Vampire escape

藤丸セブン

文字の大きさ
12 / 22
一章 奴隷解放戦

十二話 取引

しおりを挟む

「ぁーぁ、完っ敗や」
 奴隷売買が行われていた教会はあちらこちらが崩壊しておりいつ崩れてもおかしくない程にボロボロになっていた。そんな教会の中で四代悪魔と呼ばれる強力な悪魔、ウィルヴィが小さな声をあげた。
「キョウヤ様!大丈夫ですか!!」
 自分が負けるなど夢にも思っていなかった為、柄にもなく感慨に浸っていたウィルヴィの耳に少女の悲鳴にも似た耳に劈く声が響く。ウィルヴィを打ち倒した吸血鬼と人間のコンビである。しかし吸血鬼のキョウヤはウィルヴィとの戦いで死力を尽くして戦った為現在は満身創痍。状況はウィルヴィと同じだった。
「ぶ、じだ。それより、今はこいつを」
 キョウヤがヨロヨロと歩きながら大の字に寝転んでいるウィルヴィに近づいてくる。最早指の一本すら動かせないウィルヴィをここで殺すつもりなのだろう。その判断は正しい。メルティがいなければ自分が殺されていたであろう強敵が目の前で瀕死なのだ。トドメを刺すのは至極真っ当な事だろう。だが。
「ちょい待ち。そこの吸血鬼、ワシと取引せぇへんか?」
 ウィルヴィはそう口にした。
「しない。いいから死ね」
「かっかっか!取り付く島もなしかいな。まあ話くら聞けや。ワシを殺すのはもういつでも出来るやろ?」
 ウィルヴィの訴えにキョウヤは少し黙った後大きな音を立てて腰を下ろした。
「賢い選択や」
「うるさい。早く取引の内容とやらを言え」
 少し笑うウィルヴィをキョウヤは油断なく睨め付けながらも話を聞くという選択をした。そんなキョウヤの傷を癒しながらメルティもウィルヴィの話を聞く体制だ。
「単刀直入に言うで。ワシを見逃せ」
「取引は決裂だ」
「人の話は最後まで聞かんかい。まあワシ人や無いんやけど」
 何が面白いのか大口を開けて笑うウィルヴィにキョウヤは軽く拳を振り上げる。
「おっと。遊びがないのぅ。人生は遊びや。もう少し心の余裕を持たんかい」
「お前、今の立場分かってるのか?」
「分かっとるわ。だからこうして丁寧にお願いしとるやろ?」
 ウィルヴィの言葉に嘘はない様に見えるが、妙に余裕がありそうなのが腹立たしい。キョウヤはきっとウィルヴィという男と心の底から気が合わないのだろう。
「ワシを見逃せっちゅう取引内容やからな、お前らに対する利益も相当のもんやなきゃあかん。つまりや、これから起こる奴隷売買の情報。これでどうや?」
 ウィルヴィの言葉にキョウヤはぴくりと反応する。そう、今キョウヤとメルティが最も欲しているのはこの情報だ。
「お前さんらは何でか知らんけど奴隷にされそうな子供を助けたかったんやろ?そんならこの情報は大いに役に立つ筈や。勿論一個やあらへんで?ワシが知っとる限りの日程と場所。これからワシの耳に入るであろう奴隷売買の情報全てや」
「・・・何が目的だ?」
「勿論命や!ワシ死にたないもん!」
 命は平等だ。それは人間も吸血鬼も、悪魔とて同じ。命が失われればそれで人生は終わり。命が惜しいという気持ちは充分に理解できる。しかし。引っ掛かるものがキョウヤにはあった。
「あなたは、命が大切という球じゃない。命懸けの殺し合いで負けたら仕方がないと諦める。いや、相手に賞賛を送りながら朽ち果てるタイプだ」
「おお。正解や」
 こういうタイプの生命は吸血鬼の中にもいた。戦いこそ正義。戦いの中で死ぬのは本望というタイプだ。
「けどな。ワシはお前に興味が湧いた。お前がどこまで行けるのか、見てみたくなった」
「どこまで?」
 実に曖昧な言葉だが、ウィルヴィが言いたいことは何となく分かる。だが、別にキョウヤは四代悪魔全員を討ち果たすつもりなどないのだが。
「やる気はないって顔やな。けど、それでええんか?あいつらがおる限り奴隷売買は終わらんで?」
 ウィルヴィの言葉にキョウヤは考え込む。確かにこうして奴隷売買が行われているのは悪魔が護衛として騎士から奴隷売買の現場を守っているからだとしたら、奴隷売買は終わらない。しかし今回は生き残れたものの次は分からない。そんな危険な事にメルティを巻き込む訳にはいかない。
「その話は」
「受けましょう」
 キョウヤがウィルヴィの取引を断ろうと口を開くがメルティに言葉を遮られた。
「いいのか?こいつの取引を受けると言うことは、」
「危険が伴う、ですか?」
 メルティの短い言葉にキョウヤは頷く。実際悪魔に敗れて殺されるとしてもそれがキョウヤのみなら別段構わない。救えなかった子供は気の毒だが。だけど、そこにメルティを巻き込むというのは凄く危険だ。キョウヤが死ねば当然メルティを守るものがいなくなる。つまりキョウヤの死はメルティの死なのだ。
「覚悟の上です。私はサンクラリィス教会の子供達だけでなく、これから苦しい想いをする子供達も助けたい。私が足手纏いだと言うのならキョウヤ様の力になる為に何でもしてみせます。なので、私と共に奴隷売買などという非道な行為を止めてくれませんか!?」
