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第二章 きみを失いそうになった日
2-8
「フランクフルトだらけだぞーどれにする?」
物思いに耽りながらクリスマスマーケットを練り歩く。左右に並んだ赤い屋根の店には、フランクフルトをはじめ、ピザやスープ、ホットチョコレート、ホットワインなど、クリスマスにちなんだ食べ物、函館ビールといった地ビールなんかが売られている。
食べ物以外には、色とりどりのキャンドル、クリスマスオーナメント、アクセサリーなど、女性の目を引くお店が立ち並んでいた。
「あっちの店の長いやつ! 半分こしよう」
「いいよ」
ぐるぐると渦を巻くようにして丸くなっているフランクフルトが売られている店を指差した。一人で食べるにはかなり量が多そうなので、楓と一緒に食べるのがちょうどよさそうだ。
「フランクフルト一つください」
「かしこまりました!」
楓が男性スタッフに注文をした。店員さんからすれば、楓が一人でフランクフルトを買いに来たようにしか見えないはずだ。
それなのに。
「お箸は何膳いりますか?」
不可解な質問が飛んできて、私も楓も「えっ」と顔を見合わせる。
「……っと、一膳で」
「はいよ」
店員さんは私に向けてお箸を差し出してきた。触れた手がひんやりと冷たくてぎょっとする。
「あ、ありがとうございます」
何と言うこともない店員と客のやり取りだが、放心状態のままお箸を受け取る私。
そのまま逃げるようにして踵を返した。
「なんか今日はやたらと霊感がある人が多い日だなー」
「……そうだね」
両脇にマーケットが並ぶメインの通りから外れて、赤レンガ倉庫の裏路地の雪を踏みしめると、ようやく気持ちが落ち着いてきた。赤レンガ倉庫の陰に隠れてフランクフルトにかぶりつく。パリッとした皮と歯ごたえのあるお肉が香ばしく焼けている。じゅわりと広がる肉汁に、身体がずっとご飯を求めていたのだと感じた。
「んまっ! フランクフルトってコンビニ以外であんまり食べないけど、全然違うな」
「うん。歯ごたえが違うよね。久しぶりのご飯、すごく美味しい」
「そうか。朝葉は飯自体、久しぶりなのか。俺と来て良かったな」
「自分で言わないでよ。誘ったのは私のほう」
「朝葉が誘わなくても俺が誘ってたしー」
「よく言うね」
なんとなく、楓がさっきの店員さんの様子から話題を逸らそうとしているのが分かった。私が見える人間に二人も会ってしまったのはきっと偶然だ。人の多い場所に来れば、必然的にそういう存在と出会う確率が高くなる。だから、そう。気にすることなんて、ない。
再びフランクフルトにかぶりつく楓。優しい気持ちで彼を見つめていると、一瞬ぐわりと視界がくらんだ。
「え……?」
滲んだ視界の中で、フランクフルトを食べる楓の額から、一筋の血が流れているのが見えた。はっとして目を何度も瞬かせる。何もない……。さっき、一瞬だけ見えた赤い筋は幻のように消えていた。
驚いたまま口をぽかんと開けている私に気づかずに、フランクフルトを飲み込んだ楓は会話を再開する。
今のはなんだったんだろう……。
連日信じられないことが立て続けに起こったせいで、疲れているのかもしれない。気にしたらだめだ。
「クリスマスマーケットなんて毎年来てるのに、どうして毎年こんなにワクワクするんだろうな」
「そうだね。サンタさんなんていないって知ってるのに、やっぱりクリスマスは楽しみになる」
「おいおい、サンタさんはいるぞ? じゃなきゃ、もう会えないと思ってた朝葉とこんなふうに一緒にクリスマスマ
ーケットなんか来られなかったって」
ふっと息を漏らし、子犬のような笑顔を浮かべる楓に、はたと釘付けになる。楓は私と再会できたことを、サンタさんからのプレゼントだと思ってるんだ。
まさか彼がそんなふうに思ってくれているとは考えてもいなくて、自然と身体が火照る。
楓が私と会うことをそれほど楽しみにしてくれていたということ。
その事実に、胸がじんわりと熱くなった。
「どうした朝葉? 何驚いたような顔してるんだよ」
「……そりゃ驚くよ。楓にそんなふうに思われてたなんて、知らなかったから」
私がそう返すと楓も恥ずかしかったのか、鼻の頭をぽりぽりと掻いた。
「俺だってな、一応年頃の男だぞ? いつまでもガキの頃の俺とは違うってこと」
「そっか。ずっと、小さい頃のまま、アホみたいなことばっかり考えてるんだと思ってたよ」
「失礼な! そういう朝葉こそ、ずっと捻くれ者だと思ってたのに。最近はやけに素直だな。って、素直になったのは幽霊になってからか」
「何よそれ、そっちこそ失礼!」
むっとして怒ってみせたけれど、楓の言う通りだ。
私はずっと、死ぬまで素直になれなかった。
楓に、たった二文字の「好き」すら伝えることができなくて。命を失ってからやっと、自分が素直になれなかったことの重みに気づいたのだ。
「……アホは私の方だね」
楓に聞こえないようにそっと距離を置いて呟いたはずなのに、彼は「そんなことねえよ」と否定してくれた。そういう優しいところが、昔から好きだった。
楓といられる時間は、あとどれくらいだろう。
ふとした瞬間に考えてしまうから、沈黙は嫌いだ。何も考えなくていいように、クリスマスの賑わいの方へと視線を移す。私たちと同じようにフランクフルトを食べている人、ホットワインを飲む大人、サンタクロース型のキャンディーを手に持ってはしゃぐ子供。函館中の人が集まっているのではなかというくらい、幸せな光景が広がっていた。
