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17話 侵入者 その1

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 市街地での模擬戦闘から1日が経過した。勝利を飾った智司たち4人のグループは、事実上Sランクの教室を覇権を握ったということになる。智司のトム教官を倒した事実などを考慮すれば当然のことではあるが、彼らは今日も日常運転を続けていた。

「おっす、智司。今日も良い天気で何よりやな」
「おはよう、ナイゼル。まあ、雨よりは晴れの方が気分的に好きだな」

 何気ない会話をしながら、智司とナイゼルは教室で挨拶を交わした。そこにリリーも加わる。

「おはよ、二人共」
「おう」
「おはよう、リリー」

 金髪でサイドテールが美しいリリーも彼らの輪に入って来た。まだまだ知り合って間もない彼らではあるが、予想以上に気が合うのか、自然な日常風景といった雰囲気を醸し出している。

「市街地戦からまだ、1日しか経ってないけど……なんか、雰囲気変わった気がしない?」

 そう言いながら、リリーは教室内を見渡す。デルトやマルコフ、イリスといった問題児も通常通り出席していたが、昨日までの威圧感は感じられない。市街地戦でのトム教官との戦いから何かを学んだのか、デルトの雰囲気が周囲への恐怖になっていないことが大きいのだろう。

「まあ、デルトの奴もプロの冒険者目指しとるんやからな。ここいらで、気持ちを切り替えてもええんちゃうか」
「プロの冒険者か……前にもそんな話出たけど、デルトの方が強いんじゃないの? ほらパワーマシンで1000オーバーは無理とか言ってただろ」

 智司は並みの冒険者はパワーマシンで1000という数値は出せないという話を思い出していた。

「中堅クラスの冒険者では無理や言うてたっけ? まあ、正しいやろうけど。必ずしも実力がデルトの方が勝ってるとも限らんやろ」
「誰が劣ってるだと?」

 そんな時に訪れたのは話題の張本人のデルトだ。言葉遣いに変化は見られないが、態度が軟化しているように感じられた。

「いや、お前の将来の志望である冒険者について話してただけや。やっぱ、冒険者連中は凄い連中が集まってるやろ?」
「そういうことか。ま、俺より強い奴なんざ、限られてるだろうがな」

 デルトは自信満々に言ってみせる。トム教官に模擬戦では敗れたが、彼の自信は曲がっていないようだ。今後、強くなり雪辱することを誓っているのかもしれない。

「いやいや、お前も分かっとるやろ? 上位の冒険者には化け物みたいな人も居るやん」
「……チーム「アルノートゥン」か」

 ナイゼルの言葉にデルトは間を置くことなく即答してみせた。ナイゼルが思い浮かべていた冒険者チームを言い当てたのだ。彼も頷いている。

「ああ、まずは最初に浮かぶチームやな。ソウルタワーの攻略を最も進めてる人らやし」
「ソウルタワーって、テルミス大陸の中央部のサーバン共和国領内にある塔よね。大気圏まで突き抜いている世界最古の建造物だとかなんとか」
「ここからでも拝めるとんでもない高さの塔やからな。まあ、霧のせいで見ることは出来へんけど」

 ナイゼルは言葉を発しながら窓の方へと顔を向ける。智司もそれにつられた。その方角に見えるのは、禍々しいとも言える霧……距離にしてどれだけ離れているのかは不明であるが、確かに遥か彼方にその霧のような異様な大気は観察することができた。

「ソウルタワーの攻略の為に、麓には大きな街まで作られているからな。俺も一度は行ってみたいわ」
「内部には凶悪な魔物も出るらしいが、俺が片付けてやる。塔の頂上に到達するのは、この俺だからな」

 デルトの表情は笑いながらも真剣だ。ソウルタワーの完全攻略はまだ、誰も実現していない最も名誉ある勲章の一つとされている。彼はその勲章を自分が手にすることを考えていた。

「卒業してタワーに挑んだとして……アルノートゥンの2人組に追いつくのは無理やろ。攻略してる階層が違い過ぎるし」
「それはそうだな。なら、アルノートゥンに入れば問題ねぇだろ。俺の実力で最強チームに入ってやるよ」

