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第二章 長すぎた初恋
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姫華が『はつ恋おわらせ屋』を訪れてから二週間が経った。
五月もあと一週間というところ、凪は『はつ恋おわらせ屋』の中央のテーブル席に座り、『白蛇の鱗』を丁寧に磨いている。姫華はあれから、学校終わりや休日に事あるごとに凪の元へ訪れていた。
月曜日の今日も、学校帰りにお店にやってきたというわけだ。
「でさー、今日は智咲が中学時代の友達と男女でカラオケ行くから、姫華も来なよって誘われたんだけど、なんか行く気が起きなくて~。“新しい出会いあるかもよ”って言われたっちゃけどねえ……。いくら親友の友達でも、知らん人と一緒にカラオケって行ける!? それに私、もうキラキラ女子高生装うのやめたし。大勢でカラオケって正直苦手なんよ」
凪の斜め向かいの席に座る姫華は、ぐちぐちと学校の友達との出来事を話す。凪は「へえ」とか「そっか~」とか適当な相槌を打つ。これが最近の凪と姫華の日常だ。凪は姫華の話を聞いていないようで、実はちゃんと頭の中で整理して聞いている。姫華もそんな凪のことを信頼してるので、日常のことや勉強のことまでいろいろな相談を凪にしてくるのだ。
「苦手なら行かなくて正解やん。それよりさ、姫華が好きな漫画やアニメの話聞かせてよ」
『白蛇の鱗』を磨き終わった凪がぱっと明るい表情で姫華に話しかける。自分の興味のある話題を振られた姫華は途端に胸が弾んで、「ふふん」と得意げに語りだす。
「最近ハマってるのはね、『おれの青春戦争』っていうアニメ! “青春”したいっていう男の子が主人公なんやけど、彼が好きな子に告ったり友達から遊びに誘われたりした時に邪魔をする“あやかし”が現れるの。そのあやかしと“青春”をかけて闘いが繰り広げられるっていう内容。コミカルだし青春っぽいことをできない高校生の叫びみたいなのが詰まってて面白いっちゃんね~」
自分の好きなものを嬉々として語り出した姫華を見て、凪は楽しい気持ちになる。凪が興味津々で姫華の話を聞くので、姫華はいつも好きなものを語るのをやめられなくなってしまうのだ。
「でね、毎回出てくるあやかしも——」
続きを話そうとしたところで、『はつ恋おわらせ屋』の扉がギイっと開かれて、「失礼しまぁす」というか細い女の人の声が響いた。
凪と姫華が同時に入り口のほうに視線を向ける。そこには、フリフリのレースの桃色ワンピースを着て、髪の毛をメイド風にツインテールにした二十代前半ぐらいの女性が立っていた。令和の時代では見ない格好だな、と凪は不思議がる。姫華が「この時代にもまだいたんだ」とつぶやくのを聞いて、凪はそういうものかと納得する。
「あのぉ、ここで初恋を終わらせてくれるって聞いたっちゃけどぉ」
ねばっこい喋り方をするその女性に、臆することなく凪が「はい、そうやけど」といつものタメ口で答える。
「ねえ、それって“推し”の相手でもいいと?」
「推し……?」
凪の頭の上に「?」が浮かぶ。見かねた姫華が「芸能人とかアイドルとか漫画アニメのキャラクターで特に好きだって思っている人のことだよ」と耳打ちする。凪には時々こういう常識的な知識がないことがあり、この二週間で姫華はそのことに気づいていた。
姫華の説明を聞いて、凪は「なるほど」と頷いた。
「初恋の相手なら誰でもいいよ。でも、初恋を終わらせたらその人のことは完全に忘れるけど、それでもよか?」
『はつ恋おわらせ屋』で依頼を受ける際、凪は必ずこの質問をする。姫華も確認されたことだ。大事なことなので、この説明なしに儀式を執り行うことはできないのだ。
