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第十五話 再会
しおりを挟む竜太刀岬から離れて、自宅へと続く坂道を一人歩いていく。
吹き始めたばかりの春風が、今、初めて暖かく感じている。四月になればもう、撮影で駆け回った竜太刀の町から出ていくなんて、およそ非現実的にも思えた。
潮の香りを全身で感じながら、あと一つ、角を曲がれば自宅に到着する。帰ったら写真の整理でもしよう——と考えていた時だ。
「凛!」
後ろから大声で名前を呼ばれて、私はすっと足を止めた。
そんな、嘘だ。
懐かしい、ここでは聞くことのできるはずのない声。
引力に引っ張られるかのように、ゆっくりと振り返った私は、肩で息を切らしながらこちらに近づいてくる俊の姿に、心臓が跳ね上がった。
「やっと見つけた……凛、どこにいるか全然分かんなくて。この辺、細い道も多くて、見つけ出せるか不安だった。凛の高校に行ってみたけどいなかったから、町中を、走った」
「しゅ、俊、どうしてここに?」
八百キロメートル離れた東京にいるはずの俊が、竜太刀に存在していることが信じられなくて、まるで二次元世界
を切り取ったかのような感覚に襲われた。
「今日、卒業式だったろ。だから、おめでとうって言いたくて」
「ありがとう。って、それだけのために……?」
卒業おめでとう、なんて、電話だけでもすぐに伝えられてしまうぐらいの言葉だ。それなのに俊は、わざわざ時間とお金をかけて私に会いにきてくれた。その意味を、私は知りたかった。
私だって今、本当は俊に会いたくてたまらなかったから。
「いや……それだけじゃない。動画の感想、伝えてなかったと思って」
「動画って、『岩にくだけて散らないで』の?」
「ああ」
そうだ。確かに私は俊に、完成した動画を送っていた。でも、俊は直接伝えたいから、とまだ感想を言ってくれていなかった。もうすっかり忘れていると思っていたのに、覚えていてくれたんだ……。
「俺は映像のことは詳しくないから、いち視聴者としてしか感想は言えないけど。すごく、よかったよ。なんていうか……凛の表情が自然で、この町の雰囲気にぴったりはまってた。凛の、むきだしの心を、俺は初めて見たような気がする。俺は、ガキの頃から凛のそばにいたけど、あの動画を見て、別の凛を知ったというか。それぐらい、いろんな凛の表情が、映し出されてた。動画を撮った蓮ってやつが、どれだけ凛のことを見ていたか、分かったんだ」
切なさの滲むような声で、俊が動画の感想を口にする。
俊はあの動画を見て、知らない私に出会ったと言っていた。むきだし、という言葉が頭の中で反芻する。それは蓮が認めてくれた、自分の魅力のような気がしていた。
ちゃんと伝わっていたんだ。
嬉しい、と思うと同時に、目の前の俊が、旅立っていく娘を慈しむようなまなざしで私を見ているのに気づいた。
俊は、もう私を手の届かない存在だと思っているのかもしれない。
違う。違うよ。違うんだよ。
私が動画の中でむきだしになれたのは、遠くから支えてくれる人の言葉があったからだ。
どれだけ蓮と一緒に撮影をしていても、私の心から離れていかなかった大切な人の存在。 離れるどころか、どんどん膨らんでいった俊への想い。
この気持ちはきっと、岩にぶつかったって、散っていかない。大きな私の波だ。
「私、俊が好きだよ」
雲から覗く太陽の光が、見計らったかのように、私と俊の間をすっと照らす。
俊との距離は、一メートルほどしかない。あんなに遠くにいた彼が、手を伸ばせば触れることのできる場所にいる。そう思うと、全身が震えるくらい嬉しかった。
俊の目が大きく見開かれる。
どうして、なんで、とその目が私に聞いている。たぶん俊は、私が蓮のことを好きなんだと思っていたんだろう。私は俊の目を見つめながら、口を開いた。
「中学卒業の日、俊に好きだって言われて、本当は嬉しかった。でも私、まだ子供で、好きっていう気持ちが分からなくて。俊と友達でいられなくなるかもって思うと、怖くて頷けなかったんだ。だけど竜太刀の町に来て、俊がずっと私のことを気にかけてくれているのを知って、本当は俊のこと、好きなんだって気づいた。蓮に対しては、相棒みたいな居心地の良さを感じてたけど、恋じゃなかった。蓮の夢にのっかって活動していくうちに、自分の心と向き合う時間が増えたの。苦しい時、いつも心に思い浮かぶのは俊の顔だった」
俊はじっと私の言葉に耳を傾けている。
遠くからまた、波の音が聞こえたような気がした。
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