ルチフェル~復讐の堕天使

黄坂美々

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1 葬式

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 ある日、友が死んだ。自殺だった。

「疲れちゃった。ごめんなさい」と書かれた手紙だけを残して。

 まだ24歳だった。人生これからだったはずなのに、いつでも会えると思っていた。
 私は一生後悔するだろう。あの日、あなたの電話に出なかったことを。


 今日も目覚めてしまった。何もないこの世界で、何を楽しみに生きていけばいいのか。そんなことを考えていた。その時、携帯が鳴った。母だ。出る気になれず目を閉じた。しかし鳴りやまない。私はしぶしぶ電話に出た。

「なに?」
「なにって、今日は葵ちゃんのお葬式よ。顔出しなさいよ。通夜も行かなかったんだから、お葬式くらい出席しないと失礼よ」

 母が喋っているのを私は黙って聞いていた。

「遥? 聞いてるの? 10時からだからね。ちゃんと来るのよ!」
「うん。たぶん」
「たぶんって――」

 私は電話を切った。私は葬式が嫌いだ。決まった流れをやらされて、落ち着いて別れなんてできやしない。それでも葵に会いたい。最後にもう一度会いに行こう。


 葵の実家前で、母が手をあげている。私はゆっくり母の元へ近づいた。母は顔をしかめて私を見る。

「あんた、何その恰好。家着!? 喪服はどうしたの? そんな恰好じゃ入れないわよ。見っともない!」
「服なんてどうでもいいじゃん」

 私は母を押し退け、玄関へ向かう。

「ちょっと遥! 先に受付しないと」

 母は私の服をつかみ、受付で香典を渡しながら挨拶をする。

「この度はご愁傷さまです」

 決められたセリフ。感情のこもらない言葉。不愉快だ。こんな言葉なら言わない方がましだ。私は母が一連の動作を終えるのをじっと待った。その間、葵の親族であろう人々は怪訝な目で私を見つめていた。


 家の中に入るとこじんまりした祭壇がある。葵の母が私に気づき近づいてくる。

「おばちゃん、久しぶり……」

 私は小さな声で言った。

「遥ちゃん、来てくれたのね」

 おばちゃんの目は真っ赤に腫れていた。ずっと泣き続けてまともに眠れていないのだということが聞かなくてもわかった。私はおばちゃんを強く抱きしめた。

「ごめん。気づいてあげられなくて。守ってあげられなくて。今からでも何かできることあるかな……」

 私は、このとき初めて泣いた。おばちゃんは私をぎゅっと抱きしめ、私の背中をそっとさすった。

「遥ちゃん、あなたのせいじゃない。そんなこと言わないで。葵は遥ちゃんと友達になれて幸せだったわ。ありがとう」
「友達じゃない。苦しみにも気づかない奴なんか友達として失格だよ!」

 私は自分に腹が立ち、おばちゃんから離れようとした。しかし、おばちゃんは私を強く抱きしめ離してくれなかった。

「遥ちゃん! 自分を責めちゃだめ! 葵は遥ちゃんが大好きだった。私だって大好きよ。遥ちゃんが苦しむことを葵も私も望まない。ね、お願い。もう自分を傷つけないで」

 私はおばちゃんの背中を軽くさすった。おばちゃんは私よりもずっと傷ついている。これ以上心配させてはいけないと思った。

「ごめん。もう言わない。おばちゃん、ひとつお願いがあるんだけど」
「なに? 何でも言って」
「葵の家に入りたい。鍵貸してくれない?」
「いいわよ。急いで返さなくていいからね。ほしいものがあったら何でも持って帰ってね」

 そう言って鍵を渡してくれた。私は鍵を受け取り、ポケットに入れた。棺で眠る葵を目に焼き付け、頬にキスした。冷たかった。そのとき葵は本当に死んだのだと実感した。葵の両親に挨拶をして、葬式に出ることなく家を後にした。


 私は葵の家に向かった。葵の家には何度も行ったことがある。しかし、今日以上に足取りが重い日はなかった。ドアの前でしばらく立ち尽くしていた。ここで葵は死んだんだ。たった一人で思いつめて命を絶った。葵の無念を、悲しみを受け止める覚悟が必要だった。深く息を吸い、ドアを開けた。
 覚悟を決めて部屋に入ったが、拍子抜けするほどいつも通りだった。今にも葵が玄関からドアを開けて帰って来るのではないか。それはない。わかっている。葵は死んだのだ。いつも通りなことが無性に寂しかった。
 部屋の中央にあるテーブルに目を向けた。携帯電話が置いてある。携帯電話を手に取る。ロックが掛かっている。見るのを諦めようかと思ったが、試しに私の誕生日を入力してみた。ロックが解除された。涙がこぼれた。涙をぬぐい、内部データに目を通した。一緒に旅行に行った時の写真、夜中にやり取りした無駄話のメール、週末に参加するはずだったボランティアの予定、一つ一つの思い出が胸を締め付けた。
 私は、ふとSNSのアイコンが気になり開いた。愕然とした。そこには信じられないほどの誹謗中傷メールが届いていた。葵は本名で、ボランティアなどの写真をアップしてたので家まで突き止められ脅迫されていたようだ。怖かっただろう。次から次へと沸き続ける虫けらども。私は腹の底から怒りがこみ上げてくるのを感じた。これだ、間違いない。葵はこの虫けらどもに怯えてどうしようもなくなって死んだ。こいつらに殺されたのだ。そう思ったとき、頭の中でプツンと何かの切れる音がした。

「葵、大丈夫。私はあんたの味方だよ。もうこれ以上、あんたを傷付けさせないから」

 私は、葵がいつも大切にしていたベルーガのぬいぐるみに誓った。
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