 デルトの目は真剣そのものだ。ナイゼルを始め、彼を嫌悪しているリリーもその目的を笑うことはしない。

「まあ、現役生で可能性がある奴は限られてるしな。お前はまだ、可能性がある方やと思うで」
「言われなくてもな。じゃあな」

 デルトはそこまで言うと、智司達の前から去って行く。その後ろ姿を智司は見ていた。

「ナイゼル、今の話は現実味があるのか? 俺には判断できないけど」
「無理やな、デルトの実力でも。俺もアルノートゥンの人らとの面識なんてないけどな。噂を聞くだけでも無理やとわかる」

 学内ランキング3位に属しているデルト。ナイゼルとしても彼の実力の高さはわかっている。それでも彼はきっぱりと否定してみせた。

「そうよね。ま、あいつの覚悟を笑う気にはなれなかったけど。けっこうしっかりした目標あるみたいだし」
「俺も目標見つけなあかんな、デルトの方がしっかりしとるで。あいつやったら、ソウルタワーの攻略チームには入れるかもしれんな」
「攻略チーム……塔に挑んでるのは何チームもいるわけか」

 智司は質問をしたわけではないが、ナイゼルの耳に入った為に彼は反応を示した。

「智司はソウルタワーのことも無知みたいやな。そんな実力秘めてんのに。まあ教えたろ」

 軽く咳ばらいをしてナイゼルは続ける。

「ソウルタワーは世界最古の建造物で太古の神々が造った物とされてるねん。それだけに攻略の危険度も大陸屈指や。だからこそ、一定以上の強さや功績を持っている冒険者以外の立ち入りは出来ん」
「つまりは、ソウルタワー攻略組になれる時点で、相当に強い冒険者ってことか」
「そうやな。この前はデイトナで、その攻略チームの1つの「ジアース」っていうパーティが病院送りにされた事件があってな。犯人は仮面の道化師みたいやけど、なかなか話題になっとるで」

「ソウルタワーだけでも情報量が多すぎるけど、それに加えて仮面の道化師か……なかなか気になることが多いね」
「そうやろ、ほんま世の中っておもろいよな~」
「あんたは陽気だし、いつも楽しいんじゃないの? ナイゼル先輩!」
「……小馬鹿にするときだけ先輩呼ばわりはやめてんか……」

 そんなやり取りで、朝の会話は弾んでいく。智司もそんな雰囲気を楽しみながら、ふとサラの姿がないことに気付いた。

「そう言えば、サラさんは?」
「サラやったら、仕事やで」

 ナイゼルは智司の質問に対して、彼女が普段座っている辺りを見ながら答えた。

「ああ、評議会の仕事か」
「評議会は正しいけど、南のヨルムンガントの森に行く言うてたな。なんか、新種の魔物の調査とかなんとか」
「……魔物の調査? サラさんが?」

 智司の表情は変化していた。その表情の変化はリリーやナイゼルを驚かせる。

「ちょっと、どうしたのよ、智司?」
「俺、なんか不味いこと言うたか?」
「い、いや……なんでもないよ。ゴメン」
「ああ、ええけどな。気にすんな。ヨルムンガントの森に奇妙な気配があるらしいで。それで調査に行ったわ。実際は昨日の時点で出発したんやけどな」

 昨日ということは、市街地戦の後に出発したことになる、距離がそれなりに離れているので、翌日に到着するにはそのくらいの方が確実ではあるが。しかし、智司の脳裏には不安の気持ちがよぎっていた。



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 非常に広大かつ入り組んだ地形で有名なヨルムンガントの森。多種多様な魔物が生まれる危険地帯として、アルビオン王国でも認知されるに至っており、領土内ながらも人の手による開拓はあまり進んでいない。

 しかし、この森にはバラクーダやサイコゴーレムという強力な魔物が存在している為、冒険者などが定期的に討伐に訪れてはいた。

 この度、訪れた者達は4名。アルビオン王国が誇る最高の意思決定機関であり、最強の者達で構成されている天網評議会のメンバーだ。

 最初に森の中へと入って来たのは、怒髪天を突くという言葉を体現したような黒髪を天に向かって伸ばした男。耳を覆う程の長さの髪を立てている為に、箒のような印象を拭えなかった。

