29 / 59
第29話 私の結果発表
しおりを挟む
控え室でもたれかかった椅子は重力の何倍もの力で私を引きつけて離してくれなかった。演奏を終えて戻った途端、一気に力が抜けてしまった。演奏が終わった後にこんなに充実感を感じることができたのは初めてだった。
しばらく何も考えずに呆然としていたけど、肩にかけていたコートに手が当たってカチンと音が鳴った。そうだ、山石君は聞いてくれてたのかな。さっきまでの反動でいまだに動きが重い右腕にムチ打って山石君の番号に発信する。1コール目が終わる前に通話に切り替わる。
「もしもし、山石君、配信聞け……」
「森野さん、ありがとう!……いや、えっと、ごめん。いきなり何言ってんだって感じだよね……森野さんの演奏聞き終わって、どんな感想言おうかって色々考えてたんだけど、いざ電話に出てみるとなぜだか飛び出てきちゃって。」
「びっくりしたぁ。でも、うん、山石君らしい感想かも。そっちにも届いたみたいで良かった。」
「届いたよ!届いた!なんだかぶわぁーってなって胸の中から、こう、わわわーってなるものがこみ上がってきたよ!」
この人は興奮すると語彙力がなくなる人なんだな。
「よく分かんないけど、興奮してるのは分かった。」
「もう興奮というか、感動したよ。1曲目なんて最後いつの間にか涙が流れてて自分でも驚きだったよ。」
山石君も私と同じように何かを感じ取ってくれたみたいだった。
「私も!演奏の途中なのに泣きそうになって困ったよ。なんとか踏ん張ったけどね。」
「そうなんだ!一緒だね!これなら結果も楽しみなんじゃないの?僕は森野さんから教えてもらいたいから、結果発表は見ないでおくからね。」
「そんなぁ、ダメだったらどうするのよ。でもまぁ、やるだけやったから後は天に運を任せるだけだね。あっ、裕子たちが呼んでるから行くね。じゃあ……また後で。」
「うん、後でね……森野さん、大丈夫だよ、きっと。」
出た、山石君の大丈夫。これを聞くと、何の根拠もないけどなんとかなる気がするんだよね。実際、なんとかなってきたし。もしかしたら今回も……いやいや、あんまり期待しないでおこう。
電話を切って控え室を出ると、裕子たちが一緒に結果発表を見るために待っててくれていた。みんなで結果を聞くのはダメだった時の空気が恐ろしいから避けたかったけど、まぁ大丈夫か。山石君の大丈夫を胸に、裕子たちと客席に向かった。
「つばめぇ……づばべぇぇ……よばっだでぇ、ぼんどによばっだぁ……」
「いいからとりあえず皆並んで。いくよ、はい、ちーず!」
隣で号泣する裕子をなだめてあげたいけれど、両手が塞がってしまってどうすることもできない。きっと裕子はこの写真を見返した時後悔するんだろうなぁ、顔がすごいことになってるし、などど呑気に笑っていると瞬く間に記者の人たちに囲まれてしまった。
「森野さん、復帰後初のコンクールで優勝したお気持ちは……」
「一時期表舞台から姿を消していましたが、何か理由でも……」
「今後はどのように活動するお考えで……」
矢継ぎ早に投げかけられる質問に四苦八苦しながら答え、やっとのことで解放されたのは結果発表から1時間以上経った頃だった。ずっと優勝トロフィーと花束をもったままだったので腕がそろそろ限界を迎えていた。
「もう、へとへと……演奏する時よりも、した後の方が疲れた気がする……」
「そりゃ日本一なんだから!みんな大騒ぎするよ!かく言う私も親友が日本一だなんて興奮が冷めないわぁ。」
「まだ全然実感湧かないけどね。」
結果発表の時も全然実感はなかった。入賞者が次々と発表されていく中で全く私の名前が呼ばれず、あと呼ばれるのは優勝者だけというところで周囲を諦めの空気が包んでいたのは感じていた。唯一、隣で裕子だけが私の名前を呟きながら本気で祈ってくれていたので心が救われた。裕子に何て言って慰めようか、というか慰められるのは私か、なんて考えながら裕子に話しかけようとしたら、いきなり裕子や周りの人が立ち上がって喜び始めたっていうのが実際のところだ。まさか自分の名前が呼ばれるなんて考えてもなかったから、優勝者の発表を聞き逃してしまったのだ。
誰か結果発表の時の動画でも撮っててくれたらいいんだけど。どうせなら山石君にも見てもらってて録画してもらっとけば良かったなぁ。まぁいっか。なにはともあれ、山石君に良い報告ができるんだし。
「……アノ、イイですか?」
しばらく何も考えずに呆然としていたけど、肩にかけていたコートに手が当たってカチンと音が鳴った。そうだ、山石君は聞いてくれてたのかな。さっきまでの反動でいまだに動きが重い右腕にムチ打って山石君の番号に発信する。1コール目が終わる前に通話に切り替わる。
「もしもし、山石君、配信聞け……」
「森野さん、ありがとう!……いや、えっと、ごめん。いきなり何言ってんだって感じだよね……森野さんの演奏聞き終わって、どんな感想言おうかって色々考えてたんだけど、いざ電話に出てみるとなぜだか飛び出てきちゃって。」
「びっくりしたぁ。でも、うん、山石君らしい感想かも。そっちにも届いたみたいで良かった。」
「届いたよ!届いた!なんだかぶわぁーってなって胸の中から、こう、わわわーってなるものがこみ上がってきたよ!」
この人は興奮すると語彙力がなくなる人なんだな。
「よく分かんないけど、興奮してるのは分かった。」
「もう興奮というか、感動したよ。1曲目なんて最後いつの間にか涙が流れてて自分でも驚きだったよ。」
山石君も私と同じように何かを感じ取ってくれたみたいだった。
「私も!演奏の途中なのに泣きそうになって困ったよ。なんとか踏ん張ったけどね。」
「そうなんだ!一緒だね!これなら結果も楽しみなんじゃないの?僕は森野さんから教えてもらいたいから、結果発表は見ないでおくからね。」
「そんなぁ、ダメだったらどうするのよ。でもまぁ、やるだけやったから後は天に運を任せるだけだね。あっ、裕子たちが呼んでるから行くね。じゃあ……また後で。」
「うん、後でね……森野さん、大丈夫だよ、きっと。」
出た、山石君の大丈夫。これを聞くと、何の根拠もないけどなんとかなる気がするんだよね。実際、なんとかなってきたし。もしかしたら今回も……いやいや、あんまり期待しないでおこう。
電話を切って控え室を出ると、裕子たちが一緒に結果発表を見るために待っててくれていた。みんなで結果を聞くのはダメだった時の空気が恐ろしいから避けたかったけど、まぁ大丈夫か。山石君の大丈夫を胸に、裕子たちと客席に向かった。
「つばめぇ……づばべぇぇ……よばっだでぇ、ぼんどによばっだぁ……」
「いいからとりあえず皆並んで。いくよ、はい、ちーず!」
隣で号泣する裕子をなだめてあげたいけれど、両手が塞がってしまってどうすることもできない。きっと裕子はこの写真を見返した時後悔するんだろうなぁ、顔がすごいことになってるし、などど呑気に笑っていると瞬く間に記者の人たちに囲まれてしまった。
「森野さん、復帰後初のコンクールで優勝したお気持ちは……」
「一時期表舞台から姿を消していましたが、何か理由でも……」
「今後はどのように活動するお考えで……」
矢継ぎ早に投げかけられる質問に四苦八苦しながら答え、やっとのことで解放されたのは結果発表から1時間以上経った頃だった。ずっと優勝トロフィーと花束をもったままだったので腕がそろそろ限界を迎えていた。
「もう、へとへと……演奏する時よりも、した後の方が疲れた気がする……」
「そりゃ日本一なんだから!みんな大騒ぎするよ!かく言う私も親友が日本一だなんて興奮が冷めないわぁ。」
「まだ全然実感湧かないけどね。」
結果発表の時も全然実感はなかった。入賞者が次々と発表されていく中で全く私の名前が呼ばれず、あと呼ばれるのは優勝者だけというところで周囲を諦めの空気が包んでいたのは感じていた。唯一、隣で裕子だけが私の名前を呟きながら本気で祈ってくれていたので心が救われた。裕子に何て言って慰めようか、というか慰められるのは私か、なんて考えながら裕子に話しかけようとしたら、いきなり裕子や周りの人が立ち上がって喜び始めたっていうのが実際のところだ。まさか自分の名前が呼ばれるなんて考えてもなかったから、優勝者の発表を聞き逃してしまったのだ。
誰か結果発表の時の動画でも撮っててくれたらいいんだけど。どうせなら山石君にも見てもらってて録画してもらっとけば良かったなぁ。まぁいっか。なにはともあれ、山石君に良い報告ができるんだし。
「……アノ、イイですか?」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
もう一度、やり直せるなら
青サバ
恋愛
テニス部の高校2年生・浅村駿には、密かに想いを寄せるクラスメイトがいる。
勇気を出して告白しようと決意した同じ頃、幼なじみの島内美生がいつものように彼の家を訪れる。
――恋と友情。どちらも大切だからこそ、苦しくて、眩しい。
まっすぐで不器用な少年少女が織りなす、甘酸っぱい青春群像劇。
友達の妹が、入浴してる。
つきのはい
恋愛
「交換してみない?」
冴えない高校生の藤堂夏弥は、親友のオシャレでモテまくり同級生、鈴川洋平にバカげた話を持ちかけられる。
それは、お互い現在同居中の妹達、藤堂秋乃と鈴川美咲を交換して生活しようというものだった。
鈴川美咲は、美男子の洋平に勝るとも劣らない美少女なのだけれど、男子に嫌悪感を示し、夏弥とも形式的な会話しかしなかった。
冴えない男子と冷めがちな女子の距離感が、二人暮らしのなかで徐々に変わっていく。
そんなラブコメディです。
男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)
大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。
この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人)
そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ!
この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。
前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。
顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。
どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね!
そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる!
主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。
外はその限りではありません。
カクヨムでも投稿しております。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
貞操逆転世界で出会い系アプリをしたら
普通
恋愛
男性は弱く、女性は強い。この世界ではそれが当たり前。性被害を受けるのは男。そんな世界に生を受けた葉山優は普通に生きてきたが、ある日前世の記憶取り戻す。そこで前世ではこんな風に男女比の偏りもなく、普通に男女が一緒に生活できたことを思い出し、もう一度女性と関わってみようと決意する。
そこで会うのにまだ抵抗がある、優は出会い系アプリを見つける。まずはここでメッセージのやり取りだけでも女性としてから会うことしようと試みるのだった。
小さい頃「お嫁さんになる!」と妹系の幼馴染みに言われて、彼女は今もその気でいる!
竜ヶ崎彰
恋愛
「いい加減大人の階段上ってくれ!!」
俺、天道涼太には1つ年下の可愛い幼馴染みがいる。
彼女の名前は下野ルカ。
幼少の頃から俺にベッタリでかつては将来"俺のお嫁さんになる!"なんて事も言っていた。
俺ももう高校生になったと同時にルカは中学3年生。
だけど、ルカはまだ俺のお嫁さんになる!と言っている!
堅物真面目少年と妹系ゆるふわ天然少女による拗らせ系ラブコメ開幕!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる