28 / 59
第28話 君に届いてほしい想い
しおりを挟む
「エントリーナンバー41、森野つばめさん。関東代表。」
とうとう私の名前が呼ばれ、舞台に一歩踏み出す。紹介アナウンスとともに客席から拍手が起こるが、その中に一際大きな音を出して輪を乱している拍手が聞こえる。きっと裕子だ。空気も読まずに体育会系らしく一生懸命手を叩いて。今頃周りの子に注意されてるんだろうなぁ。うん、大丈夫だ。裕子の拍手を聞き分けられるくらいには余裕がある。
ピアノの前に腰掛けて演奏前に一呼吸を置く。私は幸せ者だ。山石君や裕子や私に関わってくれた人みんなのおかげで今日ここに座ることができてるんだから。思えば、体育の先生にも大感謝しなきゃだね。口が軽いのが玉に傷だけど、意外とターニングポイントにはいつもあの人が関わってるんだよね。音楽の先生も応援してくれてるし、小学生の頃のピアノの先生にもあいさつに行かなきゃな。裕子と一緒に来てくれた子達もいるし、客席にはたくさん応援してくれる人がいるんだろうな。あぁ、本当にありがたいなぁ。もう私1人の体じゃ溢れ出してしまうほどに幸せに満ち満ちている。
そっか…こういうことか。山石君は悪いものを自分の中に溜めて相手にぶつけるって言ってたけど、私はこれなんだ。みんなにもらった抱えきれないほどの幸せや感謝を音に乗せるように演奏しよう。そうして、客席や配信で聞いてくれてる人みんなに届けてもらうんだ。そしたら、きっと山石君や今までお世話になった人のところに返っていってくれるはず。そうやって私は、私のピアノをみんなに届けるんだ。
静かに鍵盤の上に手を置き、1曲目を弾き始める。なんとなく山石君がイメージに浮かんでくる曲だ。ゆっくりなテンポの中でも、一音一音を際立たせることが重要になってくる。やっぱり、おっとりしているようで芯がしっかりしてる山石君にぴったりだな。山石君らしさを表現してると、自然と曲の雰囲気が出来上がっていく。ここでも山石君に助けられてるなぁ。って言っても、きっと本人は何にもしてないよとかって言いながら頭かいて照れくさそうにするんだろうけど。
届いてほしい。いや、届けよう。溢れ出るこの気持ちを。目の前で聞いてくれてる人みんなにも、病室で聞く配信でも。この想いが届くように、山石君のために、彼がここにいるんだって伝えるためにも。
もう滑り出しで不安になることもなく、最後まで一音も気を抜くことなく想いを込めて弾き通すことができた。
想いの強さが響きに表れたのか、今まで練習した中でも1番豊かに音色をつむぎ出すことができた。渾身の演奏になのか、思いが溢れ出たせいなのか知らないけど、感情が高ぶって涙がこみ上げてくる。それをあとちょっとのところで我慢しながら、流れを切らないよう2曲目、3曲目と続けて、想いを込めて弾き続けた。最後の曲の、最後の小節の、最後の一音まで自分の中にある想いを絞り出すようにして、全力を出し尽くして弾き切った。
全部出し切った……全部全部すっからかんだ。満足感からしばらくその場を動くことができなかった。まだまだ演奏の余韻に身を浸らせていたかったけど、一呼吸おいてから立ち上がる。その瞬間、静寂に包まれていた客席から、地鳴りのように喝采する拍手の音の波が覆いかぶさってきた。その中には聞き覚えのある女の子の叫び声も混ざっていた。裕子、めっちゃブラボーって言ってるけど、女性にはブラバーって言うんじゃなかったっけ。まぁ、どっちでもいいけど。
もう終わってしまったんだ……終わってしまうと、長かったはずの準備も含めて一瞬だったような気がするのはなんでだろう。やり尽くした自信と終わったことへの安心が一番強かったけど、かなり個人的な想いを演奏に込めてしまったことに対する評価がどうなるのか、期待するような心配するような気持ちも浮き沈みしてくる。
この演奏は、想いは……みんなに届いたんだろうか。何よりも……山石君に届いただろうか。
とうとう私の名前が呼ばれ、舞台に一歩踏み出す。紹介アナウンスとともに客席から拍手が起こるが、その中に一際大きな音を出して輪を乱している拍手が聞こえる。きっと裕子だ。空気も読まずに体育会系らしく一生懸命手を叩いて。今頃周りの子に注意されてるんだろうなぁ。うん、大丈夫だ。裕子の拍手を聞き分けられるくらいには余裕がある。
ピアノの前に腰掛けて演奏前に一呼吸を置く。私は幸せ者だ。山石君や裕子や私に関わってくれた人みんなのおかげで今日ここに座ることができてるんだから。思えば、体育の先生にも大感謝しなきゃだね。口が軽いのが玉に傷だけど、意外とターニングポイントにはいつもあの人が関わってるんだよね。音楽の先生も応援してくれてるし、小学生の頃のピアノの先生にもあいさつに行かなきゃな。裕子と一緒に来てくれた子達もいるし、客席にはたくさん応援してくれる人がいるんだろうな。あぁ、本当にありがたいなぁ。もう私1人の体じゃ溢れ出してしまうほどに幸せに満ち満ちている。
そっか…こういうことか。山石君は悪いものを自分の中に溜めて相手にぶつけるって言ってたけど、私はこれなんだ。みんなにもらった抱えきれないほどの幸せや感謝を音に乗せるように演奏しよう。そうして、客席や配信で聞いてくれてる人みんなに届けてもらうんだ。そしたら、きっと山石君や今までお世話になった人のところに返っていってくれるはず。そうやって私は、私のピアノをみんなに届けるんだ。
静かに鍵盤の上に手を置き、1曲目を弾き始める。なんとなく山石君がイメージに浮かんでくる曲だ。ゆっくりなテンポの中でも、一音一音を際立たせることが重要になってくる。やっぱり、おっとりしているようで芯がしっかりしてる山石君にぴったりだな。山石君らしさを表現してると、自然と曲の雰囲気が出来上がっていく。ここでも山石君に助けられてるなぁ。って言っても、きっと本人は何にもしてないよとかって言いながら頭かいて照れくさそうにするんだろうけど。
届いてほしい。いや、届けよう。溢れ出るこの気持ちを。目の前で聞いてくれてる人みんなにも、病室で聞く配信でも。この想いが届くように、山石君のために、彼がここにいるんだって伝えるためにも。
もう滑り出しで不安になることもなく、最後まで一音も気を抜くことなく想いを込めて弾き通すことができた。
想いの強さが響きに表れたのか、今まで練習した中でも1番豊かに音色をつむぎ出すことができた。渾身の演奏になのか、思いが溢れ出たせいなのか知らないけど、感情が高ぶって涙がこみ上げてくる。それをあとちょっとのところで我慢しながら、流れを切らないよう2曲目、3曲目と続けて、想いを込めて弾き続けた。最後の曲の、最後の小節の、最後の一音まで自分の中にある想いを絞り出すようにして、全力を出し尽くして弾き切った。
全部出し切った……全部全部すっからかんだ。満足感からしばらくその場を動くことができなかった。まだまだ演奏の余韻に身を浸らせていたかったけど、一呼吸おいてから立ち上がる。その瞬間、静寂に包まれていた客席から、地鳴りのように喝采する拍手の音の波が覆いかぶさってきた。その中には聞き覚えのある女の子の叫び声も混ざっていた。裕子、めっちゃブラボーって言ってるけど、女性にはブラバーって言うんじゃなかったっけ。まぁ、どっちでもいいけど。
もう終わってしまったんだ……終わってしまうと、長かったはずの準備も含めて一瞬だったような気がするのはなんでだろう。やり尽くした自信と終わったことへの安心が一番強かったけど、かなり個人的な想いを演奏に込めてしまったことに対する評価がどうなるのか、期待するような心配するような気持ちも浮き沈みしてくる。
この演奏は、想いは……みんなに届いたんだろうか。何よりも……山石君に届いただろうか。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
もう一度、やり直せるなら
青サバ
恋愛
テニス部の高校2年生・浅村駿には、密かに想いを寄せるクラスメイトがいる。
勇気を出して告白しようと決意した同じ頃、幼なじみの島内美生がいつものように彼の家を訪れる。
――恋と友情。どちらも大切だからこそ、苦しくて、眩しい。
まっすぐで不器用な少年少女が織りなす、甘酸っぱい青春群像劇。
友達の妹が、入浴してる。
つきのはい
恋愛
「交換してみない?」
冴えない高校生の藤堂夏弥は、親友のオシャレでモテまくり同級生、鈴川洋平にバカげた話を持ちかけられる。
それは、お互い現在同居中の妹達、藤堂秋乃と鈴川美咲を交換して生活しようというものだった。
鈴川美咲は、美男子の洋平に勝るとも劣らない美少女なのだけれど、男子に嫌悪感を示し、夏弥とも形式的な会話しかしなかった。
冴えない男子と冷めがちな女子の距離感が、二人暮らしのなかで徐々に変わっていく。
そんなラブコメディです。
男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)
大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。
この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人)
そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ!
この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。
前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。
顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。
どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね!
そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる!
主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。
外はその限りではありません。
カクヨムでも投稿しております。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
貞操逆転世界で出会い系アプリをしたら
普通
恋愛
男性は弱く、女性は強い。この世界ではそれが当たり前。性被害を受けるのは男。そんな世界に生を受けた葉山優は普通に生きてきたが、ある日前世の記憶取り戻す。そこで前世ではこんな風に男女比の偏りもなく、普通に男女が一緒に生活できたことを思い出し、もう一度女性と関わってみようと決意する。
そこで会うのにまだ抵抗がある、優は出会い系アプリを見つける。まずはここでメッセージのやり取りだけでも女性としてから会うことしようと試みるのだった。
小さい頃「お嫁さんになる!」と妹系の幼馴染みに言われて、彼女は今もその気でいる!
竜ヶ崎彰
恋愛
「いい加減大人の階段上ってくれ!!」
俺、天道涼太には1つ年下の可愛い幼馴染みがいる。
彼女の名前は下野ルカ。
幼少の頃から俺にベッタリでかつては将来"俺のお嫁さんになる!"なんて事も言っていた。
俺ももう高校生になったと同時にルカは中学3年生。
だけど、ルカはまだ俺のお嫁さんになる!と言っている!
堅物真面目少年と妹系ゆるふわ天然少女による拗らせ系ラブコメ開幕!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる