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第一章 噂の『はつ恋おわらせ屋』
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パン、パン、と姫華が両手を叩く音が境内に響き渡る。
福岡県福岡市博多区上川端町に鎮座する櫛田神社の本殿の前で、姫華は礼儀作法に則ってお願いごとを心の中でつぶやく。
どうか、仁くんのことを忘れられますようにっ。
というかいい加減、忘れろ私―!
博多の街の真ん中であまりにも陳腐な願い事を唱えてしまう自分に呆れを通り越して嫌気すらさしてくる。
お櫛田さんも呆れてないかな……。
ここ、櫛田神社は福岡三大祭りの一つである「博多祇園山笠」にて、山笠が奉納される神社である。
山笠の中心地はここ、櫛田神社だ。
博多祇園山笠では毎年六月から準備が始まり、七月十五日に一番の山場である「追い山笠」を迎えるまで、櫛田神社が中心となって博多の男たちが一丸となり、盛り上がる。博多で生まれ育った人なら誰もが知っている有名なお祭りだ。
博多祇園山笠の要となる櫛田神社は、博多っ子からは「お櫛田さん」の愛称で親しまれる、博多の総鎮守である。
そんなたいそうな神社で、願うことが「初恋の人を忘れさせてください」だなんて。我ながら笑える——と姫華は苦笑した。
なぜ、姫華が櫛田神社でそんな願いを唱えているのかと言うと、この辺り——博多の中心地である中洲と、博多川を挟んで東側のこの場所、川端町付近で聞いたとある噂のせいだ。
“中洲付近のとある路地裏の道に、「初恋を終わらせてくれる」変わった店がある”こと。
そのお店があるのは、正確には中洲ではなく川端町だが、全国的な知名度的に中洲のほうが有名なので、みんなの認識の中では「中洲」になっている。
その珍権な噂を聞いたのは、姫華が通っている博多南高校の三年二組教室での出来事だった。
「姫華~昨日真島くんが一組の木畑さんと一緒に帰ってるとこ見たよ」
「え!?」
気だるげな数学の授業を終えて昼休みにさしかかり、お弁当の蓋を開けた瞬間、目の前に座っていた親友の智咲がとんでもない爆弾を投下してきた。
「そ、それ本当に……? 仁くんが木畑さんと……」
「本当だって、あの美人を見間違えるわけないやん! なんかお似合いって感じで、見てるだけで美しかったわ。……て、姫華、大丈夫?」
「う、うん……大丈夫……」
智咲は姫華の目の前で手をひらひらとさせて、姫華の焦点が合っているかどうか確認しているようだった。「大丈夫」と口にしたけれど、動揺しすぎて心臓がドクドクと痛いぐらいに脈打っているし、きっと姫華の顔はひどいあほヅラになっていたと思う。
「いやぁ、姫華もさ、自分に見向きもしないやつのことなんか忘れて新しい恋始めよ? 華の女子高生生活も今年で終わるっちゃけんさー」
「そ、そうやね……新しい恋」
正直、智咲の言葉が右耳から左耳へとするりと抜けていって、彼女の言う「新しい恋」などとうに始められそうもない。
仁が一組の木畑さんと仲良く肩を並べて帰っているところを想像すると、姫華は胸がじわりと痛くて仕方がなかった。
真島仁——姫華の初恋の人で、二度告白をして、二回とも振られている。
三年間同じクラスで、今日だって彼の背中を見ながら退屈な授業をしのいできた。今は食堂でご飯を食べているのか、教室にいない。薙刀部でキャプテンをしている彼は夏の大会に向けて忙しそうにしているけれど、今は中間テスト前だから、部活はお休みなのだろう。彼が薙刀を振るう姿を何度か見たことがあるが、あまりの格好良さに失神してしまいそうになった。
一年生のクラスで席が隣になって、よく喋るようになってから密かに恋心を抱いていた。引っ込み思案でオタクで友達も少ない姫華が、唯一仁とは普通に他愛もない会話をすることができた。男子の友達なんてそれまでの人生で一人もいなくて、だからこそ普通に会話をしてくれる仁は特別な存在だった。が、一年の終わりに姫華は振られた。
一年間募らせてきた想いを口にすると、仁はひどくばつが悪そうな表情で、「ごめん」と謝ってきた。
『俺、東雲とは良い友達やと思っとった』
友達。
本来なら温かさすら孕んだその言葉が、そのときの自分にとってはどんな悪口よりも痛く、苦しかった。
こうして姫華の初恋は儚く散っていったと思われたものの、仁とはその後二年生でも三年生でも同じクラスになり、その間に振られたショックも和らいで、再び“友達”として仲良くさせてもらっていた。
そして、三年生の春、先月の出来事。
『やっぱり私、まだ仁くんのことが好きです……。仁くんの気持ちは変わっとらん……?』
『……ごめん』
振られた。二度目の告白に、二度目の玉砕を迎えた姫華は、惨めな気分に浸りつつ、これからはもう仁のことを陰からそっと見守ろう。そして、卒業までひっそりと生きていこうと誓ったというわけだ。
それなのに、仁が他の女子と並んで歩いて帰っているという話を聞いて、こんなにも胸が抉られるような心地がしている。
結局私、仁くんのこと忘れられないんだ……そう気づいて、親友の智咲の前で鼻水をずずっと啜った。
福岡県福岡市博多区上川端町に鎮座する櫛田神社の本殿の前で、姫華は礼儀作法に則ってお願いごとを心の中でつぶやく。
どうか、仁くんのことを忘れられますようにっ。
というかいい加減、忘れろ私―!
