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24話 天網評議会 その3
しおりを挟む「評議会メンバー3人の補充。おそらくは評議会発足以来、初めての事象と言えるでしょう」
アトモスは神妙な表情を浮かべながら話す。そこにはニッグ達に対する敬意と悲しみ、そしてシルバードラゴンに対する憎しみが渦巻いていた。
年齢などの問題で評議会を離脱する者は当然現れるが、基本的には同時期に2人以上抜けることはない。それだけに、完全に同時期に3人抜けることが如何に異常かを物語っていた。それほどに、歴代の者達も含めて評議会メンバーは強いのだ。
「強さは絶対条件だね。でないと、評議会の質が落ちることになる」
ネロが補充メンバーの条件について言葉を発した。彼の言葉は極端な見方と捉えられることもあるが、評議会は何よりも強さを重視している。それは過去も含めて同じことを意味していた。そうでなければ、他国への威嚇にならない為だ。
「もちろん、強さは絶対だ。それと並行して、評議会の気品に合う者であり、他国のスパイではない者。この辺りは絶対条件になるな」
「気品などは難しい問題でもあります。まずは、名の知れた人物を挙げて行くのはどうでしょう?」
アトモスの提案にダンダイラムを始め、皆が同意する。まずは、評議会に入れそうなメンバーの選定というわけだ。
「冒険者組合や傭兵団体といった各組織から選出するのが一般的かと思われます。私はあまり、詳しくはないですが……」
まだまだ実戦経験に乏しいサラは、他のメンバーに意見を促した。
「冒険者の中で有名な者といえば、アルノートゥンの二人組だろうな。ただし、あの二人の獲得は不可能だろう、使者を送るだけ無意味だ」
「ダンダイラムの意見は最もさね。彼らはソウルタワーの攻略で忙しいだろうし。そうでなくとも、断られそうだけどさ」
ダンダイラムとアナスタシアはそれぞれ口を開くが、その表情は固かった。冒険者はソウルタワーという目下のダンジョンがある為に、強者層の獲得が難しい状況なのだ。
「他の有名な冒険者も塔への挑戦者が多いさね。獲得は現実的じゃないね」
「では、傭兵団体の方はどうでしょうか?」
サラの言葉にアトモスが口を開く。心当たりがあるようだ。
「傭兵団体は血の気の多い者も居り、気品に欠ける印象ですが。ミリアムとボグスミートは相当に有名な人物ですね」
「彼ら、は、お金で動かせる」
ホアキンもその二人に心当たりがあるのかアトモスの言葉に頷いていた。
「アトモス、その二人は強いのかい?」
「はい、相当に。実際の強さは不明な部分もありますが、各地の紛争で、大きな功績を上げています。金で動くタイプではありますが、依頼主には忠節を尽くすとのこと。獲得を考えてよいかもしれません」
「まあ、事態は急を要するからね。十分な強さなら、とりあえずは使者を送った方がいいんじゃないかい?」
アトモスの言葉にはアナスタシアも同意気味で話した。彼らには選んでいる余裕がないのも事実だ。実力が伴っている者であれば、とにかく獲得に走る必要がある。
「では、ミリアムとボグスミート。二人の傭兵に使者を送るとしよう。異論はないか?」
ダンダイラムが採決を促した。会議室に居るメンバーで反対を表明する者は居ない。
「では、使者を送ることを決定する」
特に反論がなかった為に、ダンダイラムは決定事項として静かに言葉を発した。しかし、まだメンバーの補充には足りていない。さらに、確実に獲得できるとも限らないのだ。
「会議は一旦、やめないかい? サラを休ませないとね。誰を評議会メンバー候補にするかは私達だけでも十分さね」
アナスタシアは最も精神的に疲れているであろうサラを心配し提案した。そのことに異論が出るわけはない。
「そうですね。サラはしばらく評議会の仕事は忘れてもいいかもしれませんね」
「アトモス様? いえ、私は戦えますっ」
自分は戦力外であると判断されたと感じたのか、サラの声は大きくなった。しかし、アトモスは首を横に振っている。
「サラが戦力外だなんて思っていませんよ。君の遠隔監視は、今後の作戦でもかなり重要な役割を果たすだろう。来るべき時まで力を温存しておくのも評議会メンバーの務めですよ?」
アナスタシアの提案に賛同するようにアトモスもサラに労いの言葉をかけている。サラはアトモスの心情を感じ、自らの発言が的外れであったと理解した。
「申し訳ありません。お心遣い、感謝したします」