 メルティは心からの決意をキョウヤにぶつける。前と同じ様に、メルティの決意は揺るがないのだろう。一度決めた事はきっと曲げない。メルティという少女はそういう人間なのだろう。ならば。
「分かった。あなたの決意を尊重する」
 キョウヤの言葉を聞いてメルティの表情がパッと明るくなる。それは甘味を前にした少女の如く。先程の覚悟の決まった表情を浮かべていた少女と同じ人間だと言うのが少し疑わしい程にメルティはいい笑顔を浮かべて笑った。
「取引成立やな。かっかっか!お前らが何処まで行くのか、見させて貰うで」
「待った。あなたはこの後何をするつもりだ?奴隷売買の情報を送ったとしても、その後あなたに護衛をされていては敵わない」
 ウィルヴィが嘘をついている、という可能性も考えられるが、恐らくそれはない。だがこの後のウィルヴィの動きには注意を払っておく必要がある。
「ワシ?ワシは特訓するつもりや。そんで、全部終わった後にお前を打ち倒したる」
 大の字に寝転がりながらウィルヴィはキョウヤを倒すと宣言した。どうやらこの敗北はウィルヴィにとって大きな敗北だった様だ。
「それなら、まあ構わないのか?」
「ウィルヴィさんは改心したのですね!良かったです!」
「別に改心はしてへんで?人間の悪感情を食べなワシらは生きられへんから人間に嫌がらせはするし」
「キョウヤ様。今のうちにウィルヴィ様に私達に逆らえない様にする呪いとかかけられませんか?」
 割と恐ろしい事を言うメルティにウィルヴィもキョウヤも唖然とする。
「ちょぉ待った!それは食事やししゃーないやん!殺しとか人生に大きく左右する様な事はしーへん!これでええやろ!?」
「むぅ。まあ、及第点ですね」
「何なんやこいつ。勘違いすんなよ?ワシはお前を認めたんやなくて吸血鬼を認めたんや。お前はワシにとっておまけやおまけ」
「でも私がキョウヤ様に取引をしたいと言わなかったらあなたは今頃死んでいたのでは?」
「こいつっ!言わせておけば!」
 メルティはウィルヴィの頭をてしてしと叩きながらウィルヴィを煽る。普段はそういうことはしない心優しい少女なのだが、やはりこれまで多くの人を不幸にしてきた悪魔には思う所があるのかも知れない。
「あ、それはそうと引き留めて悪かったな。ワシらが話しとる間にあの雑魚ども逃げてまったんやないか?」
「雑魚ども?あぁ、奴隷売買を仕切っていた人達か」
 キョウヤ達の目的は奴隷となる子供達の解放だ。ウィルヴィを倒すことではない。ここで奴らを逃しては同じ事が起こってしまう。
「それなら、メルティがここにいるという事は大丈夫だろう」
「あん?」
 キョウヤとメルティは事前に作戦を立てていた。相手にキョウヤ達の潜入がバレたらどうするかという作戦も当然立てている。
「あ、結界が壊れとる!?」
「はい。キョウヤ様が結界を壊す為の魔力の塊を事前に私に渡してくれていたのです。なので私はそれを使って結界を壊し、騎士を呼んでおきました」
 ウィルヴィが耳を澄ますと風に乗って奴隷売買を仕切っていた人間達の悲鳴や泣き言。言い訳や命乞いが聞こえてきた。どうやらここは既に騎士に包囲されていて、奴隷売買に参加していた悪しき者達は大半が捕まった様だ。
「やるやん」
「当然だ」
「んで、ワシらはどうするん?」
 ウィルヴィの問いにキョウヤは固まった。この場所は騎士に包囲されている。そして当然騎士達はこの奴隷売買の現場となった教会を徹底的に調べるだろう。そしてここにいる三人を見つける。吸血鬼と悪魔を。
「・・・逃げる」
「何処にや?ここは完全に包囲されとるし、翼を使って逃げようにもそんな力は残っとらんやろ?」
 吸血鬼には翼を生やす能力がある。その力があれば騎士から逃げる事は可能かも知れないが、その力が今のキョウヤにはない。更に言えばメルティとウィルヴィを抱えて飛ぶと速度が落ちるので撃ち落とされる可能性もある。何より、吸血鬼がこの場所にいたという事自体を知られたくない。
「詰んだ?」
「そんな!私達の旅はここで終わりですか!!?」
「ドアホォォ!!ちゃんと闘争経路くらい確保しとけやボケェェェ!!」
 叫ぶ三人の耳に金属がぶつかる音が聞こえる。恐らく騎士の鎧の音だ。こちらに近づいてきている。
「ここで、終わる、のか」
「うっそやろこんな幕引きは嫌や!こんな事なら素直に殺されとくんやった!!」
「嫌です!!神様!我らをお救い下さい!どうか!私達を別の場所に逃してくださいぃぃ!!!」
 そして、扉が開かれた。
「ここは、随分とボロボロだな」
 騎士からの言葉はそれだけだった。何故なら、この教会に三人の姿は無かったのだから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

処理中です...