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葉方萌生

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第三章 しのびよる気配

◾️八月三十一日日曜日Ⅰ

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 翌日十二時、Hisaさんと約束をとりつけた私は盛岡駅までやってきていた。
 昨日はあれから興奮冷めやらぬ状態で眠りについた。身体は疲れているけれど脳はまだアドレナリンがあふれている状態なのか、なかなか寝付くことができなかった。しまいに金縛りにまで遭ってしまって災難だった。金縛りが起きる時は大抵、身体は眠っているけれど脳が眠っていない状態なので、必死に深呼吸をして大声を出し、なんとか金縛りを解いて、眠りについた。
 
 そして、今日。

「こんにちは。もしかして、ヤミコさんでしょうか?」

 前方からやってきた六十代ぐらいの女性が声をかけてきた。白いブラウスに、紺色のテーパードパンツを履いている。髪の毛には少しだけ白髪が混ざっているが、まだまだ現役で働いていそうと思えるような風貌だった。

「は、はい。そうです」

「ああ、よかった。Hisaです。昨日は突然メールをしてすみません」

「いえ、こちらこそ。だいぶ昔のブログに残したコメントにご返信くださってありがたいです」

 頭を下げてお礼を伝えると、彼女は優しげに微笑んで、「早速だけれどお店に入りましょうか。お腹も空きましたし」と告げた。
 私たちは駅ビルの中にあるご飯屋さんコーナーに立ち寄った。先週も昨日も駅前のレストランに入ったが、駅ビルにもこんなにたくさん飲食店があったのかと驚く。
 一通りラインナップを確認したあと、定食屋さんに入った。和食が中心で、年配の方でも食べやすいかと思って私がリクエストをした。Hisaさんが快諾してくれたのでほっと安心して店内で案内された席につく。
 メニュー表を広げて、私は鯛茶漬け定食を、Hisaさんは漬けマグロ定食を注文した。温かいお茶が運ばれてきて一口啜る。夏場だけれど、冷房の効いた場所で飲む温かいお茶は思いの外美味しかった。

「改めて、初めましてヤミコさん。私の本名は石川久江いしかわひさえといいます。今年で六十二歳になります」

 あっさりと本名と年齢を告げられてちょっとばかり困惑した。どうしようかと悩んだが、私も素性を明かすことに。

「初めまして。藤島みよ子と申します。普段は東京に住んでいるのですが、清葉病院を調べるために、一週間前と昨日、二回こちらに来ました。母の実家が岩手なので、馴染みのある場所です」

 私の自己紹介を聞いたHisaさん——改め、石川さんは二度ほど眉をぴくりと持ち上げた。
 一度目は私が名乗ったとき。二度目は「清葉病院」の名前を出したとき。
 その反応だけで、何か思うことがあるのだろうということは明白だった。ブログによると、彼女は清葉病院で働いていたという。看護師または助産師である可能性が高い。受付という可能性もあるが、ブログの内容からして院長と親密にしているようだったから、前者だろう。

「藤島さんというのですね」

 石川さんがより気になったのは、私の名前のほうらしかった。

「はい。どうかされましたか?」

 清葉病院から藤島陽子の——母のカルテが見つかったので、もしかしたら、と思い至る。
 石川さんが患者だった母のことを覚えているかもしれない。   いや……そんなことあり得るのだろうか。患者って日々何人も来るものだろう。いくら妊婦健診で頻繁に顔を合わせているとはいえ、せいぜい数回程度。それだけで母のことを覚えているかどうかは怪しい。それも、二十五年も前の話だし。 
 疑問に思っていると、石川さんは「ごめんなさい。懐かしい名前だったもので」と眉を下げて微笑んだ。
 ちょうどその時、注文していた料理が運ばれてきた。ずいぶんと早い。ひとまず腹ごしらえをしようと「いただきます」と二人で手を合わせる。初対面の、しかも母と同じぐらいの年齢のひとと食事をとるなんて珍事すぎて、笑いそうになる。
 鯛茶漬けはだしがよく効いていて舌ざわりもよく、緊張していた身体をほどよく溶かしてくれた。コリッとした食感が残る、半分煮えた鯛も美味しい。ごまの風味が鼻から抜けて、久しぶりに美味しいものを食べているという実感が湧く。
 石川さんも同じように、微笑みながら漬けマグロ定食を口に運んでいる。赤くプリッとしたマグロにタレが絡んでこちらもとても美味しそうだ。
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