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34話 聞こえるかァァァァ!
しおりを挟む「ふぅ、何とかなったね。無事かい?」
「何とかね。ただもう戦うのは無理かも」
外傷は少ないものの気力を使い果たした茜は気絶こそしなかったもののもう異界武具は使えない。今の茜は一般人と変わらないのだ。
「困ったな。オレだけで進むと茜を一人にして危険だし、だからと言って隊長と六継紀の手伝いに行かないと作戦が」
色々考えるアレグリアだが、まず報告が大切だ。無線を起動してナウラに状況を伝えよう。
「ん?」
無線を起動する直前。アレグリアは異変に気づいた。アレグリアが氷漬けにしたスノウの氷が、少し割れている。
「不味いっ!!」
ピシッ、と音を立ててスノウを閉じ込めた氷のヒビが広がる。
「茜!!逃げろぉぉ!」
「へ?」
アレグリアの叫びの後、氷は完全に破壊される。氷から解き放たれたスノウが一番に狙うのはアレグリア、ではなく。
「お命、いただきます」
「がっ!ふっ?」
立つのが精一杯と言わんばかりの茜に重い斧の一撃が襲う。斧は茜の左肩から右足まで斜めに線を描きながら振り下ろされ、茜の血液が噴き出す。
「茜から、離れろ!!!」
追撃を加えようとするスノウにアレグリアが吠える。その咆哮に答えた氷結の槍がスノウの地面から巨大な氷の槍を生成してスノウを吹き飛ばす。
「茜!!!」
その隙にアレグリアは直ぐに茜の元へ走り、治療を行う。
「傷が、酷い」
アレグリアが必死に茜の傷を癒そうとするが、アレグリアの治療能力では茜の傷は塞がらない。この傷を治せる可能性がある人物はナウラしかいない。事態は一刻を争う。直ぐにでもナウラの元へ茜を連れて行かなければ。ひとまず氷で止血をして茜を運び
「やはり、そうだったのですね」
しかし、それを阻止する人物がいる。スノウだ。
「今の一撃、今までのどんな一撃よりも重かった。この私に傷を付けるなんて」
「・・・何が言いたい?」
「あなた、本気を出していないでしょう?いいえ。その言い方は適切ではありませんね」
スノウはクスリと笑いながら少し時間をおいてから呟く。
「あなたは、本気を出せない。出せない理由があるのでしょう?」
「っ!」
無言で息を呑んだアレグリアの反応をみてスノウは再び笑う。図星だ。
(どうする?本気を出せばこいつを殺せる。けど、茜は助からない)
スノウという人物が何故幹部として認められているのかをアレグリアは理解した。この女は、硬いのだ。攻撃力は並ほど。しかし、とんでも無く防御力が高い。アレグリアの氷結の裁きで傷一つ付かないほど。そのカラクリはまだ分からない。だからこそ、ここで殺し合うのは悪手だ。
(そんな事は分かってる。分かってるけど)
しかし、それ以外の選択肢が見つからない。アレグリアが茜を連れてここから逃げた所で必ず追いつかれるし、他の仕事をしているメンバーを呼ぶと作戦事態が壊れる可能性がある。となれば方法は一つ。
「全力を出して、速攻でこいつを殺す!!!」
できるできないの問題ではない。やらなければ茜が死ぬ。やるしかないのだ。
「ふふっ。面白いことをおっしゃいますね。やれるものなら」
<聞こえるかァァァァァァァァ!!>
アレグリアが力を込めた瞬間。耳をつんざく轟音が響く。鼓膜が破れるかと思う程の大音量の声の正体は六継紀だ。
<お兄ちゃんの奪還に成功した!!!繰り返す!!!お兄ちゃんは無事だぁぁぁ!!!わぁぁぁぁお兄ちゃん大好きぃぃぃ!!!>
皆に作戦成功を伝えると言うよりも自分が歓喜回っている様に叫ぶ六継紀の無線に、アレグリアは笑った。
「アッハッハハハ!!流石オレの相棒と相棒の妹だ!オレなんかいなくても問題ないかぁ!!」
「まさか、私の結界が破られたというのですか!?」
作戦成功の伝達。それはまさに天の助け。七尾矢を救出した今、ここに留まっている理由は皆無。全力で撤退に限る。
「茜を連れてっていうのは少し難しいけど、さっきに比べればずっと楽だ」
