博多はつ恋おわらせ屋〜シロヘビさんの幸運結び〜

葉方萌生

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第一章 噂の『はつ恋おわらせ屋』

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「新しい恋なんてできる気がせん。仁くんのこと諦めれんもん……」

 胸の奥底から湧き上がってくる弱音を吐くと、智咲は目を丸くしたあと、「そっか、ごめん」と小さくつぶやいた。

「姫華がそこまで真島くんのこと想っとるなんて知らんかった」

「え? いつも話しとったやん」

「そおやけど。でも二回振られても諦められんぐらい好きやったなんて。無神経なこと言ってほんとごめん」

「いや、智咲が謝ることじゃ」

 そうだ。これは、振られても仁のことを忘れられない姫華の心の問題だ。智咲が今日、仁くんと木畑さんのことを教えてくれたおかげで、自分がどれだけ未練たらたら女なのかということが分かってむしろ感謝しなくちゃいけない。

「そうだ、それならさ」

 突然智咲が何か妙案を思いついたかのように、姫華に耳打ちをする仕草をした。周りをきょろきょろと見回して、近くで自分たちの話を聞いている人がいないかを確認する。そんなに誰かに聞かれるとまずい話なんだろうか。智咲のほうに耳を貸すと、彼女はそっとこう囁いた。

「中洲のほうに、初恋を終わらせてくれるお店があるって噂、知っとー?」

「へ?」

 予想の斜め上から飛んできたような話に、姫華は戸惑いを隠せない。
 初恋を終わらせてくれるお店?
 なんだその胡散臭い店は。
 
「い、いや、知らんよ。ていうか何それ、占い? あやしい店ってこと?」

「占いではないと思うよ。どっちかっていうと魔術? いや、詳しいことは私も知らんけん、なんとも言えんけど。とにかくそこの店主が、“忘れられない恋を終わらせてくれる”っていう噂がSNSで流れてた」

「まじで。なんかほんと胡散臭いんですけど……」

 正直、姫華は智咲の話をどう受け止めればいいか分からず困惑していると、智咲が自身のスマホを取り出して、「ほら!」と、とあるXの投稿を見せてきた。

【噂の中洲の『はつ恋おわらせ屋』、本当に実在しました! 外観はこんな感じ】

 京都の町家のような木造の建物の写真とともに添えられたキャプションにはそう書かれていて、姫華はじっとその投稿を見つめる。
 お店の上の木彫りの看板には堂々と『博多はつ恋おわらせ屋』と彫られていて、いかにも本物・・ぽい演出がされている。木製の扉の横には観葉植物と立て看板が置かれていた。格子戸の扉の隙間から暖かそうな橙色の光が漏れている。一見すると和食のお店に見えるその店は、けれど確かに看板は『はつ恋おわらせ屋』なのだ。

『はつ恋おわらせ屋』に関するXの投稿は他にも散見されていたけれど、【ここで忘れられない初恋を忘れさせてくれるらしい】とか、【最近できたお店だって。行ってみようかな】とか、あくまで“噂”程度の内容ばかりだった。実際に利用したという人の声は見受けられない。

「ここ、本当に初恋を終わらせてくれるお店? 利用したって書いてる人おらんけど」

「新しいお店やからやない? それとも、利用したことを誰にも言っちゃいかんとか、そういうルールでもあるのかも」

「いやあ、信じれん。だいたい人の記憶を忘れさせるとか、そんなこと科学的にできるわけないやん」

「そう思うならまあ、行かなきゃいいだけやん。私は、姫華が真島くんのことで困っとるんやないかって思って教えただけやけんね」

 智咲は「やれやれ」と呆れた様子でスマホを制服のポケットにしまい込んだ。

「行くも行かんも、姫華次第やけん。あ、でももし行ったら本当に真島くんのこと忘れられたか教えてねー。もし真島くんのこと忘れたらさ、姫華、恋愛のこと見ず知らずの人にSNSで相談せんでもよくなるっちゃない?」

「うげ」

 智咲に言われた言葉がダイレクトに胸に響く。仁との恋愛の悩みを、SNS——それこそXであれこれと見知らぬフォロワーたちに吐き出しては励ましてもらっていることを、智咲は知っているのだ。裏垢だし仁の名前は出していないからばれていないと思っていた。だが、女子高生のリサーチ力を侮るべからず。誰にもばれたくない自分の秘密が親友に知られていると知って、恥ずかしいことこの上ない。

「そういうわけで、一応教えたけんね!」

 いたずらっ子のような笑みを浮かべる智咲は、最初から『はつ恋おわらせ屋』の話をしたくて仕方がなかったのだと見た。
 確かに不思議な店だと思うし、SNSで噂になるぐらいには認知度の高い店なんだろう。
 いや、でもねえ……さすがに、初恋の人を忘れられるなんてそんな話、信じられるわけがない。姫華は、仁のことを想いながらこれからも高校三年生の一年を過ごして、大学生になったら新しい恋に励むんだ。
そうだ、環境さえ変わればきっと大丈夫! 
と根拠のない自信を胸に、智咲から聞いた話はいったん胸の奥にしまうことにした。
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