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第八章
狩猟祭の夜
しおりを挟むグレイス王女が、狩りを終えて天幕に戻ると、待機していた見習い侍女や使用人たちが出迎える。
湯浴みや食事、寝支度まで終わると、見習い侍女たちが集まって恒例のおしゃべり大会が始まる。
今日は全員揃った途端に、狩りに付き添った侍女が身を乗り出してきた。
「ねえ、聞いてよ」
侯爵令嬢のローザだ。
身分の高い彼女の役割りは、話し相手として王女に侍ること。当然、乗馬も嗜んでおりお供について行ったのだ。
そして、なんと、王女様とあの女が、狩りの最中二人きりで散歩をしたと言うではないか。
それを聞いて見習い侍女たちは紛糾した。
「王女様はなぜあんな女に優しくするのかしら。」
「ええ、ほんとに。いくら王女様が慈悲深い方とはいえ、公爵様を誘惑してレオン様を奪った汚い女よ。」
「王子殿下のお気に入りだから、王女様も仕方なく相手をなさったんじゃない?」
「それなら王子殿下へのお気遣いってことよね。」
「でなきゃ、王女様があんな女にお声をかけるわけがないわ。」
「ああ、グレイス王女様の隣りには美貌の騎士レオン様こそふさわしいのに。」
見習い侍女たちは、エレノアの陰口を囁き合った。
一方、グレイス王女と別れた後、エレノアとレオンは気まずさを誤魔化すかのようにしばらく狩りを続けた。二人が天幕に着いた頃には、もう陽が沈みかけていた。
狩猟祭は恒例行事のため、天幕と言っても取り壊すことなく、毎年細かな修繕をしつつ使われていた。
しっかりとした柱で枠組みされており床も板張りになっている。さらに裕福な貴族の天幕は、バスタブやベッドも屋敷に置くような立派なものが設置されてあり、なにも不便なことはない。
ロゼンタールはいくつか天幕を持っていた。そのうち一番大きな天幕をエレノアとレオンが使い、明日にはウィレムが来て隣りの天幕を使うことになっている。ポリニエールも立派な天幕を持っているが、今は傘下の貴族に貸している。
エレノアとレオンは夕食を済ませると、それぞれの寝室へと別れた。
湯浴みを済ませて一人になると、エレノアは昼間の出来事を思い出していた。
カイルがグレイス王女の護衛騎士だったなんて。交易に関わる文官の仕事をしているのだと思い込んでいた。よく考えてみればグレイスの嫁ぎ先はメディエスなのだから、メディエスで暮らした経験を買われたというカイルがグレイスに仕えるのはあり得る話なのに。
王女様が嫁げば、カイルもメディエスに行ってしまうのだろうか。
コンコン!
ふいにノックの音がして、エレノアの体がビクッと跳ねた。
誰?アンナ?
返事をせずに様子を伺っていると、向こうから声をかけてきた。
「エレノア、わたしだ。レオンだ。」
「レオン?」
「入ってもいいか?」
「ええ、どうぞ」
「疲れているところすまない、少し話さないか。」
レオンはエレノアの手をとると、もう片方の腕を腰にまわしベッドへと誘導した。そして、エレノアをベッドに腰掛けさせると自分も隣に座った。
何がどうと言うこともないはずなのに、気恥ずかしい。握られている手が、なんだか熱く感じる。
「今日のことだが‥。」
レオンが話を切り出す。
「今日のこと?」
エレノアは緊張で声が裏返りそうになった。
「グレイスとどんな話しをしたのか教えてくれないか」
すっと火照りが冷めていく。
グレイスと‥。
親しげな呼び方、まるで彼女が身内のように聞こえる。
「たわいもない話しです‥。王女様は、王都から出たことがないそうですね。」
「ああ、そうらしいな。」
「ポリニエールの景色の話をしました。地平線を見たいとおっしゃってくれました。」
「そうか‥他には?」
レオンは、何が聞きたいのだろう。
どんな顔をしているのか気になって振り向けば、エレノアを見つめているレオンの目と目が合う。
「他には‥とくにこれといって‥」
エレノアはレオンの気持ちを読み取ろうとその瞳をさらに覗き込みながら答える。
あなたはなぜ、王女様の話が気になるの?
どうしてわたしの手を握りながら彼女の話をするの?
エレノアの心の中の問いが届いたのだろうか、レオンは動揺したように瞳を揺らした。
そして、気まずそうに微笑みながら言った。
「そうか、疲れているところ押しかけて悪かった、また話そう。」
そう言ってレオンは、もうお休み、とエレノアの額に口づけをして出ていった。
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