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最終話 和やかな愛を、きみに
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学校の最寄駅から、電車に乗り、以前降りたことのある乗り換え用の駅へと降り立った。
しばらく住宅街が続き、静かな通りを歩く。梨斗はどこか緊張した面持ちで、キリリと正面を向いて歩いている。やがて小さな繁華街に出ると、そのお店——『創作料理梨の花』が現れた。木目調の壁を見て、梨斗がすっと目を細める。
「ここ?」
「うん。私も一回しか入ったことはないんだけど、居心地良いよ」
彼は小さく頷き、扉の取っ手に手をかけた。
今日、ここへ来ることは梨斗に伝えていなかった。だから梨斗は私に言われるがままついてきただけだ。でも、店名の『梨の花』という文字を見て何かを悟ったのか、真顔の彼は硬く強張っている。
「こんにちは」
ザザザ、と引き戸を開けて中へと一歩足を踏み入れる。
「いらっしゃいませ、何名様でしょうか?」
現れた店員は若い女性店員で、アルバイトの人なんだろうと察した。
「二人です」
「二名様ですね。あちらの席へどうぞ」
彼女が指差したのは、店の一番奥の席で、入り口からは遠く、込み入った話をするにはうってつけの場所だった。
店員さんに案内された席に、梨斗と向かい合って座る。早速メニュー表を広げて、何を食べようかと悩んだ。時刻は夕方。早めの夕飯を食べるにはちょうど良い時間帯だ。
「私、この前も食べたけどこの『肉じゃが定食』にする。すごく美味しかったから。梨斗はどうする?」
「僕は、これかな」
彼が指差したのは、『さわらの西京焼き定食』だった。写真ではさわらの身がぷりんと光って、とても美味しそうだ。
店員さんを呼び、注文をし終えると、梨斗が店内をまじまじと見回した。暖色のライトが店全体を暖かく照らしていて、まるで実家に帰って来たかのような心地にさせられる。
しばらく無言の時を過す。彼とこうして夜ご飯を一緒に食べに来ていることに、不思議な気分にさせられた。
「このお店ってさ、僕の——」
梨斗が口を開きかけたところで、男性店員がお盆を二つ抱えてやって来た。
「お待たせいたしました。『肉じゃが定食』と『さわらの西京焼き定食』です」
コトン、と小さな音を立てて、お盆が目の前に置かれる。
梨斗の方にも料理が置かれると、男性店員——葉加瀬さんの顔が固まった。
「……梨斗?」
頭上から降ってきた声に、今度は梨斗の方がぴくんと肩を揺らす。
「お父さん……」
梨斗が葉加瀬さんの顔を見上げて、二人の視線がばっちりと交わる。親子の再会を目の当たりにして、ドクドクと心臓の音が激しく脈打つ。
「梨斗、どうしてここに」
「あなたこそ、なんで」
梨斗の声には小さな棘が含まれていた。梨斗は、本当のお父さん、つまり葉加瀬さんが母親に不実を働いて離婚したのだと言っていた。自分を捨てたのだと。だから、彼が父親のことを軽蔑しているのだとしたら、仕方のないことかもしれない。
でも私は……どうしても、葉加瀬さんが梨斗を捨てたとは思えない。
だって、以前私がここを訪れた時、彼はこう言っていた。
——私がこの店を開いたのは、大切な人が帰りたくなるような場所をつくりたかったからなんだ。
葉加瀬さんの大切な人とは、紛れもなく梨斗のことだ。
彼は私に、「梨斗に会いたい」とこぼしていた。けれど、会えない。切なさが滲む顔に、息子への思慕が溢れていた。
「……ここ、私の店なんだ。飲食店を展開する会社を経営している。その中の一つがこの店で、自分で店主をやってる」
ぎこちない口調で、葉加瀬さんが梨斗に事実を伝える。梨斗の眉が少しだけ動いた。
「お店……あなたが?」
「ああ」
実の父親のことを「あなた」と呼ぶ梨斗の顔は複雑な心境を表しているかのように、くしゃりと歪んだ。
「そうなん、だ」
「梨斗はなんで?」
「僕は……彼女、日彩に、連れてこられたんだ」
葉加瀬さんが私を一瞥する。数日前にここで会ったので、「どうも」と小さく会釈する。
やりきれない。
せっかく再会したのに、お互いに腹の底を探るような問いかけをして、相手の出方を窺っている。親子二人の間に流れる空気は、数年前に時が止まったまま、澱んでいるように感じられた。
このまま二人が分かり合えず、また離れ離れになるんなんて、嫌だ。
だったら私が、そうならないように、なんとかしなくちゃ……!
