選ばれなくてよかったと、今は思います

たくわん

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院内の小さな飲み会は、月に一度の慣例だった。

仕事の話は禁止、参加は任意、一時間で解散。
前の長官の代から続く習わしで、ほとんどの職員が顔を出した。

エドワードが来たのは、着任から初めてのことだった。

給湯室を広げた簡易の宴席に、上着をきちんと着たまま入ってきたエドワードを見て、室内が一瞬静まり返った。

副長官のヴィクトルが「長官もどうぞ」と椅子を引いた。
エドワードは無言で座った。
グラスを渡されて、軽く口をつけた。

誰かが話しかけようとして、途中で言葉を引っ込めた。
誰かが冗談を言おうとして、タイミングを逸した。

エドワードは悪意がある顔をしているわけではなかった。
ただ、どうすればいいかわからない顔をしていた。


セシルはリンと二人、少し離れた場所に座っていた。

「長官、完全に場の空気に合っていないね」とリンが小声で言った。
「そうですね」
「誰かが助け船を出さないとこのまま終わっちゃうよ」

助け船を出せる立場かどうかはわからなかった。
でも、ヴィクトルの話を思い出した。
不器用なだけ、という言葉。

セシルは立ち上がって、エドワードの隣の席に移った。

「長官、よければ」と空席を示した。
エドワードは無言でうなずいた。

「こういった場は、あまり得意ではないですか」

直球だと思いながら言った。

エドワードは少し間を置いた。

「……得意ではない」
「私もあまり得意ではないです」
「そうは見えないが」
「慣れているだけです。苦手なことに慣れるのは、得意な方なので」

エドワードが、セシルを見た。
何かを考えている目だった。

「笑ったほうが、人に好かれますよ」

言った後で、少し言いすぎたかと思った。
部下が上司に言う言葉ではない。

エドワードは固まった。
一瞬だけ、本当に一瞬だけ、何かを戸惑うような表情が浮かんだ。

「……そうかもしれない」

短く、静かにそう言った。

笑う練習をしているような、困ったような顔だった。
うまく笑えないことを自覚している顔だった。

セシルは不思議と、その顔が愛おしいと思った。
すぐに、自分でその感覚を棚上げした。


飲み会が終わって、後片付けをしていると、リンが寄ってきた。

「さっき長官に何を言ったの」
「笑ったほうが人に好かれると言いました」
「上司にそれを言えるの、あなたくらいだよ」

セシルは苦笑した。

「言いすぎたと思っています」
「でも長官、怒ってなかったよ。なんか、ちょっと困った顔してたけど」
「そうでしたね」

廊下に出ると、エドワードがちょうど長官室の方へ歩いていくところだった。
背中だけが見えた。

その背中が、いつもよりほんの少しだけ、力が抜けているように見えた気がした。

気のせいかもしれなかった。
でも、そう見えた。

廊下の窓に、夜の月が映っていた。
白くて、丸かった。
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