結婚はするけれど想い人は他にいます、あなたも?

灯森子

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第七章

視線

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初日ということで、エレノアは書類の整理を手伝うことになった。雑務を担当しているマイヤー女史から説明を受けながら片付けていく。

ひたすら作業をこなしていると、あっという間に昼になった。
「休憩にしましょう。王宮の食堂に案内するわ。」
マイヤー女史に誘われて共に廊下を歩いていると、すれ違う人々が、エレノアの方をチラリと見ては、ひそひそとなにか囁き合っている。

マイヤー女史もそれに気づくとエレノアに言った。
「あなたは有名人だからねえ、でもまあ、そのうち慣れるわよ。わたしも殿下の執務室付きになったばかりの頃はいろいろと言われたわ、女性はわたし一人しかいなかったしね。だからエレノア、あなたが来てくれてうれしいわ。」
「ありがとうございます。今まで領地のことばかりで、王宮のことは何もわからないのですが、よろしくお願いします。」
エレノアがそう答えると、マイヤー女史はなにか思い出したかのように、含み笑いをしながら言った。
「ふふ、そうね‥。夜会にも滅多に顔を見せなかったものね。たまに出席してもロゼンタール親子が誰も寄せつけないんだもの。あれでは王都で友人も作れなかったでしょう?」
マイヤーはいたずらっぽい表情をエレノアに向けた。
「そう言われてみると‥、王都にはあまり知り合いがいませんね…。」
そう答えて、ふとエレノアの頭に浮かんだのは、カイルのことだった。
カイルも王宮で働いているはずよね。
エレノアは辺りを見廻した。

ちょうど中庭に面した渡り廊下に差しかかったところで、庭を挟んだ反対側の渡り廊下に着飾った若い女性たちの集団が見えた。
なんとなく顔がわかるくらいの距離だったが、明らかな敵意を向けてこちらを睨んでいる令嬢がその中にいた。
何かしら。わたしを見ているの?
エレノアは目を凝らしてよくみたが、やはり見知らぬ女性だった。

エレノアの視線の先を追ったマイヤー女史が教えてくれた。
「彼女たちは、グレイス王女の見習い侍女たちね。」

見習い侍女とは、行儀見習いの未婚令嬢たちのことで、身の回りのお世話もするが、女性のあるじの話し相手になって、気に入られれば結婚相手を紹介してもらえたりする。
女性の主とは、高位貴族家仕えであれば夫人や娘、王宮仕えであれば王妃や王女のことである。

「王女様の‥」
エレノアがもう一度視線を向けてときには、令嬢たちの姿はもうなかった。




夕方になるとレオンは、エレノアに与えられた部屋へと向かった。
扉をノックするが返事はない。どうやらレオンが先に着いたようだ。待ち合わせのため、エレノアに入室の許可はとってあるし、合鍵も持っている。
レオンは、ガチャリと鍵を開け部屋に入ると、不審なものがないかと室内をひと通り確認してから、窓辺の椅子に腰かけた。

まだ私物と言えるようなものは何も置いていない、殺風景な部屋を眺めながら、物思いにふける。

レオンはエレノアに王宮で働いてほしくなかった。
宮廷舞踏会のあと倒れたエレノアの空虚な瞳と、黒く塗りつぶされた日記を思い出す。
なぜ父がエレノアを社交場で一人にするなと言ったのか、今ならわかる。
逞しいようで実はもろい彼女が悪意にさらされるのを恐れたのだろう。

だが、エレノアがポリニエールで一人になった隙に王子はエレノアを王宮に呼び寄せた。
せっかく、エレノアをカイルに返そうと距離をおいたのに、なぜカイルはエレノアをポリニエールに残してきたのか。二人の間のことはよくわからないが、エレノアがロゼンタールに戻ってきた以上、もう離れるつもりはない。今度こそ守ってあげなければ。

ため息をついて頭を抱える。

もう誰も彼女を傷つけないでやってくれ。

レオンはそう願った。
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