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嫌じゃないよ
しおりを挟むそれから俺たちはカラオケに行き、二時間二人きりで歌い続けた。
俺はあんまり人前で歌うのは好きじゃないのだが、絃葉はずっとハイテンションで最近流行りの曲を歌っていた。しかも、その歌声はやっぱり透き通るほど綺麗で、俺は自分が歌うよりも、絃葉の歌を聞く方が心地よかった。
このままずっと彼女の歌声を聞いていたい。
そんな願望と共に、絃葉の声を目ではなく、耳に焼き付けた。
「あー楽しかった!」
カラオケ店を出ると、辺りはすっかり夕闇に包まれていた。夕陽が西の空に沈んでいく。
「絃葉があんなに歌が上手だとは思わへんかったよ」
「そりゃ、病院でずっと暇してるから。こっそり練習してたんだ。いつか、誰かとカラオケに行きたいなって思ってたから」
得意げに胸をそらす絃葉だが、言葉尻には切なさが滲んでいる。
絃葉にとっては、こうして友達とカラオケに行くことさえ、特別なことだったのだ。
そう思うとやっぱり胸がツンとした。でも、そんな彼女の願いを叶えてあげられたのかと思うと、少し誇らしい気分だった。
「さ、もう暗くなったし、最後はイルミネーションだね」
絃葉の声は依然として弾んでいる。今日のイベントを、最後まで思い切り楽しもうとしているのがよく伝わってきた。
「ああ。楽しみやな」
俺も、彼女と過ごすこの時間を、大切にしたいと思う。
いつか、もしも二人が両想いになったら、今日のこの日のことを思い出して幸せな気持ちになるんだ、と希望を胸に抱いて。
海辺の公園までたどり着くと、芝生や周りの木がイルミネーションが施されているのがすぐにわかった。
「わ、すごい!」
キラキラとした光を見て瞳を輝かせる絃葉。ぱっと明るくなった表情に、正直イルミネーションよりも見惚れてしまう。
「あんまり走ったらダメやで」
「うん!」
俺が注意しているのも聞かず、光の幻想的な空間の中へ、駆けていく彼女。絃葉の病気のことはよく知らないが、走ったりして大丈夫なのだろうか。ハラハラしながら、彼女が振り返って手をこまねく様子を見ていた。
「紡くんも早く来て!」
絃葉が俺の名前を呼ぶ。
俺も、余計なことは考えずに絃葉の元へ駆ける。
「ねえ、めちゃくちゃいいね、ここ。私初めて来たけど、最高じゃん。海が目の前にあって、こんなに綺麗な光に包まれて。それに、人も少ないし」
確かに彼女の言う通り、クリスマスイブにしてはそれほど混んでいない。海のそばだから、寒くてみんなここまで足を伸ばさないのかも、とふとぼんやり考えた。
「そやな。絃葉とゆっくりイルミネーションが見られて、よかったよ」
「それってどういう……」
絃葉の瞳が、驚きに揺れているのが分かった。
いっそのこと、言ってしまおうか。
自分の気持ち、ここで正直に話してしまいたい。
でも、そう思うと同時に、もし振られた時に二度と彼女に会えなくなるかもしれないということが、怖かった。
「写真、撮ろう」
絃葉がスマホでカメラをオンにする。インカメラにすると、イルミネーションの光越しにパシャリと写真を撮った。暗くて顔はあんまり映っていないけれど、それもいい思い出になりそうだ。
「紡くん。私、紡くんに出会えて本当によかった。今言うことなのか分からないけど……。もしかしたら、明日には言えなくなっちゃうかもしれないから、伝えておくね。出会ってくれてありがとう」
「……俺だって、絃葉に会えてよかったと思てる。俺、学校では勉強のことか将来のこととか、つまらないことばっか考えっとって。こういう青春っぽいこと、全然せえへんかったから」
だから、絃葉の隣にいられるだけで、幸せなんや。
そんな恥ずかしい言葉は、口にすることができなかった。
公園の芝生の上に二人で座り込むと、波の音がシャアララ、ザアア、と耳に響いてきた。イルミネーションの景色に心を奪われていて、今まで波の音を気にしていなかった。とても心地よい音だ。俺が、この町で生まれてからずっと、聞いていた音。
絃葉が、目を閉じて俺の肩に頭をもたげる。緊張して、心臓の音が早くなる。絃葉の体温が、俺の身体をどんどん熱くする。
「嬉しい……本当に、ありがとう」
絃葉の言葉のひとつひとつに、彼女の願いがこもっているような気がする。
俺は、今だけは、今この瞬間だけは彼女を独り占めにしたいという欲に駆られていた。
だって、気を抜けば彼女が俺の隣からいなくなってしまうような気がしたから。
彼女をこの場に繋ぎ止めることができるなら、なんだってしたい。
絃葉の頭を自分の方に抱き寄せるようにして、俺はもっと、絃葉と心の距離を縮めようした。
「紡くん?」
「何も言わんで。でも嫌やったら言うて」
いつもより強引な台詞に、絃葉がごくりと息をのんだのが分かった。
「嫌じゃ、ないよ」
たった一言、それだけ言うと、絃葉は俺に頭を抱き抱えられたまま、そっと目を閉じる。
俺もつられて、両目を閉じた。
波の音がよりくっきりと響き、イルミネーションの光の珠が瞼の裏でチカチカと明滅した。どちらも心地が良くて、叶うならずっと絃葉の隣で、こうしていたいと思う。
今日は人生で一番最高のクリスマスイブだった。
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