豊穣の剣

藤丸セブン

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35話 愛の形

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「お兄ちゃーん!!!どーこー!!」
 話は少しだけ遡り、賢五と別れた後の六継紀へと映る。六継紀は事前の情報の持ち前の直感を活かして目的地と思われる場所まで辿り着いた。
「はっ!この反応!この気配!この匂い!間違いない!おにぃぃぃぃぃちゃぁぁぁぁん!!!」
 六継紀は年甲斐もなくはしゃぎながらレインとスノウが住み、今は七尾矢が軟禁されている家へと突っ込んだ。岩石の剣で扉を壊そうと躊躇なく振り下ろして。
「のわぁぁ!?」
 しかし扉は硬く閉ざされており、六継紀の一撃では破壊されなかった。
「六継紀?六継紀か!?」
「お兄ちゃん!」
 しかし、六継紀の攻撃の音で家の中から七尾矢の声が聞こえた。全て計画通りだ。
「お兄ちゃん!早く会いたいよ!早く帰ろ!」
「そうしたいのは山々なんだけど。この家に結界が貼られてて、壊せないんだ」
「むぅ。さっきのやつか」
 家を囲む氷の結界は中々に強固で七尾矢には破る手立てがない。
「分かった。壊す」
 が、そんな事六継紀には関係ない。せっかくの最愛の兄との再会を、こんな結界如きに邪魔されてなるものか。
「お兄ちゃん、少し離れててね」
 そう言った六継紀の声に迷いや不安は一切ない。本気で結界を正面から打ち砕くつもりだ。
「分かった」
 七尾矢は一言そう言うと扉から距離を取る。六継紀が結界を破壊できないとは微塵も思っていない。七尾矢の妹は昔から、やるといったら必ず果たすのだ。
「岩石よ。我が呼びかけに答え。集え!!」
 六継紀の剣に凄まじい気力が溜まり、それらが巨大な岩で造られた槍となる。
「岩槍牙突!!!」
 作り出した槍をそのまま家の玄関に放つ。六継紀の岩と結界の氷がぶつかり合うが、すぐ様結界にヒビが入る。
「私とお兄ちゃんの。邪魔をするなぁぁぁぁ!!!」
 貫通。岩石の槍が氷を突き破り、玄関に巨大な穴を開けた。
「流石俺の妹。来てくれるって信じてたよ」
 岩石が消滅した後、七尾矢がひょっこりと顔を出す。元気そうな兄の顔を見て六継紀は思わず。
「お兄ちゃぁぁぁぁぁん!!!」
 全力で七尾矢に抱きついた。その勢いは強く、七尾矢を押し倒して床へ。
「大丈夫!?あの女に変な事されてない!?お兄ちゃんのエクスカリバーはまだ鞘に入ってる!?」
「こら、女の子がそんな事言っちゃいけません」
 嬉しそうに、しかし心配そうに七尾矢に質問攻めをする六継紀に七尾矢は軽いチョップをくらわせる。
「えへへぇー。お兄ちゃぁぁぁん」
 六継紀がもし猫ならゴロゴロと喉を鳴らして、犬ならば尻尾を全力でブンブンと揺らしているのだろう。それくらい六継紀の感情は読み取りやすかった。だらしない顔をしているし。
「さて六継紀。俺も再会を喜びたいけど、今はここから出ないと。六継紀以外にもアレグリアや茜さんが来てくれてるんだろ?」
「そうだね!ひとまず外に出て移動しながら無線で無事を知らせよう!」
 目をキラキラと輝かせながら六継紀は七尾矢の上から退き、歩き始める。それに合わせて七尾矢も立ち上がり歩く。
「よし。聞こえるかァァァァァァァ!!」
 そのテンションマックスの状態で、六継紀は無線に向かって怒鳴り始めた。
「兄ちゃんの奪還に成功した!!!繰り返す!!!お兄ちゃんは無事だぁぁぁ!!!わぁぁぁぁお兄ちゃん大好きぃぃぃ!!!」
 途中で感極まったのか半泣きになりながら無線を行い、静かに切る。
「あの、六継紀?無線って普通に聞こえるから大声じゃなくてもいいんだぞ?というかあれだと絶対耳が死んでる」
「お兄ちゃんに会えたのが嬉しくてつい!あ、これお兄ちゃんに」
 六継紀は満面の笑みを浮かべた後七尾矢に同じ形の無線を渡す。その無線はどうやら既に繋がっているようで、七尾矢は直ぐに無線を耳に装着した。
 <な、七尾矢ですか。ひとまず無事そうで何よりです>