物思いに耽りながらクリスマスマーケットを練り歩く。左右に並んだ赤い屋根の店には、フランクフルトをはじめ、ピザやスープ、ホットチョコレート、ホットワインなど、クリスマスにちなんだ食べ物、函館ビールといった地ビールなんかが売られている。
食べ物以外には、色とりどりのキャンドル、クリスマスオーナメント、アクセサリーなど、女性の目を引くお店が立ち並んでいた。
「あっちの店の長いやつ! 半分こしよう」
「いいよ」
ぐるぐると渦を巻くようにして丸くなっているフランクフルトが売られている店を指差した。一人で食べるにはかなり量が多そうなので、楓と一緒に食べるのがちょうどよさそうだ。
「フランクフルト一つください」
「かしこまりました!」
楓が男性スタッフに注文をした。店員さんからすれば、楓が一人でフランクフルトを買いに来たようにしか見えないはずだ。
それなのに。
「お箸は何膳いりますか?」
不可解な質問が飛んできて、私も楓も「えっ」と顔を見合わせる。
「……っと、一膳で」
「はいよ」
店員さんは私に向けてお箸を差し出してきた。触れた手がひんやりと冷たくてぎょっとする。
「あ、ありがとうございます」
何と言うこともない店員と客のやり取りだが、放心状態のままお箸を受け取る私。
そのまま逃げるようにして踵を返した。
「なんか今日はやたらと霊感がある人が多い日だなー」
「……そうだね」
両脇にマーケットが並ぶメインの通りから外れて、赤レンガ倉庫の裏路地の雪を踏みしめると、ようやく気持ちが落ち着いてきた。赤レンガ倉庫の陰に隠れてフランクフルトにかぶりつく。パリッとした皮と歯ごたえのあるお肉が香ばしく焼けている。じゅわりと広がる肉汁に、身体がずっとご飯を求めていたのだと感じた。
「んまっ! フランクフルトってコンビニ以外であんまり食べないけど、全然違うな」
「うん。歯ごたえが違うよね。久しぶりのご飯、すごく美味しい」
「そうか。朝葉は飯自体、久しぶりなのか。俺と来て良かったな」
「自分で言わないでよ。誘ったのは私のほう」
「朝葉が誘わなくても俺が誘ってたしー」
「よく言うね」
なんとなく、楓がさっきの店員さんの様子から話題を逸らそうとしているのが分かった。私が見える人間に二人も会ってしまったのはきっと偶然だ。人の多い場所に来れば、必然的にそういう存在と出会う確率が高くなる。だから、そう。気にすることなんて、ない。
再びフランクフルトにかぶりつく楓。優しい気持ちで彼を見つめていると、一瞬ぐわりと視界がくらんだ。
「え……?」
滲んだ視界の中で、フランクフルトを食べる楓の額から、一筋の血が流れているのが見えた。はっとして目を何度も瞬かせる。何もない……。さっき、一瞬だけ見えた赤い筋は幻のように消えていた。
驚いたまま口をぽかんと開けている私に気づかずに、フランクフルトを飲み込んだ楓は会話を再開する。
今のはなんだったんだろう……。
連日信じられないことが立て続けに起こったせいで、疲れているのかもしれない。気にしたらだめだ。
「クリスマスマーケットなんて毎年来てるのに、どうして毎年こんなにワクワクするんだろうな」
「そうだね。サンタさんなんていないって知ってるのに、やっぱりクリスマスは楽しみになる」
「おいおい、サンタさんはいるぞ? じゃなきゃ、もう会えないと思ってた朝葉とこんなふうに一緒にクリスマスマ
ーケットなんか来られなかったって」
ふっと息を漏らし、子犬のような笑顔を浮かべる楓に、はたと釘付けになる。楓は私と再会できたことを、サンタさんからのプレゼントだと思ってるんだ。
まさか彼がそんなふうに思ってくれているとは考えてもいなくて、自然と身体が火照る。
楓が私と会うことをそれほど楽しみにしてくれていたということ。
その事実に、胸がじんわりと熱くなった。
「どうした朝葉? 何驚いたような顔してるんだよ」
「……そりゃ驚くよ。楓にそんなふうに思われてたなんて、知らなかったから」
私がそう返すと楓も恥ずかしかったのか、鼻の頭をぽりぽりと掻いた。
「俺だってな、一応年頃の男だぞ? いつまでもガキの頃の俺とは違うってこと」
「そっか。ずっと、小さい頃のまま、アホみたいなことばっかり考えてるんだと思ってたよ」
「失礼な! そういう朝葉こそ、ずっと捻くれ者だと思ってたのに。最近はやけに素直だな。って、素直になったのは幽霊になってからか」
「何よそれ、そっちこそ失礼!」
むっとして怒ってみせたけれど、楓の言う通りだ。
私はずっと、死ぬまで素直になれなかった。
楓に、たった二文字の「好き」すら伝えることができなくて。命を失ってからやっと、自分が素直になれなかったことの重みに気づいたのだ。
「……アホは私の方だね」
楓に聞こえないようにそっと距離を置いて呟いたはずなのに、彼は「そんなことねえよ」と否定してくれた。そういう優しいところが、昔から好きだった。
楓といられる時間は、あとどれくらいだろう。
ふとした瞬間に考えてしまうから、沈黙は嫌いだ。何も考えなくていいように、クリスマスの賑わいの方へと視線を移す。私たちと同じようにフランクフルトを食べている人、ホットワインを飲む大人、サンタクロース型のキャンディーを手に持ってはしゃぐ子供。函館中の人が集まっているのではなかというくらい、幸せな光景が広がっていた。
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