ふたりでひとつだけの光

葉方萌生

文字の大きさ
22 / 63
第二話 想い合い

告白

しおりを挟む
「あら鈴ちゃん、お出かけするの?」

 日曜日で仕事がお休みの伯母さんと伯父さんは、リビングでテレビを見ているところだった。私はそんな二人に「うん」と頷いて靴を履く。三日間、引きこもっていた私が突然動き出したものだから、二人ともさぞびっくりしているだろう。

「そう。行ってらっしゃい。あ、マスクはつけなくていいの?」

「……うん。大丈夫。行ってきます」

 中原さんに会いにいくのに、もうマスクはいらない。今日はメイクをしていないけれど、あの人の前なら、自分に自信が持てることに気づいた。
 彼に、病気のことを伝えなくちゃ……。
 退院してから、一度も連絡は来ていない。きっと私のことを気遣ってくれているのだろう。
 私も、自分の気持ちの整理がつかないまま、彼に会える気がしなかった。でも今は、ただ会いたいという気持ちがうんと勝っている。
 玄関の扉を開くと、夕暮れ時の太陽が住宅地を橙色に染め上げていた。まぶしくて思わず目を顰める。光が強いと、余計に視界がぼやけているような気がする。いつまでも追ってくる現実に目を逸らしたい気持ちを抑えて、私は駅へと向かった。


『Perchoir』に辿り着くと、砂糖菓子の甘い香りが、どくどくと脈打っていた心臓を落ち着けてくれた。すっと息を吸って、店の扉を開ける。カラランという涼しげなベルの音が響いて、店内にいた店員さんが私の方を見た。

「いらっしゃいませ」

 何度か顔を見たことがある女性のスタッフだ。彼女は、私がショーウィンドウではなく、お店の中をきょろきょろと見回しているので不思議に思っている様子だった。

「お客様、何か——」

 彼女が私にそう声をかけたのと、私がレジ奥の厨房でコック姿の彼の姿を見たのは同時だった。

「中原さん」

 彼には絶対に聞こえないぐらいの、小さな吐息ほどの声でつぶやいた。でも、厨房にいた彼がはたと私の方を振り返る。揺れる双眸で私を捉えた彼は、その目を大きく見開いた。
 彼がケーキを作る手を止めたからか、隣にいた年配のコックが彼に何か話しかけた。あの人が、この店のオーナーである彼の叔父さんだろうか。中原さんは叔父さんの隣で何度か相槌を打った後、コック帽を外して叔父さんに頭を下げた。
 帽子を外した中原さんが、お店の方へとずんずん進んでくる。私は、泣きそうな気持ちでやってきた彼を見上げた。

「鈴ちゃん、久しぶり」

 正確にはたったの四日ぶりなはずなのに、彼が言うように、会えたのが久しぶりという気がする。

「あの……私っ」

 胸が詰まって、何も言葉が出てこない。中原さんはそんな私の気持ちを察してくれて、私の手を取った。

「外で話そう」

「え、でも」

「仕事なら大丈夫。叔父さんから、今日はもう終わりでいいって言ってもらったから」

「……ありがとう」

 さっき、中原さんが叔父さんと話していたことはそういうことだったのだ。私は、申し訳ない気持ちと喜びで胸が締め付けられた。

「花見丘陵公園でもいいかな」

「う、うん」

 中原さんは思い詰めた様子の私を見て察してくれたのか、何も聞かずに花見丘陵公園まで連れていってくれた。沈黙しながら登った坂道は、前回よりもきつく感じた。でも、久しぶりに彼に会えた喜びはずっと私の胸を温めている。
 前回と同じ椅子に座り、花と街の風景を眺める。夕暮れ時の風が、生暖かく頬を撫でる。くすぐったさに首を竦めた。

「鈴ちゃん、何かあったんだろ」

 懐にすっと入る優しい声だった。中原さんが真剣なまなざしで私の目を見つめている。私はその目から視線を逸らすことができず、
「うん」と頷いた。

「良かったら聞かせてもらえない? 俺は鈴ちゃんのこと、絶対に見捨てたりしないから」

 力強い言葉に、私の心はぐんと揺れる。
 話そう、中原さんに。
 大丈夫。彼なら取り乱さずに聞いてくれる——。
 私は、膝の上に置いた両手をぎゅっと握りしめて話し始めた。

「この間病院で検査をしてもらったの。私の目の異常について。そしたら、網膜色素変性症だって分かった。視野がだんだん狭くなったり暗いところで見えづらくなったりして、もしかしたら将来……失明するかもしれない病気」

