岩にくだけて散らないで

葉方萌生

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第八話 嫉妬

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 雨の日の竜太刀岬は危険だ。岬に近づきすぎると、風雨に足をさらわれてしまうかもしれないから、できるだけ近づかないようにしていた。でも今日は、大事な撮影だからと細心の注意を払って、岬のそばまで歩いていく。やがて予想通り雨がぽつぽつと降り始めた。カッパを着て機材を濡らさないように守る蓮と、雨なんて関係ないっていうノリで歩く私。蓮は私を見てぷっと吹き出して笑った。

「なんか風間さん、本物になってきたなあ」

「え?」

「だってさ、雨降っても全然動じんもん。すげえなあ」

「そう、かな。都会だと身なりとか服装とか気にしちゃうけど、田舎ってさ、あんまり人に会わないし、そういうのどうでもよくなる」

「そおかそおか。人としていいか悪いか分からんけど、モデル的にはばっちりや」

 貶しているのか褒めているのか分からないふうに蓮が言うので、私はむっとしてしばらくは素直な表情に戻れなかった。でもその間も、雨に打たれる私の顔を、腕を、足を、蓮は撮り続けた。暗い雲に比例するように、青かった海は灰色に変わっていく。私なんかよりよっぽど素直な海の色だ。

「おお、いいね。その表情。雨がいい感じや。今度は手を大きく広げて。視線は外して——」

 蓮と私が撮っているのは、都会からこの町に引っ越してきた少女が自分の心の傷と向き合い、羽ばたいていく、というようなストーリーだ。ストーリーと言っても会話やナレーションが入るわけではなく、映像と音楽だけで作り上げる。少女が何を思い、感じているのかは視聴者の想像にお任せするという方針だ。
 蓮が私を見て、インスピレーションを得た作品だ。ほとんどそのままの私、ということになる。だから私は気負わずにありのままの自分で、撮影に挑むことができていた。

「よし、今日はここまでにしよう」

 雨がかなりひどくなってきたので、蓮はカメラをしまった。私も、これ以上続けたら風邪を引いてしまうかもしれないと思っていたのでちょうどよかった。
 私たちはその辺の屋根のある建物の下まで行き、蓮はカッパを脱いだ。鞄からタオルを取り出すと、私の方に差し出してくれた。

「ありがとう。タオルなんて持ってたんだ」

「そや。いつ何時でも雨に濡れる可能性があるけん。こういうのは持ち歩いておくと便利なんよ。服、濡らしてしま
ってごめんな」

「ううん、大丈夫。家に帰ったらすぐ着替えられるし」

 私は蓮から受け取ったタオルで全身を拭きながら、ポケットの中にスマホを入れたままにしていることに気づいた。しまった。雨に濡れて壊れてたらどうしよう、と恐る恐る画面をタップしてみると、スマホは意外にも生きていた。さすが、最新機器だと感心していると、蓮が私のスマホを覗き込んでいることに気づいた。

「さっき、幼なじみの子から連絡が来とったんやろ」

「え?」

 とっさのことで、私はハッとして蓮の方に顔を向けた。蓮はまっすぐな瞳で私を見据えている。

「うん、来てた。でもなんで知ってるの?」

「そんなのすぐに分かるよ。風間さんの表情を見てれば、俊ってやつから連絡が来たんだって。俺、風間さんのことずっと撮ってるんだ。俊のことを考えてる風間さんの顔は、他のどの瞬間とも違う」

 蓮の言葉は、俊の言葉とは全然違う。
 蓮は出会った時から私のことをカメラ越しに見ていて、でもだからこそ私の細かい表情の変化や機微に気づいてくれる。蓮は私のことを、単なる撮影対象としか見ていないのとは違うような気がして、私は自分の鼓動が速くなるのを感じた。

「まだ返信できてないんやない?」

 蓮にそう言われ、私は俊とのトーク画面を開く。
 元気にしてる? という俊からの問いかけが来てから約二時間。私は、先ほど返信しかけていた文に続きを打った。

「うん、撮影中。俊のサッカー、また見たいな。撮影してるとね、竜太刀岬の自然みたいだなって思うの。波と岩が殴り合って、荒くて痛いのに、止まらないの。俊と話してると私、なんでか胸の一番真ん中が、波みたいに激しく揺れる。だけど、もっと話したいって、思う。止まらなく、なる」

 送信ボタンに触れながら、自分が俊に向けた文章を口に出していることに気がつき、はっと口を抑える。蓮に余計なことを聞かれてしまって恥ずかしい。

「……俺さ、本当はさっき、わざと風間さんが俊に返信できないうちに声かけたんよ」

「え?」

 蓮の目が私を見て震えているみたいに揺れていた。目が震えることなんてないはずなのに私にはそう映った。

「卑怯やろ。知らん間に、俊に、嫉妬してたんかもしれんな」

「……」

 蓮はそれだけ言い捨てると、「これ、持っていき」と行って私に折り畳み傘をくれた。用意周到すぎて本当に驚かされる。私は震える手で傘を受け取ると、再びカッパを着て颯爽と建物の下から走り去ってしまった。

「嫉妬して……」

 その言葉の意味するところを考えると、今度は胸の端っこの部分が、刺されたように痛かった。私は蓮から受け取った折り畳み傘を開き、自宅の方へと歩き出す。時々雨でぬかるんだ地面に、足を取られそうになるのにも、体勢を整えて回避するのにも、とっくに慣れてしまっていた。
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