凪の問いかけに、ゴスロリの女の子は「えっ」と目を丸くする。
「推しのこと忘れると……? え~それはやだ!」
どうやらこの女性は単純に推しに初恋をしてしまったから、その恋する気持ちを終わらせたかっただけで、推しのことを忘れるという条件は受け入れられなかったらしい。
途端に張り詰めたような表情になって、くるりと踵を返した。
「推しのことを思うと苦しくて苦しくて仕方がなくて、ここならなんとかしてくれると思っとったのにっ! 忘れるなんて聞いてなかった! さよならっ」
ぴしゃり、と勢いよく扉が閉められると、静かな室内にきんきんと響いていた女性の声がまだ残っているかのような錯覚に陥った。
「……なんだか勝手やね」
姫華が思ったことをボソリとつぶやく。
さっきの女性は、『はつ恋おわらせ屋』のルールも知らないで、「なんとかしてくれると思って」と勝手に期待をして、初恋の人を忘れるという条件があると知ると、裏切られた気分になって怒って出て行ってしまったのだ。
「しゃーないよ。初恋の人を忘れちゃうって言われて尻込みせんのは姫華ぐらいやろ」
「え、何よその言い方~。まるで私が変わり者みたいやんか」
「姫華は変わり者やって。私みたいな“シロヘビ”と仲良くしてくれるっちゃもん」
凪がそう言いながら、シロヘビの赤い舌をペロリと出した。
けなされているようだけれど、褒められているような気分にもなって、姫華は照れくさい気持ちになった。
「でも確かに、初恋の人を忘れるのは大丈夫やったとして、凪さんがシロヘビになった姿見て逃げ出した人もおるやろ。私の後に依頼受けた人っておると?」
「おらんねえ」
凪はなんでもないことのように、にひひと笑いながら答える。「そうやと思った」と、呆れながら、姫華はスマホでXの画面を開いた。
検索窓に「博多 初恋 おわらせ屋」と適当なワードを打ち込む。その姿を、凪は純粋なまなざしでじっと見つめていた。
姫華が『はつ恋おわらせ屋』を訪れてから二週間が経った。
五月もあと一週間というところ、凪は『はつ恋おわらせ屋』の中央のテーブル席に座り、『白蛇の鱗』を丁寧に磨いている。姫華はあれから、学校終わりや休日に事あるごとに凪の元へ訪れていた。
月曜日の今日も、学校帰りにお店にやってきたというわけだ。
「でさー、今日は智咲が中学時代の友達と男女でカラオケ行くから、姫華も来なよって誘われたんだけど、なんか行く気が起きなくて~。“新しい出会いあるかもよ”って言われたっちゃけどねえ……。いくら親友の友達でも、知らん人と一緒にカラオケって行ける!? それに私、もうキラキラ女子高生装うのやめたし。大勢でカラオケって正直苦手なんよ」
凪の斜め向かいの席に座る姫華は、ぐちぐちと学校の友達との出来事を話す。凪は「へえ」とか「そっか~」とか適当な相槌を打つ。これが最近の凪と姫華の日常だ。凪は姫華の話を聞いていないようで、実はちゃんと頭の中で整理して聞いている。姫華もそんな凪のことを信頼してるので、日常のことや勉強のことまでいろいろな相談を凪にしてくるのだ。
「苦手なら行かなくて正解やん。それよりさ、姫華が好きな漫画やアニメの話聞かせてよ」
『白蛇の鱗』を磨き終わった凪がぱっと明るい表情で姫華に話しかける。自分の興味のある話題を振られた姫華は途端に胸が弾んで、「ふふん」と得意げに語りだす。
「最近ハマってるのはね、『おれの青春戦争』っていうアニメ! “青春”したいっていう男の子が主人公なんやけど、彼が好きな子に告ったり友達から遊びに誘われたりした時に邪魔をする“あやかし”が現れるの。そのあやかしと“青春”をかけて闘いが繰り広げられるっていう内容。コミカルだし青春っぽいことをできない高校生の叫びみたいなのが詰まってて面白いっちゃんね~」