サラはアナスタシアとアトモスにお礼の言葉を述べた。
「さて、それでは会議自体は一旦、終了するという方向で。ニッグ、アメリア、ランパードを弔うため、黙祷を捧げようか」
ダンダイラムはサラに続くように話し出した。他の者達も頷き、目を閉じる。その後は、1分間の黙祷が続いた。そして、黙祷も終わりを迎え、彼らはそれぞれ目を開けた。
「ところで、今回の緊急招集にも参加していませんが、彼女は放っておいていいんですかね? いくら評議会序列1位とはいえ……」
唐突なアトモスからの言葉。彼は少々しかめた表情になっていた。周囲の者達も同じ考えなのか、彼の言葉に頷きで返している。
「彼女は最終手段の側面があるからな。評議会の話に出なくても問題はない。報告自体はアナスタシアに任せておくぞ」
「ああ、わかっているさね。ま、あいつは相当に気まぐれだからね。自分が気に入った事態にしか真面目に取り組まないし」
アトモスのセリフは皆が賛同していたが、ダンダイラムとアナスタシアの二人はいつもの事態ということが分かっているので「彼女」を責めるつもりは毛頭ないようであった。
評議会序列1位の「彼女」はその最高順位の立場からか、わがままを許されている節があるようだ。ネロはその事態を芳しくは思っていない・
「どうしたんだい、ネロ? あんまり納得いかない顔だね」
アナスタシアはネロの心情を読み取ったのか、いたずらっぽい笑みを浮かべていた。彼を軽く煽って見せる。
「僕としては納得できないさ。2位にはそんな特権はないからね。僕はこの中の誰よりも強い……それでも、何の特権もないなんて不公平だね」
ネロはとりあえず、アナスタシアの煽りに乗ってみせた。これは彼なりの冗談だ。現に何回もこの手のネタ話は評議会の会議では行われてきた。
「全く、困った奴だね。1位も2位も若いのが取り柄だけどさ。若いのをいいことに、わがまま言われると、私みたいな年寄りは困っちゃうよ」
「32歳で年寄りというのは私への当てつけか? 全く、これだから若い連中は」
アナスタシアの言葉を聞いたダンダイラムは大袈裟に腕を振り上げた。年齢は55歳を迎える彼だけに、他のメンバーが最大でも30代であることを考えると、どうしても目立つ。彼はそれを分かっていた為に、アナスタシアの言葉にすぐに反応したのだ。
「しかし、自信家なのはいいことだが、ネロ。謙虚な方が君にとっても、世渡りという意味合いでは上手く行くと思うぞ?」
「アトモス、無駄口が過ぎるな。お前くらいなら、僕は10秒もかからずに倒せる自信があるよ」
「……ほう? 言うじゃないか」
ネロの挑発的な言葉に、冷静なアトモスの表情が変わる。天網評議会は序列が大きな意味を持つ場でもある為に、ランシール学園の学内ランキングと同じく一触即発の可能性を多分に含んでいるのだった。
だが、一つだけ違うことがある。ほとんどの場合、決闘にはならないということだ。相手の強さはよく分かっているだけに、戦いになることは少ない。ネロも5位のアトモスを10秒程度で倒せる可能性は十分に秘めており、二人の実力差がよく分かる会話となっていた。
「そこまでにしておきな。これから、私たちはより一枚岩になることを強いられるさね。喧嘩なんてしている暇はないよ」
「ええ、わかりました」
「ふん……」
アナスタシアは騒動を鎮めるために言葉を放ったが、二人のにらみ合う雰囲気は消えていなかった。実際に戦えばネロが圧勝する為、アトモスとしても手を出す勇気はないとするのが正しい。
サラにとっては、ネロは同じ教室内のデルトに被る時が多かった。勿論単純な強さで考えても天地の差があるが、立ち位置や自信家という点では共通している。
「とりあえず、ここまでにはしておこうか。サラ、あとは私達で決めておくから。今は休んで学校生活を大切にしな。来るべき時に備えてしっかり準備も大事だけど、人生を謳歌するのも大切さね」
「アナスタシア様、ありがとうございます。それでは、お言葉に甘えさせていただきます」
サラは深々と頭を下げながら言った。彼女はすっかり、元の凛々しい少女に戻っている。アナスタシアを始めとした、評議会のメンバーが彼女に勇気を与えたのだ。来るべき戦闘は必ず訪れる。だが、今はまだその時ではない。サラはその事態がいつ来てもいいように、学園の仲間との時間を大切にしようと心に誓った。
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