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初めてのデート
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彼女をエスコートすり方法を悶々と考えていた俺だったが、すべて無駄だった。
なにせ絃葉は、とても意気揚々とやってきたバスに乗り、映画館のそばのバス停で降りた後、軽快な足取りで映画館へと踏み込んだからだ。
なんの映画を見る? なんて会話も一切なくて、
「私、あの映画が見たい!」
と、映画館で一番大きく堂々と飾られたポスターを指差した。
「青春系の映画?」
ポスターには『感涙必至! 残り少ない命を前に、愛する人とつながれますか?』というキャッチコピーがどんと書かれている。
背景の写真は、今をときめく女優・俳優の二人が唇を重ねているシーンだ。
なんとなく、主人公やヒロインが病気か何かで余命宣告される映画なのだということが想像できた。
「うん! この間テレビでCMやってるの見て知ってさ~。ずっと見たかったんだけど、一人で見るのも寂しくて。紡くんと外出できたから、今しかないって思って」
「分かった。それなら見よう。チケット買うてくるわ」
「ありがとう」
正直、病気系の映画は好きじゃない……というか、大病を患っているはずの彼女と一緒に、そういった映画を見るのはどうかと思ったんだけれど。
当の本人が乗り気だから、まあいいか、と俺は彼女の願いを聞き入れた。
だが、それがいけなかった。
「ううっ……やばい、やばいよ……。泣きすぎて顔が腫れてるっ。メイクもぐちゃぐちゃだよ……! せっかく頑張って、初めて化粧したのにっ」
映画を見終わった後、近くのカフェで休憩をしながら、絃葉がまだとめどなく溢れる涙をハンカチで拭っていた。普通、映画館で泣いても、出てきたら自然と涙は収まるものじゃないか。でもこれだけ長い間泣けるくらい、映画のストーリーが絃葉の胸に沁みたんだろう。
確かに、あの映画はよかった。
ヒロインが不治の病を患っており、余命三ヶ月という残酷な宣告をされてしまう。ヒロインに恋した主人公には特殊能力があって、未来が見える。ヒロインは自分の余命がいくばくもないことを必死に主人公に隠している。だけど、主人公にはヒロインの命がもうすぐ尽きることがわかっていて——。
あらすじだけを見ても、泣ける要素がたくさんある。俺は、隣で鼻を啜る彼女の吐息を感じながら、必死に涙を噛み殺していた。
「化粧、初めてやったん?」
あえて映画の内容には触れず、俺は気になったことを聞いた。
「う、うん。だって、憧れだった紡くんとの、初めてのデートだもん」
ドクン、と心臓が一回跳ねる。今日の俺はおかしい。彼女が泣いたり笑ったりする顔が、愛しくてたまらない。
「そうか……それはなんというか、嬉しいよ。ありがとう」
素直な気持ちを口にしている自分が、自分でも不思議だった。
「あー、私もあんな恋がしたい。あんなふうに、誰かをまっすぐに愛することができたら、とっても幸せだろうね」
涙を拭いて、瞳を真っ赤にした彼女が、俺の目をまっすぐに見つめて微笑んだ。
誰かをまっすぐに愛することができたら。
俺は、たぶん絃葉のことが——。
このまま、口にしてしまいそうだと思った俺は、はっと我に返って口を噤む。さすがに、今この場で正直な気持ちを打ち明けることはできない。
デートはまだまだ残ってる。
もう少し、彼女と二人きりの時間を楽しもう。
なにせ絃葉は、とても意気揚々とやってきたバスに乗り、映画館のそばのバス停で降りた後、軽快な足取りで映画館へと踏み込んだからだ。
なんの映画を見る? なんて会話も一切なくて、
「私、あの映画が見たい!」
と、映画館で一番大きく堂々と飾られたポスターを指差した。
「青春系の映画?」
ポスターには『感涙必至! 残り少ない命を前に、愛する人とつながれますか?』というキャッチコピーがどんと書かれている。
背景の写真は、今をときめく女優・俳優の二人が唇を重ねているシーンだ。
なんとなく、主人公やヒロインが病気か何かで余命宣告される映画なのだということが想像できた。
「うん! この間テレビでCMやってるの見て知ってさ~。ずっと見たかったんだけど、一人で見るのも寂しくて。紡くんと外出できたから、今しかないって思って」
「分かった。それなら見よう。チケット買うてくるわ」
「ありがとう」
正直、病気系の映画は好きじゃない……というか、大病を患っているはずの彼女と一緒に、そういった映画を見るのはどうかと思ったんだけれど。
当の本人が乗り気だから、まあいいか、と俺は彼女の願いを聞き入れた。
だが、それがいけなかった。
「ううっ……やばい、やばいよ……。泣きすぎて顔が腫れてるっ。メイクもぐちゃぐちゃだよ……! せっかく頑張って、初めて化粧したのにっ」
映画を見終わった後、近くのカフェで休憩をしながら、絃葉がまだとめどなく溢れる涙をハンカチで拭っていた。普通、映画館で泣いても、出てきたら自然と涙は収まるものじゃないか。でもこれだけ長い間泣けるくらい、映画のストーリーが絃葉の胸に沁みたんだろう。
確かに、あの映画はよかった。
ヒロインが不治の病を患っており、余命三ヶ月という残酷な宣告をされてしまう。ヒロインに恋した主人公には特殊能力があって、未来が見える。ヒロインは自分の余命がいくばくもないことを必死に主人公に隠している。だけど、主人公にはヒロインの命がもうすぐ尽きることがわかっていて——。
あらすじだけを見ても、泣ける要素がたくさんある。俺は、隣で鼻を啜る彼女の吐息を感じながら、必死に涙を噛み殺していた。
「化粧、初めてやったん?」
あえて映画の内容には触れず、俺は気になったことを聞いた。
「う、うん。だって、憧れだった紡くんとの、初めてのデートだもん」
ドクン、と心臓が一回跳ねる。今日の俺はおかしい。彼女が泣いたり笑ったりする顔が、愛しくてたまらない。
「そうか……それはなんというか、嬉しいよ。ありがとう」
素直な気持ちを口にしている自分が、自分でも不思議だった。
「あー、私もあんな恋がしたい。あんなふうに、誰かをまっすぐに愛することができたら、とっても幸せだろうね」
涙を拭いて、瞳を真っ赤にした彼女が、俺の目をまっすぐに見つめて微笑んだ。
誰かをまっすぐに愛することができたら。
俺は、たぶん絃葉のことが——。
このまま、口にしてしまいそうだと思った俺は、はっと我に返って口を噤む。さすがに、今この場で正直な気持ちを打ち明けることはできない。
デートはまだまだ残ってる。
もう少し、彼女と二人きりの時間を楽しもう。
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