自分の好きなものを嬉々として語り出した姫華を見て、凪は楽しい気持ちになる。凪が興味津々で姫華の話を聞くので、姫華はいつも好きなものを語るのをやめられなくなってしまうのだ。
「でね、毎回出てくるあやかしも——」
続きを話そうとしたところで、『はつ恋おわらせ屋』の扉がギイっと開かれて、「失礼しまぁす」というか細い女の人の声が響いた。
凪と姫華が同時に入り口のほうに視線を向ける。そこには、フリフリのレースの桃色ワンピースを着て、髪の毛をメイド風にツインテールにした二十代前半ぐらいの女性が立っていた。令和の時代では見ない格好だな、と凪は不思議がる。姫華が「この時代にもまだいたんだ」とつぶやくのを聞いて、凪はそういうものかと納得する。
「あのぉ、ここで初恋を終わらせてくれるって聞いたっちゃけどぉ」
ねばっこい喋り方をするその女性に、臆することなく凪が「はい、そうやけど」といつものタメ口で答える。
「ねえ、それって“推し”の相手でもいいと?」
「推し……?」
凪の頭の上に「?」が浮かぶ。見かねた姫華が「芸能人とかアイドルとか漫画アニメのキャラクターで特に好きだって思っている人のことだよ」と耳打ちする。凪には時々こういう常識的な知識がないことがあり、この二週間で姫華はそのことに気づいていた。
姫華の説明を聞いて、凪は「なるほど」と頷いた。
「初恋の相手なら誰でもいいよ。でも、初恋を終わらせたらその人のことは完全に忘れるけど、それでもよか?」
『はつ恋おわらせ屋』で依頼を受ける際、凪は必ずこの質問をする。姫華も確認されたことだ。大事なことなので、この説明なしに儀式を執り行うことはできないのだ。
凪の問いかけに、ゴスロリの女の子は「えっ」と目を丸くする。
「推しのこと忘れると……? え~それはやだ!」
どうやらこの女性は単純に推しに初恋をしてしまったから、その恋する気持ちを終わらせたかっただけで、推しのことを忘れるという条件は受け入れられなかったらしい。
途端に張り詰めたような表情になって、くるりと踵を返した。
「推しのことを思うと苦しくて苦しくて仕方がなくて、ここならなんとかしてくれると思っとったのにっ! 忘れるなんて聞いてなかった! さよならっ」
ぴしゃり、と勢いよく扉が閉められると、静かな室内にきんきんと響いていた女性の声がまだ残っているかのような錯覚に陥った。
「……なんだか勝手やね」
姫華が思ったことをボソリとつぶやく。
さっきの女性は、『はつ恋おわらせ屋』のルールも知らないで、「なんとかしてくれると思って」と勝手に期待をして、初恋の人を忘れるという条件があると知ると、裏切られた気分になって怒って出て行ってしまったのだ。
「しゃーないよ。初恋の人を忘れちゃうって言われて尻込みせんのは姫華ぐらいやろ」
「え、何よその言い方~。まるで私が変わり者みたいやんか」
「姫華は変わり者やって。私みたいな“シロヘビ”と仲良くしてくれるっちゃもん」
凪がそう言いながら、シロヘビの赤い舌をペロリと出した。
けなされているようだけれど、褒められているような気分にもなって、姫華は照れくさい気持ちになった。
「でも確かに、初恋の人を忘れるのは大丈夫やったとして、凪さんがシロヘビになった姿見て逃げ出した人もおるやろ。私の後に依頼受けた人っておると?」
「おらんねえ」
凪はなんでもないことのように、にひひと笑いながら答える。「そうやと思った」と、呆れながら、姫華はスマホでXの画面を開いた。
検索窓に「博多 初恋 おわらせ屋」と適当なワードを打ち込む。その姿を、凪は純粋なまなざしでじっと見つめていた。
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