御手洗さんは堪えたい

藤丸セブン

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十話 御手洗さんと兄

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「十弧ちゃん、何で」
「・・・」
「どうして私と沖田君を引き離そうとするの!!私、私!十弧ちゃんなんて嫌い!!!」
「いやぁぁぁぁぁぁ!!」
 恐ろしい悪夢を見てしまった十弧が勢いよく飛び起きる。場所は自室。まだ外が暗いので今の時刻を確認する為にベットに置かれた充電中のスマホを開くと一時三十六分と表示される。今日は早めに寝ようといつもより早くベットに入った結果この様な夢を見てしまった。
「夢で良かったぁ」
 心の底から安堵して倒れ込む様にベットに沈む。だが。
「これからお兄さんに協力するのなら、当然知佳には嫌われるよね」
 知佳を悲しませる事はしたくない。そして知佳に嫌われる様な事もしたくない。だが。
「お兄さんに逆らっても嫌われる可能性があるんだよなぁ」
 デートを尾行していた写真。あれを知佳に見せられたらどちらにせよ知佳に嫌われる。二人のデートを尾行する事がよくない行為だと言う事は分かっている。しかし、どうしても不安で仕方なかったのだ。知佳が沖田に取られてしまう事が。
「一旦、寝よ」
 手にしたスマホをベットに放り投げて目を閉じる。これからどうするかはまだ考えられていない。しかし今頭を捻った所でいい考えは思いつきそうにない。故にここは一度心と体を休める為に再度眠りにつく事にしよう。
 ・・・結論から言って、そう上手くはいかなかった。
「どうしたの十弧ちゃん!その目のクマ」
「いや大丈夫。ちょっと考え事してただけ」
 一度頭を空っぽにして寝ようと思ったが、どうしても知佳の事を考えてしまった。孔の言い分通りに知佳と沖田を引き離す。そうすると当然知佳から嫌われる。ではこれまでどうり知佳の手伝いをする。しかしそうすると孔にあの写真を見せられて知佳に嫌われる。詰みだ。どう動いても知佳に嫌われてしまう。
「悩みがあるなら言ってね。私に出来る事なら何でも協力するから」
「ありがとう。なら、ぎゅっとして」
 弱々しく両手を広げる十弧。普段から覇気に満ちていて元気一杯な十弧とは思えない程弱々しい言葉に知佳は胸が締め付けられ、十弧の胸に飛び込んだ。
「ぎゅーっ!!」
「お、ほわぁぁぁ」
 十弧に言われた通り胸に飛び込み、ぎゅーと口に出して十弧を抱きしめる。その想定外(何も考えずに話していた)十弧は感嘆の声を上げる。そして知佳を強く抱きしめ返した。
「元気出た?」
「うん。それはもう最高に。やっぱり知佳は私の女神だよ。結婚して」
「アハハ。いつもの十弧ちゃんだ」
 まだ少し声は弱いが発言は戻ってきた。そうだ。知佳は女神なのだ。そんな女神が十弧の味方でいてくれる。ならばもう怖いものはない。
  ◇
「驚きましたよ。まさか貴方から連絡をくれるとはね」
 放課後。喫茶店を後にするタイミングで交換していた連絡先に連絡を入れて十弧は孔を呼び出した。
「では早速あの男を知佳から引き離す作戦会議をしましょうか」
「いや。その必要はない」
 自分が呼び出された理由を自分の都合のいい様にしか考えていない孔に少し呆れながら十弧は孔を指さして強い言葉を使う。
「私はあんたには協力しない!あんたの操り人形にはならない!」
「・・・そうですか。これを知佳に見せてもいいと言う事ですね?」
「送りたいなら送ればいい。私は最後まで知佳の味方を貫く」
 最後の忠告とばかりにスマホに移る不審者姿の十弧の写真を見せる。しかし十弧は視線すら逸らさずに孔を睨みつける。その瞳からは揺るぎない覚悟が見て取れる。
「残念です。やはりあなたは素晴らしい人物だ。是非とも、貴方を仲間に引き入れたかった」
 本気で悲しそうな顔をして孔が写真を知佳に送信しようとスマホを操作する。その直後。
「話は聞かせてもらいました!」
 二人にとって聞き馴染みのある、そしてまるで天使の様な可愛らしい声が聞こえた。
「「知佳!?」」
 そこにいたのは当然、御手洗知佳その人だった。
「どうしてここに?」
「十弧ちゃんの様子がおかしかったから。こっそりつけて来たの」
 知佳はツカツカと歩いて来て孔の目の手に立つ。
「お兄ちゃん!十弧ちゃんを困らせる様なことしちゃダメでしょ!」
「しかし知佳!これも知佳の為なのです!」
