わたしが死神になった日

葉方萌生

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第二章 きみを失いそうになった日

2-7

「あの、よかったら写真、撮りましょうか?」

 透き通るような高い声だった。きめ細やかな白い肌が印象的で、サラサラのロングヘアが大人の女性の魅力を前面に放っていた。二十代前半ぐらいだろうか。彼女の隣には同い年くらいの男性が立っている。すぐに、二人が恋人同士だということが分かった。

「ねえつむぐくん、ちょっと待っててくれない?」

「いいけど、何するの?」

「この子たちの写真を撮るの」

「この子たち……?」

 微笑みながら私と楓を交互に見つめる女性と、彼女の後ろで怪訝そうな表情を浮かべる男性。私はその場で凍りついていた。隣にいる楓も、驚きの表情で女性の方を見つめている。

「あ、ごめんなさい。急に話しかけたりして。えっと、もしよければ私があなたたちの写真を撮ります。それで、私
たちの写真も撮ってくれませんか?」

 私たち、の部分で彼女は男性の方を振り返った。カップルで撮って欲しいということだろう。

「……」

 何と答えればいいか分からず、その場で硬直するだけの私。

「あ、あの……」

 絞り出した声は、気がつけばすぐに消えてしまう淡雪のように儚かった。

「私のこと」

 見えるんですか、という質問を咄嗟に飲み込んだ。聞かなくても分かる。彼女には私のことが見えている。そして、後ろに立っている彼女の恋人には私が見えていない。
 その事実が指し示すことを想像すると、胃の中のものが「うっ」と込み上げてきた。

「おい朝葉、大丈夫か?」

 隣からは心配そうな楓の声が響く。目の前の女性が驚きで目を見開いた。

「ごめんなさい、気分を悪くさせてしまったかな……?」

「い、いえ。違うんです。これはそのっ」

 言葉が喉の奥につっかえて出てこない。

「すみません、本当にすみません!」

 驚きと心配が入り混じった表情を浮かべる女性の前で、私はただ頭を下げ続ける。そんな私を見かねたのか、とうとう横から楓がさっと動いたのが分かった。

「ありがたいご提案なのですが、俺たち急いでるのですみません!」

「それとあの、くれぐれも、気をつけてくださいっ」

「気をつける……?」

 目を丸くした彼女の顔が、最初よりも青くなっている気がして、思わず目を逸らした。
 私の腕を引っ張り、彼は女性の前からどんどん遠ざかるようにして小走りで歩いた。振り返ることもできずに。

「はあ、はあっ……ここまで来れば大丈夫だろ」

 赤レンガ倉庫群を抜けて、クリスマスマーケットの入り口の方まで戻ってきた。どんどん人が多くなっていく時間帯に、入り口へと走って戻っていく私たちは完全に浮いていた。

「うん、ごめんね楓。ありがとう」

 危機を脱してくれた楓に感謝する。私一人だったら、きっと気持ちが揺れて呆然と立ち尽くすばかりだっただろう。

「いや~びっくりした。まさか、朝葉のことが見える人間が現れるなんてさ」

「う、ん。私も、見えてるって気づいて、どうしたらいいか、分かんなくなっちゃって……」

 女性が私に焦点を合わせてきた瞬間、私の頭によぎったのは初めて現世に降り立った日に出会ったあの少年のことだ。五歳だった山川尊くん。彼はその日のうちに、通り魔に襲われてしまった……。
 あの女性だって、尊くんと同じようにきっと。
 その時、彼女の恋人である「紡くん」はどんな気持ちになるんだろう……。
 私が死んだ時、楓が抱いたかもしれない感情の爆発を、彼も味わうことになるんだろうか。想像するだけでぞっとさせられた。

「そりゃそうだよなぁ。それにしても、霊感があるやつって本当にいるんだ。俺が朝葉のこと見えるのは、朝葉と関
係が深かったからだと思ってたけど、もしかして単に霊感が目覚めただけなのかなー」

 楓は単に、女性が私の姿を認めたことで、彼女に霊感が備わっているのだと気づいて驚いていたようだ。彼の立場に立ってみればそう解釈するしかないだろう。

「霊感、目覚めたんだろうね」

 もうこれ以上、頭を動かしたくなくて楓に同意するようにして頷いた。「だよな。俺ってすごくね!?」と彼がわざと明るい声を上げる。「もう、調子に乗らないでよ」となんとかいつものノリで返す。女性が自分に話しかけてきたことをなんとか忘れたい。その一心で楓と馬鹿みたいな会話を繰り広げた。

「そんなことより朝葉、何か忘れてない?」

 あの女性の件から話題を逸らそうとしたのか、努めて明るい声で楓が私の顔を覗き込んだ。

「何かって……何?」

 一体何の話? と彼に問いかけた時、私の腹の虫がクウ、と鳴った。

「ははっ、分かりやすいやつ! 性格とは違って正直な腹だな」

「な……! 性格とは違う、ってどういう意味よっ」

「そのまんまの意味。素直じゃないやつでも腹の虫は素直でよろしい」

「もうっ!」

 ぷりぷりと頬を膨らませて怒っていると、楓は「まあまあ」と子供をあやすみたいに私を宥めてきた。こういう時だけ大人ぶるところがキライ。いや、本当は好きなんだけれど。

「でも朝葉、確か食事はしないんだったよな」

「基本はね。でも今すごくお腹空いたからやっぱりフランクフルト食べたい」

「いいのか、人目につくぞ」

「そこは、楓が盾になって周りから見えないようにして」

「お、おう」

 いつになく素直な気持ちが口から漏れる。きっとさっき、私のことが見える女性に会ってしまったからだ。あの人の恋人の男性と楓のことがぐるぐると頭の中を回っている。
 どうかあの二人ができるだけ長い時間を共に過ごせますように。
 そして願わくば、八十神さんの言っていたことが冗談で、あの女性が一ヶ月先も生きていられますように。
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