「葉加瀬さん、聞いてください。葉加瀬さんがいなくなってから、梨斗がどんな生活を強いられてきたか。梨斗の口から聞いてほしいんです」
葉加瀬さんの目が大きく見開かれる。その瞳には驚きの他に戸惑いも浮かんでいた。
「それから梨斗。葉加瀬さんに、ちゃんと話してほしい。梨斗の気持ち。私は、あなたが帰る場所は、この人のところだけだと思ってるから」
帰る場所、という言葉に、今度は梨斗が弾かれたように葉加瀬さんの顔を見つめた。
前に梨斗は、実の父親には会いたくないと呟いた。
でもその言葉は嘘で、本当は会いたいと思ってるんじゃないかって予想した。軽蔑はしていても、梨斗にとって、この人だけが“父親”なのだ。
梨斗は私と、葉加瀬さんの目を交互に見つめて、やがて「分かった」と頷いた。
しばらく住宅街が続き、静かな通りを歩く。梨斗はどこか緊張した面持ちで、キリリと正面を向いて歩いている。やがて小さな繁華街に出ると、そのお店——『創作料理梨の花』が現れた。木目調の壁を見て、梨斗がすっと目を細める。
「ここ?」
「うん。私も一回しか入ったことはないんだけど、居心地良いよ」
彼は小さく頷き、扉の取っ手に手をかけた。
今日、ここへ来ることは梨斗に伝えていなかった。だから梨斗は私に言われるがままついてきただけだ。でも、店名の『梨の花』という文字を見て何かを悟ったのか、真顔の彼は硬く強張っている。
「こんにちは」
ザザザ、と引き戸を開けて中へと一歩足を踏み入れる。
「いらっしゃいませ、何名様でしょうか?」
現れた店員は若い女性店員で、アルバイトの人なんだろうと察した。
「二人です」
「二名様ですね。あちらの席へどうぞ」
彼女が指差したのは、店の一番奥の席で、入り口からは遠く、込み入った話をするにはうってつけの場所だった。
店員さんに案内された席に、梨斗と向かい合って座る。早速メニュー表を広げて、何を食べようかと悩んだ。時刻は夕方。早めの夕飯を食べるにはちょうど良い時間帯だ。
「私、この前も食べたけどこの『肉じゃが定食』にする。すごく美味しかったから。梨斗はどうする?」
「僕は、これかな」
彼が指差したのは、『さわらの西京焼き定食』だった。写真ではさわらの身がぷりんと光って、とても美味しそうだ。
店員さんを呼び、注文をし終えると、梨斗が店内をまじまじと見回した。暖色のライトが店全体を暖かく照らしていて、まるで実家に帰って来たかのような心地にさせられる。
しばらく無言の時を過す。彼とこうして夜ご飯を一緒に食べに来ていることに、不思議な気分にさせられた。
「このお店ってさ、僕の——」
梨斗が口を開きかけたところで、男性店員がお盆を二つ抱えてやって来た。
「お待たせいたしました。『肉じゃが定食』と『さわらの西京焼き定食』です」
コトン、と小さな音を立てて、お盆が目の前に置かれる。
梨斗の方にも料理が置かれると、男性店員——葉加瀬さんの顔が固まった。
「……梨斗?」
頭上から降ってきた声に、今度は梨斗の方がぴくんと肩を揺らす。
「お父さん……」
梨斗が葉加瀬さんの顔を見上げて、二人の視線がばっちりと交わる。親子の再会を目の当たりにして、ドクドクと心臓の音が激しく脈打つ。
「梨斗、どうしてここに」
「あなたこそ、なんで」
梨斗の声には小さな棘が含まれていた。梨斗は、本当のお父さん、つまり葉加瀬さんが母親に不実を働いて離婚したのだと言っていた。自分を捨てたのだと。だから、彼が父親のことを軽蔑しているのだとしたら、仕方のないことかもしれない。
でも私は……どうしても、葉加瀬さんが梨斗を捨てたとは思えない。
だって、以前私がここを訪れた時、彼はこう言っていた。
——私がこの店を開いたのは、大切な人が帰りたくなるような場所をつくりたかったからなんだ。
葉加瀬さんの大切な人とは、紛れもなく梨斗のことだ。
彼は私に、「梨斗に会いたい」とこぼしていた。けれど、会えない。切なさが滲む顔に、息子への思慕が溢れていた。
「……ここ、私の店なんだ。飲食店を展開する会社を経営している。その中の一つがこの店で、自分で店主をやってる」
ぎこちない口調で、葉加瀬さんが梨斗に事実を伝える。梨斗の眉が少しだけ動いた。
「お店……あなたが?」
「ああ」
実の父親のことを「あなた」と呼ぶ梨斗の顔は複雑な心境を表しているかのように、くしゃりと歪んだ。
「そうなん、だ」
「梨斗はなんで?」
「僕は……彼女、日彩に、連れてこられたんだ」
葉加瀬さんが私を一瞥する。数日前にここで会ったので、「どうも」と小さく会釈する。
やりきれない。
せっかく再会したのに、お互いに腹の底を探るような問いかけをして、相手の出方を窺っている。親子二人の間に流れる空気は、数年前に時が止まったまま、澱んでいるように感じられた。
このまま二人が分かり合えず、また離れ離れになるんなんて、嫌だ。
だったら私が、そうならないように、なんとかしなくちゃ……!
「葉加瀬さん、聞いてください。葉加瀬さんがいなくなってから、梨斗がどんな生活を強いられてきたか。梨斗の口から聞いてほしいんです」
葉加瀬さんの目が大きく見開かれる。その瞳には驚きの他に戸惑いも浮かんでいた。
「それから梨斗。葉加瀬さんに、ちゃんと話してほしい。梨斗の気持ち。私は、あなたが帰る場所は、この人のところだけだと思ってるから」
帰る場所、という言葉に、今度は梨斗が弾かれたように葉加瀬さんの顔を見つめた。
前に梨斗は、実の父親には会いたくないと呟いた。
でもその言葉は嘘で、本当は会いたいと思ってるんじゃないかって予想した。軽蔑はしていても、梨斗にとって、この人だけが“父親”なのだ。
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