「……」

 ごくり、と彼が唾を飲み込む音がした。きっと驚いているんだろう。私だって、いまだに現実を受け入れられないでいる。

「私の場合、小さい頃から症状が出ていたから、失明までいく可能性もあるって……。はは、とんでもない話だよねえ。まさか自分が目の病気になるなんて思ってもみなかった。……もしさ、もし目が見えなくなったら、大好きなピアノ、弾けなくなっちゃうなって。それって、生きがいがなくなるのと一緒じゃない。生きてる意味あるのかなあって。それに、大切な人の顔だって、見えなくなるっ……。そんなの、耐えられないよ。私は中原さんのこと——」

 一人きりの部屋の中で押さえ込んでいた感情が、コップの縁に溜まっていた水みたいに溢れ出す。

「中原さんのこと、私」

「好きだよ、鈴ちゃん」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

煙草屋さんと小説家

男鹿七海
キャラ文芸
※プラトニックな関係のBL要素を含む日常ものです。 商店街の片隅にある小さな煙草屋を営む霧弥。日々の暮らしは静かで穏やかだが、幼馴染であり売れっ子作家の龍二が店を訪れるたびに、心の奥はざわめく。幼馴染としてでも、客としてでもない――その存在は、言葉にできないほど特別だ。 ある日、龍二の周囲に仕事仲間の女性が現れ、霧弥は初めて嫉妬を自覚する。自分の感情を否定しようとしても、触れた手の温もりや視線の距離が、心を正直にさせる。日常の中で少しずつ近づく二人の距離は、言葉ではなく、ささやかな仕草や沈黙に宿る。 そして夜――霧弥の小さな煙草屋で、龍二は初めて自分の想いを口にし、霧弥は返事として告白する。互いの手の温もりと目の奥の真剣さが、これまで言葉にできなかった気持ちを伝える瞬間。静かな日常の向こうに、確かな愛が芽吹く。 小さな煙草屋に灯る、柔らかく温かな恋の物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

25年の後悔の結末

専業プウタ
恋愛
結婚直前の婚約破棄。親の介護に友人と恋人の裏切り。過労で倒れていた私が見た夢は25年前に諦めた好きだった人の記憶。もう一度出会えたら私はきっと迷わない。

15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以
恋愛
 交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。  2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。  愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。 「その時計、気に入ってるのね」 「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」 『お揃いで』ね?  夫は知らない。  私が知っていることを。  結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?  私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?  今も私を好きですか?  後悔していませんか?  私は今もあなたが好きです。  だから、ずっと、後悔しているの……。  妻になり、強くなった。  母になり、逞しくなった。  だけど、傷つかないわけじゃない。

Blue Bird ―初恋の人に再会したのに奔放な同級生が甘すぎるっ‼【完結】

remo
恋愛
「…溶けろよ」 甘く響くかすれた声と奔放な舌にどこまでも落とされた。 本宮 のい。新社会人1年目。 永遠に出来そうもない彼氏を夢見つつ、目の前の仕事に奮闘中。 なんだけど。 青井 奏。 高校時代の同級生に再会した。 と思う間もなく、 和泉 碧。 初恋の相手らしき人も現れた。 幸せの青い鳥は一体どこに。 【完結】 ありがとうございました‼︎

一億円の花嫁

藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。 父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。 もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。 「きっと、素晴らしい旅になる」 ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが…… 幸か不幸か!? 思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。 ※エブリスタさまにも掲載

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

十年前の事件で成長が止まった私、年上になった教え子の〝氷の王〟は、私を溺愛しつつ兄たちを断罪するようです

よっしぃ
恋愛
若くして師範資格を得た天才香薬師のルシエル(20)。 彼女は王家の後継者争いの陰謀に巻き込まれ、少年リアンを救う代償に、自らは十年間もの昏睡状態に陥ってしまう。 ようやく目覚めた彼女を待っていたのは、かつて教え子だったはずのリアン。 だが彼は、ルシエルより年上の、〝氷の王〟と恐れられる冷徹な国王(22)へと変貌していた。 「もう二度と、あなたを失わない」 リアンは、世間では「死んだことになっている」ルシエルを王宮の奥深くに隠し、鳥籠の鳥のように甘く、執着的に囲い込み始める。 彼が再現した思い出の店、注がれる異常なまでの愛情に戸惑うルシエル。 失われた記憶と、再現不能の奇跡の香り《星紡ぎの香》の謎。 そして、〝氷の王〟による、彼女を陥れた者たちへの冷酷な粛清が、今、始まろうとしていた。 ※一途な若き王様からの執着&溺愛です。 ※じれったい関係ですが、ハッピーエンド確約。 ※ざまぁ展開で、敵はきっちり断罪します。

処理中です...