 ノースリーブのシャツを身に纏い、黒のパンツを穿きこなしている。お洒落、というよりもその外見はスポーツマンのそれであり、彼の性格も暑苦しいものだった。

「ふははははっ! 本日はヨルムンガントの森か? 結構、結構!」

 箒のような髪形を有した筋肉質の男は大笑いをしている。腕を大きく組みながら、森の内部に目をやっていた。後方からは残りのメンバーが現れる。

「ランパード、うっさいから黙れ。あんたの言葉はいちいち暑苦しいのよ」

 ランパードと呼ばれた筋肉質の男。彼の名を呼んだのは隣に立つ紫色のローブを身に着けた女性だ。20代前半と思しき彼女はキューティクルが洗練された茶髪をしている。かなりの長髪であり、髪の毛は適度に縮れていた。

「わははははっ! まあそう言うな、エルメス! 俺は馬鹿だが、元気さと腕力だけがウリだからな!」

 ランパードは豪快に笑いながら上腕に力を込める。見事なまでに隆起した筋肉はすぐにでも服を貫通しそうに膨れ上がっていた。エルメスはそれを見て、しかめっ面をしながらそっぽを向いた。

「今回の仕事は、ハンニバルが感じたという凶悪な気配についてだ。新手の魔物の可能性もある。慎重に行くとしよう」

 リーダー格のニッグが二人に今回の仕事についての説明をする。ランパードは豪快に身体を動かしており、エルメスの表情は渋い。

「ハンニバル程度の言葉をそこまで信じていいの? どうせ杞憂に終わるでしょ」
「杞憂ならば、それに越したことはない」
「ふーん。評議会序列4位のあんたまで来る必要あるのかな」

 エルメスはニッグに言葉をかけながら、文句を言っていた。今回の対象不明の調査が戦力過剰であると言いたいのだ。

「まあ、後方支援でサラまで導入してるからな。エルメスの言いたいこともわからんでもないぜ。はははははっ」

 ランパードはエルメスの文句をある程度はわかっているようで、納得したように笑っている。エルメスは彼に同意されたところで嬉しくないのか、無視を決め込んでいた。

「ん? サラか。どうした?」

 そんな時、ニッグの通信機にサラからのメッセージが入って来た。彼女は後方からの遠隔監視を任務としている。

「ニッグ様、前方より魔物と思われる波動を感知しています。波動の波から推測して、バラクーダとサイコゴーレムと思われます。気を付けてください」
「報告ご苦労。万が一の為、お前も風の精霊を展開しておけ」
「承知いたしました」

 その段階で二人の通信は終了した。

「魔物?」
「ああ、バラクーダとサイコゴーレムの可能性が高いようだ」
「ほう、偶然にしては出来過ぎてるな。この広い森で……差し向けられたんじゃないのか?」

 そして、サラの推測通り、彼らの前には魚型の悪魔、バラクーダと石の巨人族に該当するサイコゴーレムの姿が確認できた。2体共、身長2メートルを超える巨漢のランパードよりもはるかに大柄だ。

「ギシャアアアア……!」
「ゴロロロロロロ」

 バラクーダとサイコゴーレムはそれぞれ特有の叫び声をあげながら、ニッグたち3人に近付いてくる。当然、彼らを見逃すつもりなどあるわけがない。

「差し向けられたものであれば、この凶悪な魔物を従える実力の者が居るということになる。それはかなり危険な事態だぞ」

 ニッグは顔色を変える様子はないが、警戒する言葉を口にしていた。この2体を従える程の敵……一体、どんな怪物なのか。

「確かにね。でも、それはあくまでも普通の冒険者目線で考えた場合でしょ? 私たち目線で考えた場合はこの程度の魔物、恐れる程じゃないわ」

「油断は禁物だが、エルメスの言う通りだぜ、ニッグ」

 眼前に迫るバラクーダとサイコゴーレムに挑むは評議会序列6位のエルメス・ブラウン。そして、同じく評議会序列8位のランパード・グリーンだ。

「問題はないだろうが、油断はするなよ」
「誰に言ってんのよ? この程度の魔物……何体来ても同じね」
「パワー勝負は俺に任せておけ、サイコゴーレムは頂くぜ」

 今宵現れた、ヨルムンガントの森の侵入者。この事象が、今後の命運を左右する大きな流れとなることは、誰にも予想できないものであった。一度、動き出した歯車を止めることは容易なことではないのだから。
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