「ちっ!今はお前たちよりお義兄様を捕える方が大事か」
「あ」
アレグリアとした事が、ここでスノウを放置したら七尾矢と六継紀が危ないと言うことを見落としていた。少しはしゃぎ過ぎた様だ。現状は少し良くなったが苦しいことに変わりはない。
「アレグリア!茜ちゃん!無事かー!?」
再び苦しい顔をしたアレグリアの顔が再び笑顔になる。ころころ表情が変わり表情筋が筋肉痛になりそうだが、そんな事は知らない。
「良いところに来てくれた、焔!」
アレグリアの背後から風のようにその場に駆けつけたのは同じ特異課の仲間、焔だ。陽動部隊として動いていたが、作戦成功の知らせを受けて来てくれたのだろう。
「早速だけど茜が重症だ。安全かつ急いでナウラに見せてくれ」
「うわっ!りょ、了解した。アレグリアは?」
「オレ?オレは」
アレグリア達の本来の目的地に向かおうとしていたスノウに氷の槍を空から降らせて止める。
「君達が安全に撤退するまでの足止めだ」
「ちっ!邪魔です!!!」
スノウが氷の槍を破壊して道を開く。が、その時間があればアレグリアがスノウに辿り着く。
「ふっ!」
「はぁぁ!」
氷結の斧と氷結の槍がぶつかり合い氷が飛び散る。そして槍と斧の激しい蓮撃が舞う。槍がスノウの体にぶつかりそうになると斧がそれを防ぎ、逆に斧がアレグリアを潰そうとすると槍が見事に斧の威力を殺しながら流す。
「焔、七尾矢は?」
「六継紀が助けたよ!茜ちゃん無線聞いてないの?」
茜を丁寧におんぶしながら茜の耳元を見ると無線が付いていない。どうやら攻撃を受けた時に吹き飛んでしまった様だ。
「そう、良かったわ」
そういうと茜は意識を失って焔に寄りかかってくる。
「よし、安全運転で出発するからな。アレグリア!無茶だけはするなよー!!」
そう言い残して異界武具を発動。焔と茜は風のように消えていった。
「アハハ。殺し合いの最中に無茶はするなって!オレの仲間は変人が多い!」
「その余裕、気に障りますね。あなた、よくイラつくって言われません?」
「よく言われる!」
スノウが氷塊を宙に作り出しアレグリアに放出する。だが今アレグリアの背後に茜はいない。つまり、迫り来る氷塊の群れはアレグリアの脅威とはなり得ない。
「逃がさないよ!」
全ての氷塊を避けてスノウに肉薄する。力はアレグリアの方が強いが、スノウは巨大な斧を振り回しているというのに素早い。この二人の接近戦はかなり拮抗していた。だが、アレグリアにはそれで充分。アレグリアは七尾矢と六継紀が元の世界へ戻る時間が稼げればいいのだから。
「この!鬱陶しい!」
しかしスノウは違う。スノウは逆に七尾矢を連れて行かれる訳には行かないのだ。
「ねぇ、どうしてそこまで七尾矢に執着するの?もしかして」
「お姉様が連れてきたからです。お姉様は私の命、私の全て。だから、私はお姉様の為に神谷七尾矢を引き留めて。お姉様と結婚させます」
覚悟の決まった表情でスノウは即答。その言葉に嘘はないように感じられる。
(七尾矢だから誘拐した訳ではないって事か。いや、七尾矢だから誘拐したんだけど)
ひとまず安心した。どうやら七尾矢の武具を畏れて、それを無力化する為に誘拐した訳ではないようだ。という事はまだ武具は生きている可能性が高い。
「あ、そういえば武具はどうなってるかな」
アレグリアとした事が、七尾矢本人の心配ばかりで七尾矢の武具が完全に頭から抜け落ちていた。本来ならそちらが何よりも大切だと云うのに。
(ハハッ。オレも随分と毒されたなぁ)
昔のアレグリアでは考えられない。自らの目的よりも目の前の仲間を優先するなど。だが、それが今のアレグリアだ。アレグリアはそんな自分が気に入っている。
「確認する事が増えちゃったな。だから、君はここで殺させて貰おう」
「やれるものなら、やってみるといいです!!」
氷結の斧と氷結の槍が何度目か分からない殺し合いを再開した。
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