結婚はするけれど想い人は他にいます、あなたも?

灯森子

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第一章

社交界の噂

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披露パーティーが開かれる王宮の広間では、多くの貴族たちが二人が現れるのを、いまか今かと待ちわびている。
楽師たちの演奏がやみ、主役の入場を告げる声が響くと、ホールの入り口へと一気に視線が集まる。
ぎぎっと扉が開き、溢れる光のなかから現れた二人の姿に拍手がわきおこる‥ことはなく、会場がシンと静まり返った。

レオンの左腕は包帯がぐるぐると巻かれ、首から吊られていた。



事件は神殿でおきた。
披露パーティーが行われる王宮へ向かおうとした二人だったが、エレノアが神殿前の大階段で転んだのだ。とっさのことに支えきれなかった新郎が新婦をかばい腕を怪我したというのだ。

一瞬静まりかえった会場にざわめきが起きる。
「レオン様に怪我をさせるなんて、あんな女ふさわしくなくてよ」
「女伯爵だかなんだか知らないけど、所詮は田舎娘よ。慣れないドレスで転んだのよ」
「そうそう、誓いのキスのことお聞きになった?」
「ええ、わたくしこの目でしっかり見ましたわ。レオン様はあの女を嫌がって、仕方なく額に口づけしたのよ」
「まあ!やっぱり。なんてお気の毒なレオン様」
レオンに憧れていた女性たちは、ここぞとばかりに、エレノアの陰口を囁き合う。



エレノアこと、エレオノーラ・ポリニエールは歴史ある家門、ポリニエール家の唯一の生き残りだ。
母を早くに亡くし、戦争のあいだに父と後継であった兄を相次いで失った。
その時エレノアは16歳、一人遺された少女は、亡くなった兄に代わりポリニエール領を治め、さらには見事な差配で前線への食料補給に尽力した。
その手腕をいたく気に入ったロゼンタール公爵の強力な後押しのおかげで、戦後、成人を迎えると同時に18歳の若さで伯爵位を継承し、家名を守ることができたのだ。

成人と同時に叙爵したエレノアは、デビュタントボールに出席しなかった。叙爵式の日も兄の喪中であることを理由に喪服で宮殿を訪れると、式が始まる前に王から爵位継承を賜り、他の叙爵者や貴族たちの前に姿を現すことなくさっさと帰ってしまった。
その後も社交の場に一切顔をだすことがなかった。

女性である上に若くして爵位を得たエレノアは羨望と妬みの的となり、貴族たちの集まりでは必ずといってもいいほど話題にのぼった。
だが、一向に姿を見せないことで貴族たちはエレノアの功績よりも、傲慢で無礼な小娘だとか、食糧調達をしたのは実は別人だった、などと悪意のある噂ばかりを口にした。
やがてエレノアは、ロゼンタール公爵の愛人、喪服の女伯爵‥と陰で呼ばれるようになった。

一方、ロゼンタール公爵の嫡男、若き騎士レオンことレオナード・ロゼンタールも20歳でエスタント領と伯爵位を賜った。先の戦争で、数十人の精鋭を率い命懸けで奇襲をかけた。これが大きなきっかけとなり、国を勝利へと導いたことで褒賞されたのだ。
輝かしい功績と、国一番の貴族家であるロゼンタール公爵家の後継、さらには騎士らしからぬ美しい顔立ち。絵に描いたような理想の男性像。当然レオンは令嬢たちの憧れの的であった。

そんな理想の花婿レオンとの結婚で、エレノアはますます嫉妬の対象となっていた。


「これより、レオナード・ロゼンタール・エスタント伯爵=ロゼンタール小公爵と、エレオノーラ・ロゼンタール・ポリニエール伯爵の結婚披露パーティーをはじめる」
王の号令を合図に音楽が鳴り、給仕たちが飲み物を運ぶために動き始める。

またも会場からざわめきが起きる。
主役二人のダンスが始まるかと思いきや、なんと、雛壇から降りてきた王子が、エレノアに手を差し出しダンスの申し込みをした。
「ロゼンタール小公爵、その腕では踊れないだろう。ポリニエール伯、代わりにわたしではお相手として不足かな?」
周りに聞こえるようにそう言うと王子はエレノアに軽くウインクをした。
「ぜひ、お相手をお願いします」
エレノアは王子の手を取り、二人はホールの中央へと躍り出た。

初々しい花嫁らしさを表したような淡いピンクのドレスがふわりと揺れる。ほんのり赤みをさした頬に、澄み渡る空のような青い瞳。背中におろされた、ゆるくウェーブしたプラチナブランドの長い髪はくるくると回るたびにさらりと流れる。
エレオノーラ・ポリニエール伯爵を一言でいうならば、可憐だった。

愛人といった色は一切なく、伯爵という肩書きも似合わない。若くはつらつとした可愛らしい少女といった風情に、ついさっきまで悪口を囁き合っていた貴族たちは口をつぐみ、王子とエレノアのダンスに魅入っていた。
もう一人の主役、美貌の騎士レオンのことなど忘れられてしまったようだ。

「せっかくのファーストダンスなのに、レオンと踊れなくて残念でしたね」
王子が耳元で囁いてきた。
「そんなことありません。夫とはこれからも踊れるでしょう。それよりも王子様と踊れるなんてこんな光栄なことはありません」

だが、それは本音ではなかった。
これは結婚後のファーストダンスではない。社交界デビューをしていないエレノアにとっては本当のファーストダンス、人生初めてのダンスだったのだ。

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