「ナウラさん!ご迷惑お掛けしました。・・・六継紀の事も」
 <それは、まあいいです。帰ったら説教ですが。兎に角今は撤退です。ルートを送りますからそのルート通りに来て下さい。中間地点で会いましょう>
「はい!」
 無線がひとまず切れると六継紀のスマホにルートが表示される。
「合流して私、お兄ちゃん。ナウラさん、ヨゾラ、アルカイア、焔さんのメンバーで帰るよ」
「茜さんやアレグリアは?」
「ちゃんと帰る道具を持ってる。でもちょっと数が足りないから私達は一気に帰るの」
 作戦の概要は七尾矢には分からない。だが、六継紀とナウラがそう言うのならばその指示に従おう。疑う余地などない。
「やはり、そうですか」
「なっ!」
 聞き覚えのある声が遠くから聞こえて思わず振り返る。そこには七尾矢を誘拐した張本人、レインの姿があった。
「あなた様。どうしてですか?拙の事がそんなにお嫌いですか?」
 そう呟くレインの目には涙が溜まっている。嘘泣きには見えない。本当の涙だ。
「俺は。君の事は嫌いじゃない」
 ならば、七尾矢も本音を言おう。確かに、レインの事は好きではない。問答無用で七尾矢を異世界に連れてきて、みんなに迷惑をかけた。だが。
「君はきっと、心優しい子なんだ。これまでに多くの罪を犯してきたかもしれない。それでも、君は罪を償ってやり直せる。俺はそう思うよ」
「お兄ちゃん!?こんな犯罪者に向かって何を!?」
 この発言は自分でもお人好しが過ぎるとは思う。だが。これが七尾矢の偽らざる本心だ。
「あなた様!それじゃあ拙の求婚を受け入れて下さるのですね!?」
「いいや、それは出来ない。俺にはやるべき事があるんだ。君が罪を償って、それでもまだ俺と結婚したいなら。その時にもう一度告白してよ」
 七尾矢は恋愛をした事がないので、恋というものが分からない。だが、恋焦がれるという事は知っている。レインのその心は一時の魔法の様な恋だろう。だが、そんな魔法の恋でも。七尾矢なんかを好きになってくれたのだ。ならば、誠心誠意答えよう。
「七尾矢!六継紀!」
 そんな事を考え、レインの目を見ていた七尾矢の前に一人の男が立つ。
「え!?父さん!?なんでこんな所に!?」
「話は後だ。ここは俺が食い止める。お前達は早く家に帰るんだ」
「そ、そうはいきません!一度返してしまったら、あなた様は拙を嫌いになる!!だから、拙はあなた様を絶対に逃さない!!」
 大粒の涙を流しながらレインは水流のイヤリングを発動し、攻撃を始める。
「行け!」
「ああもう!後で絶対説明して貰うから!」
 七尾矢はそう言い残して走る。六継紀は目に指を当てながらレインに向かって舌を見せた後七尾矢の後を追う。あっかんべーというやつだ。
「逃がさない逃さない逃さない。もうあんな思いはしない。愛は逃さない。何が何でも。拙の物にする!!!」
「・・・」
 何かに怯える様なレインに少しだけ同情の瞳を見せ、賢五も剣を抜く。彼女がこんなに堕ちてしまったのにも、理由があるのだろう。だが。だとしても。
「可愛い息子に手を出そうと言うのなら、容赦はしない」
 
  ◇
  離れた。この体が、適合者。代理人。推薦者。つまり、彼らの元から離れてしまった。
 <どうしようかしら。困ってしまったわね>
 考える。どの様にして彼の元へ帰ろうか。この体は不便だけれど、帰ろうと思えばいつでも彼の元へ帰れる。けれど。そう、だけれども。
 <怪しまれたくはないわ。彼に怪しまれたらあの子に負担をかけてしまう>
 心優しい"それ"はその様な事は好まない。だが。それがないと彼も困るだろう。彼の友達も、家族も困るだろう。何より、それが困る。
 <仕方がないわ。タイミング。タイミングを見るのよ。怪しまれずに、警戒されない様に。そして。優雅に>
 そう考えながら、それは笑った。まあ。今の体に声をあげて笑う口など存在しないのだが。
 <嗚呼。運命の日が楽しみね!それまで、何が何でも、彼を守り、彼に守って貰わないと>
 
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