「違うよ!私は沖田君が好きなの!ライクじゃなくてラブ!愛してるの!だからお兄ちゃんの行動は全部私の邪魔になるの!」
 これでもかという程に自分の本当の気持ちを兄にぶつける。しかし肝心の孔は知佳の言っている事が理解できずにただ絶望した顔を浮かべていた。
「う、嘘です。知佳は僕が好きな筈。愛している筈!?」
「え?」
 知佳はキョトンとした。本気でそんな事を一度も考えた事のなかった故のこの顔だ。
「何でそう思ったの?」
 純粋で素朴な疑問。その知佳の疑問に答える様に孔は早口に語る。
「言ってくれたではありませんか!お兄ちゃん好きと!僕はあの時の言葉を今でも覚えています!故に僕は知佳の婚約者であり将来結婚を約束した間柄!!!」
 孔の早口のこの言葉に。知佳と十弧はドン引きした。吐き気がするレベルで、御手洗孔という男は度し難い。幼い頃に言われた好きという言葉を本気にし、更にその好きの意味がラブではなくライクだという事に気がついていない。そしてそう言われて実の兄弟だと言うのに心の底から婚約者であるなどと言える肝の太さ。心底軽蔑するに値する男だ。
「キッッッッッモッッッッッッッ!!!」
 心の底からそう思った。知佳のお兄さんだからと今まで直接口にするのは我慢していたが、こればかりは不可能だ。心底気持ちが悪い。反吐が出る。
「お兄ちゃん」
「何だい知佳!?」
 自分の事を呼ばれた孔が状況の把握すらせずに嬉しそうに顔を上げる。
「縁を切るなんて事は言わないよ。お兄ちゃんは私に優しくしてくれるしおやつ作ってくれるし」
「ち、知佳?」
 無表情で孔を見る知佳に流石に違和感を感じたのか孔は身体中を冷や汗で濡らす。
「でも、暫く話しかけないで。うううん。出来れば二度と話しかけてこないで」
「・・・・・・?」
 知佳に言われた言葉が孔に刺さった。深く、鋭く、心臓を一突き。つまり、致命傷である。
「行こう、十弧ちゃん」
「え!?あの人音もなく地面に倒れ込んだけど!?放置してて大丈夫なの!?」
「いいよ。適当に時間が経てば復活するでしょ」
 普段女神の様に心の広い知佳が北極よりも冷たい目で孔を見ていた。その目を見ているだけで関係のない十弧ですら泣きたくなってくる。
「でも、ありがとう知佳。危ない所を助けてくれて」
「全然。寧ろごめんね、私の問題に巻き込んじゃって」
 勇気を込めて知佳にお礼を言うと知佳はいつもの笑顔で接してくれる。その事に心底安堵した。
「そういえば、どんな事で脅されてたの?」
 触れられたくない話題に触れられて十弧はびくりと体を震わせる。
「ま、まあ。別にいいじゃん?」
「十弧ちゃんも私に隠し事をするの?」
 たった一言だった。普通に聞けば少し心が痛む程度の一言。しかし、その一言の背景に先程の知佳の目が見えた。ここで嘘を付けば十弧も孔と同じ目で見られる。
「・・・ごめんなさい。沖田と知佳のデートを尾行してました。脅されてたのはその時サングラスかけてマスクつけた姿を知佳に見せるぞって」
「何だ。そんな事くらい別に問題でもないよ。確かに尾行はされて嬉しい事じゃないけど、私を心配して着いてきてくれたんでしょ?」
 間違ってはいない。間違ってはいないが、十弧が知佳を尾行したのは自分の欲望に従ったからという意味合いが大きい。
「私、絶対に知佳の味方でいるから。何があっても知佳の味方だからね!」
「え?どうしたの急に。でも、ありがとう」
 誤魔化す為に知佳の手を強く握り心からの言葉を伝える。その言葉に知佳は嬉しそうに笑った。こうして親友の友情は更に強くなった。
  ◇
「知佳が、あの男が、好き。愛している?あり得ない」
 地面に倒れ込んだまま御手洗孔は小さく呟いていた。
「知佳が僕以外の男が好き?付き合う?結婚する?キスをする?そしてそれ以上も?」
 孔にとって最低最悪の想像をしてしまった自分をぶん殴りたい。そう孔は心の底から感じた。
「あり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ない」
 そうだ。知佳が孔以外の男と付き合うなど、あり得ない。
「ふふふ。そうか。知佳は脅されているんだ、あの男に」
 そして自分なりの解釈をした。
「ならばやはり!僕が知佳を救ってあげなくてはならない!!例え、あの男を殺してでも!!!」
 孔は誓った。
「待っていろ沖田蒼雨。僕の全てをもって、貴様を否定してやる」
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