本気で命を狙っているわけでもないのを、アルベリクスは知っていた。
あれらはただ、仕える主が自分に相応しいかを試しているだけ。
(まあ、運良く死んでくれればいいとは思っているかもしれないがな)
「イヴェール嬢の結婚相手のことは、ご存知ですか?」
「ああ、ベルチエ伯爵だろう。裕福で見目麗しいことから、貴族令嬢からも人気だ。――それに、もともとラシェルの婚約者候補だったからな」
「それでは、ベルチエ伯爵のこんな噂はご存知ですか?」
「噂?」
翡翠色の結婚相手だから、ベルチエ伯爵の情報はほとんど得ていたはずだ。
その中に、変な噂はあまりなかったはず……。
「あ、オレが意図的に情報を消して渡していたんでした」
「……嫌がらせにもほどがある」
「まあ、でも聞いてください、陛下。ベルチエ伯爵には、裏の顔がありましてね」
フェリシアンの口から伝えられたのは、衝撃的な内容だった。
血相を変えたアルベリクスは勢いよく立ち上がると、すぐさまフェリシアンに命令して、執務室を飛び出す。
向かう先は、もちろん教会。
今日はなにもやる気が起きない一日だ。
理由は知っている。今日は、あの日だからだ。
(だからといって、私に何ができる)
もうすでに自分の掌からはこぼれてしまったあの翡翠色を、再び自分のもとに引き寄せることなんてできるのだろうか。彼女は、アルベリクスのことなんて眼中にないというのに。
そんな彼女の気持ちを無視して横暴に振舞うことなんて、もうできない。
(くそっ。これもすべて、あの告白のせいだ)
建国祭一日目の舞踏会で、彼女がフェリシアンのあとを追いかけていることに気づいた時、自然と体が動いていた。
彼女が翌日に婚約することは知っていたし、その相手のことも知っていた。
翡翠色の瞳は切羽詰まっているように見えて、もしかして何かしでかすのではないかと疑っていた。
だからあの日、ついフェリシアンとの間に割って入ったのだ。
そうしたら、じっと真剣な翡翠色の瞳と、輝かんばかりの笑顔で告白されて――。
それが、間違いだと気づいていながらも了承してしまった。
翡翠色の瞳を独占できる機会を逃したくなかったから。
だからすぐに皇宮に迎え入れて、一番いい部屋を与えた。まるで閉じ込めるような待遇だが、目を離した隙にどこか遠くに行ってしまうのではないかと、不安があったからだ。
それからの婚約の日々は、とても充実していた。
物心ついた時から続いている死と隣り合わせのような日々。その日々とは違い、幸福に満ちていた。
戦争とは程遠い、幸せな日々。
だけど、襲撃だけはいつも通り行われて、でもそれが自分にだけ向けられていることをアルベリクスは知っていた。
(フェリシアンの嫌がらせのせいだ)
アルベリクスのことを憎み、それを悟られていることを知りながらも、何かを試すかのように常に命を狙ってくることも面倒なのに。あの翡翠色の想い人であることが、さらに嫌な気持ちにさせてくる。
「そろそろ斬るか? いや、でも、それだとエミリアンとの約束が……」
はあ、とため息を吐くのと、部屋の扉がノックされるのは同時だった。
「オレです。入りますね」
「……好きにしろ」
執務室に入ってきたのは、フェリシアンだった。青く冷めた瞳がアルベリクスの様子を観察するように動く。
それからなぜか、盛大なため息を吐いた。
「そんなに気になるなら、乱入すればいいのに」
「……なんのことだ」
「またまた。わかってるくせにぃ」
ふふっと口元が笑っているが、目はまったく笑っていない。
「彼女を――イヴェール嬢を、迎えに行ったらどうですか?」
「……でも、ラシェルは私のことを好きでもなんでもないだろ」
アルベリクスの言葉に、困ったようにまたため息を吐くフェリシアン。
「うーん。それはどうなんですかねぇ。オレが言えた義理でもありませんが、イヴェール嬢はもうとっくに……うーん。まあ、それを確かめるためにも、ちゃちゃっと行って花嫁を攫ってきてくださいよ」
「……笑顔で言うな。そろそろ首を斬るぞ」
「いやだ、怖い陛下」
「そもそも、そなたのことはいつでも捕らえることができるのだからな。いつもいつも私の命ばかり狙いおって」
五年前の戦争でエミリアンが亡くなって以来、フェリシアンはアルベリクスの命を狙っている。それを知っていながらも、フェリシアンをそばに置いていた。
エミリアンが亡くなる前、「弟をよろしくお願いします」と、そう頼まれていたからだ。アルベリクスを庇うために戦場で亡くなった、エミリアンの意思は尊重したい。
それにほとんどが嫌がらせの部類で、本気で命を狙っているわけでもないのを、アルベリクスは知っていた。
あれらはただ、仕える主が自分に相応しいかを試しているだけ。
(まあ、運良く死んでくれればいいとは思っているかもしれないがな)
「イヴェール嬢の結婚相手のことは、ご存知ですか?」
「ああ、ベルチエ伯爵だろう。裕福で見目麗しいことから、貴族令嬢からも人気だ。――それに、もともとラシェルの婚約者候補だったからな」
「それでは、ベルチエ伯爵のこんな噂はご存知ですか?」
「噂?」
翡翠色の結婚相手だから、ベルチエ伯爵の情報はほとんど得ていたはずだ。
その中に、変な噂はあまりなかったはず……。
「あ、オレが意図的に情報を消して渡していたんでした」
「……嫌がらせにもほどがある」
「まあ、でも聞いてください、陛下。ベルチエ伯爵には、裏の顔がありましてね」
フェリシアンの口から伝えられたのは、衝撃的な内容だった。
血相を変えたアルベリクスは勢いよく立ち上がると、すぐさまフェリシアンに命令して、執務室を飛び出す。
向かう先は、もちろん教会。
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