博多の街の真ん中であまりにも陳腐な願い事を唱えてしまう自分に呆れを通り越して嫌気すらさしてくる。
お櫛田さんも呆れてないかな……。
ここ、櫛田神社は福岡三大祭りの一つである「博多祇園山笠」にて、山笠が奉納される神社である。
山笠の中心地はここ、櫛田神社だ。
博多祇園山笠では毎年六月から準備が始まり、七月十五日に一番の山場である「追い山笠」を迎えるまで、櫛田神社が中心となって博多の男たちが一丸となり、盛り上がる。博多で生まれ育った人なら誰もが知っている有名なお祭りだ。
博多祇園山笠の要となる櫛田神社は、博多っ子からは「お櫛田さん」の愛称で親しまれる、博多の総鎮守である。
そんなたいそうな神社で、願うことが「初恋の人を忘れさせてください」だなんて。我ながら笑える——と姫華は苦笑した。
なぜ、姫華が櫛田神社でそんな願いを唱えているのかと言うと、この辺り——博多の中心地である中洲と、博多川を挟んで東側のこの場所、川端町付近で聞いたとある噂のせいだ。
“中洲付近のとある路地裏の道に、「初恋を終わらせてくれる」変わった店がある”こと。
そのお店があるのは、正確には中洲ではなく川端町だが、全国的な知名度的に中洲のほうが有名なので、みんなの認識の中では「中洲」になっている。
その珍権な噂を聞いたのは、姫華が通っている博多南高校の三年二組教室での出来事だった。
「姫華~昨日真島くんが一組の木畑さんと一緒に帰ってるとこ見たよ」
「え!?」
気だるげな数学の授業を終えて昼休みにさしかかり、お弁当の蓋を開けた瞬間、目の前に座っていた親友の智咲がとんでもない爆弾を投下してきた。
「そ、それ本当に……? 仁くんが木畑さんと……」
「本当だって、あの美人を見間違えるわけないやん! なんかお似合いって感じで、見てるだけで美しかったわ。……て、姫華、大丈夫?」
「う、うん……大丈夫……」
智咲は姫華の目の前で手をひらひらとさせて、姫華の焦点が合っているかどうか確認しているようだった。「大丈夫」と口にしたけれど、動揺しすぎて心臓がドクドクと痛いぐらいに脈打っているし、きっと姫華の顔はひどいあほヅラになっていたと思う。
「いやぁ、姫華もさ、自分に見向きもしないやつのことなんか忘れて新しい恋始めよ? 華の女子高生生活も今年で終わるっちゃけんさー」
「そ、そうやね……新しい恋」
正直、智咲の言葉が右耳から左耳へとするりと抜けていって、彼女の言う「新しい恋」などとうに始められそうもない。
仁が一組の木畑さんと仲良く肩を並べて帰っているところを想像すると、姫華は胸がじわりと痛くて仕方がなかった。
真島仁——姫華の初恋の人で、二度告白をして、二回とも振られている。
三年間同じクラスで、今日だって彼の背中を見ながら退屈な授業をしのいできた。今は食堂でご飯を食べているのか、教室にいない。薙刀部でキャプテンをしている彼は夏の大会に向けて忙しそうにしているけれど、今は中間テスト前だから、部活はお休みなのだろう。彼が薙刀を振るう姿を何度か見たことがあるが、あまりの格好良さに失神してしまいそうになった。
一年生のクラスで席が隣になって、よく喋るようになってから密かに恋心を抱いていた。引っ込み思案でオタクで友達も少ない姫華が、唯一仁とは普通に他愛もない会話をすることができた。男子の友達なんてそれまでの人生で一人もいなくて、だからこそ普通に会話をしてくれる仁は特別な存在だった。が、一年の終わりに姫華は振られた。
一年間募らせてきた想いを口にすると、仁はひどくばつが悪そうな表情で、「ごめん」と謝ってきた。
『俺、東雲とは良い友達やと思っとった』
友達。
本来なら温かさすら孕んだその言葉が、そのときの自分にとってはどんな悪口よりも痛く、苦しかった。
こうして姫華の初恋は儚く散っていったと思われたものの、仁とはその後二年生でも三年生でも同じクラスになり、その間に振られたショックも和らいで、再び“友達”として仲良くさせてもらっていた。
そして、三年生の春、先月の出来事。
『やっぱり私、まだ仁くんのことが好きです……。仁くんの気持ちは変わっとらん……?』
『……ごめん』
振られた。二度目の告白に、二度目の玉砕を迎えた姫華は、惨めな気分に浸りつつ、これからはもう仁のことを陰からそっと見守ろう。そして、卒業までひっそりと生きていこうと誓ったというわけだ。
それなのに、仁が他の女子と並んで歩いて帰っているという話を聞いて、こんなにも胸が抉られるような心地がしている。
結局私、仁くんのこと忘れられないんだ……そう気づいて、親友の智咲の前で鼻水をずずっと啜った。
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